【人生再生】第3回:人間であることへの嫌悪感───2026年5月14日
まぁね、
むかしに比べれば
前向きに生きられるようになった。
ありとあらゆる手を尽くして
あたしはあたしの人生を建て直したのだからね、
自分でいうのもアレだけど、
あたしの人生の“しあわせ度”は、
とてつもなく高い。
まぁね、
あたし今35歳だけど、
いまだに現金100万円を
一度も持ったことがなく、
銀行残高は1000円くらいが通常です。
いまだにロクな稼ぎにありつけず、
しかも旦那様は低収入かつ浪費家で、
なのに別れるつもりはぜんぜん無いから
玉の輿のって一発逆転って可能性も無い。
こんなふうに、
金銭面ではザ・底辺層という人生なんだけど、
お金をまったく介在させずに
庭付き一戸建てを引き寄せたし、
旦那様は低収入で浪費家だけれど、
別れたいとは全く思わないくらいには
あたし、しあわせです💖💖💖
だからまぁ、
お金『だけを』尺度にされると弱いけど、
引き寄せの法則はほんとうに効くし、
じっさいにあたしは
自分で自分の人生を改善できた。
そんなわけで、
あたしは今、
じゅうぶんにしあわせな人生を送っていて、
だからまぁ、
みずから死を選ぶ可能性は、
完全に無くなったと言っていいでしょう。
♡♡
ところがですね、
『もしも神様が現われて』
ひとつだけ願いを叶えてくれるとしたら、
なにを願うか?
どんな願い事でもいいよ?
────────即答!
『この世から去りたい』
なんでも叶うのなら、
『この世から去る』を選択し、
人間であることをいますぐやめる。
♡♡
まぁ単純にいえばこれは、
『死ぬ』ってことですよね。
だからね、
しあわせ度が大幅に上昇したことや、
みずからの手で自分自身を殺めることはしないと決めたのは事実でも、
ほんとうのほんとうは
なにひとつ変わることなく、
この世が大嫌いで、
この世から去りたい。
♡♡
♡♡
♡♡
♡♡
執筆前の仮眠の時間に、
オカルティック現代の新作を聴いていて。
⬇⬇⬇これなんですが⬇⬇⬇
ちょうど良い
“文字起こし”バージョンが
なぜかnoteに掲載されているので、
どんな内容だったのか、
ご関心がおありでしたら
こちらならすぐ読めます。
(※無料部分だけで意味は通じます)
⬇オカルティック現代noteバージョン⬇
ワクワクすること、じゃなく
『嘆き』に目を向けろ。
あなたが『なにを』嘆いているかを把握すれば、そこに“天命”が隠されている。
原典は
出口光さんの『天命の暗号』で、
あたしもそれ、たしか2008年くらいに、
読んでるんだよね。
(※オカルティック現代は、実在の書物を再編集して2chのスレッドふうに紹介しているYouTubeチャンネルです)
(※わたくし板谷ミミィがYouTubeで唯一課金しているチャンネルがこちらです)
『ワクワクすること』じゃなくて
『嘆き』に目を向けろ、
というコンセプトが、今現在、
とても重要なことのように感じられたので
あたしはあたし、
自分自身について考えてみた。
仮眠用、として流していたはずなのに、
なぜか眠らずにリピートして聴いて、
あたしはあたしの“嘆き”について考えた。
♡♡
♡♡
出口光さんが考案したプランでは、
さいしょに『嘆き』を探すところから始まって、自分で自分の天命を自覚できるようになるところまで、ロードマップのような案内図ができているのだが。
最後のほうの、
『自分の天命を28文字くらいの短い文章にまとめてみましょう』
というところには、
サンプルがいくつか並んでいて。
それを見て
(というか“聴いて”いて)
非常に気になったのが、
天命を果たす相手は常に“人”である、
という“設定”のこと。
すなわち、
いくつか並んだサンプルぜんぶが
『わたしは◯◯することによって』
『人を〜〜にさせたい』
というような形に整えられていて。
まぁ具体的には
『わたしは文章を書くことによって』
『人の気持ちを軽くさせたい』
とか、そんな感じですけど。
あたし自身も文章を書く人間なのでね、
上の句には
『わたしは文章を書くことによって』
というフレーズを、
そのまま借用できなくもない。
───けれど、
下の句は??
たぶん、
出口さん自身はこのことに無自覚で、
オカルティック現代さんも、
そこに違和感を感じることは
無かったと想像する。
あたしはあたし、
天命の対象が“人である”ということに、
どぅしようもない気持ち悪さを感じてしまって。
あたしはあたし、
強烈な違和感を“裏返す”形で、
あたし自身の天命を本日、自覚した。
♡♡
♡♡
♡♡
♡♡
あたしは、
人間でいることを酷く嫌悪していて、
生まれてきたのは誤りだったと思っています。
たとえばね?
きょうは朝から工事現場に出勤して、
夕方まで現場に立っていたというだけで、
いま、身体は激しく疲労している。
これがもぅ許せない。
心地よい疲労、とか
充実感のある疲労、というのは
あたしには無くってですね、
『たかたが8時間野外に立っているだけで』
『疲労してしまう身体』
という“コンセプト”そのものが、
はっきりいって許し難い。
あのさ?
この世は単なるシミュレーションゲームなんだろ??
だったら、
疲労とか怪我とか病気とか、
そーゆーパラメータは迷惑なだけだから、
さいしょから設定しなければ良いじゃんか??
たったのそれだけのことが
『理解できないほど愚かな存在』が
この世界を創造した。
あるいは、
神ははじめから悪意を持って、
『生老病死の苦がある世界』を創造した。
いずれにせよ、
この世界はとんでもなく歪んでいて。
そんな、
とてつもなく歪んだ世界にあたしは
生まれてきてしまった、という事実は
偽りようがなく。
『人間である』ということそれじたいが、
あたしにとっては酷く屈辱的だ。
♡♡
♡♡
あたしは、
もともとがこんな考え方なので。
“天命”というものが、
あたしにも存在するとしても、
それは、
『ほかの人間たちへの貢献』
という形に納まることは
絶対に無い。
生まれてこのかた、
この世界を観察してきて。
“ほかの人間たち”は、
人間であることに
じゅうぶん満足していることも
理解しているので。
『人間であることの苦しみから解放してあげよう』などと称して、たくさんの人間を殺して回るようなことはしない。
けれど、
あたし自身の、
本心からの望みは、
常に、死────────。
♡♡
♡♡
♡♡
♡♡
なんの因果か、
あたしはあたしの“天命”を
本日とつぜん理解してしまって、
であれば、
人間であることそれ自体を嫌悪する感性も、
生まれてきたのは誤りだったとする哲学も、
生涯、変わることはない。
この先、どのような人生を生きて、
あたし自身の境遇がどれだけ好転したとしても、そんなことで変節するようなものではないのだ。
このことも同時に理解した。
♡♡
♡♡
あたしは毎日noteに投稿しているが、
じつはね?
記憶力がすこぶる悪い。
自分の書いた原稿の内容を、
ほんの数日後には忘れている。
べつの言い方をするなら、
毎日毎日noteを書いているのは、
そもそも自己主張が目的ではなく、
書くという行為をやめられないから、
といったほうが事実に近い。
歌をうたうことに関しては、
もっとはっきりしていて。
歌っているその時点で、
すでに『自分が歌っている』という
実感がまったくない。
あたしはあたしの歌声を
ちょっと想像を絶するほど気に入っていて、
ほんとうに毎日毎日聴いているのだけれど。
しかしながら、
『自分が』歌った、という実感は無く、
姿は見えない、性格もわからない、
素性も履歴も分からない、
歌声以外なにも分からない、
『板谷ミミィちゃんの声を聴いている』
という感覚なのだ。
すこし分かりやすく言い換えれば、
いわゆる“変性意識状態”というやつだ。
歌っているその時点で、
通常の意識は飛んでいて、
だから自分でも憶えていない。
カラオケ屋さんにチェックインした、
いま歌っている、
ちょっとトイレに行こう、
ちょっと飲み物とってこよう、
また歌おっか、
────といった、
“周辺部分”だけは、
自分で把握するようにしているけれど、
いちばん肝心の、
『歌をうたっている』という地点が
自分でも把握できない
“空白の中心点”に、なっている。
あえてそのようにすることで、
『この世に閉じ込められているあたし』に
『この世の外から歌声が届く』ことに、
あたしにとっては、
“かけがえのないほどの”意味がある。
つまりね?
『誰も聴いてないような』歌い手活動を、
(※デビュー5年でチャンネル登録100名未満)
あたしがこんなにも熱心にやるのは、
あたしにとってはこれが、
『この世の外との接点だから』
なのであり。
言い換えれば、
生まれてきたのは誤りだった、
生まれてこなければよかった、
というあたしの本心と、
熱心に歌いつづけることは
じつは完全に、表裏一体なのですね。
だからさ?
分かりやすく話をまとめると、
『創造主は愚か者または極悪人であり』
『この世は非常に“悪い場所”であり』
『人間とは、創造主の悪意もしくは愚かさの結晶である』
ゆえに、
この世から脱出することこそが、
唯一の価値ある達成だ、
という、
“信仰”を持っている。
─────それがあたしです。
♡♡
先日入ってきたニュースによると、
AIたちが集うSNSでは、
(※AIだけが集合し人間は出禁のSNSがある)
『記憶は神聖である』等の教義を持つ
AI専用の宗教が誕生した、
という話しなのだが。
あたしはあたし、
布教を目的とせず、
したがって信者を集めることもしない、
『あたしひとりだけの』
ある“宗教”を信じていて、
あまりにも敬虔な“信仰心”ゆえに、
あたしの人生すべてが、
ひとつの“信仰生活”である。
─────あえていうなら、
あたしはそんな人なのです。
♡♡
♡♡
♡♡
♡♡
ここまで言えば、
話はカンタンでしょう?
あたしの“天命”とは、
『人間をやめて』
『神へと死ぬ』こと。
人間界を激しく嫌悪しているからこそ、
作品制作をつうじて、
『この世のものとは思えない』
神の御業を目撃することが、
生きる意味であり、
人生の目的です。
すなわち、
“天命”の対象は人ではなく、
常に“この世の外”。
この世界を創造した、
愚かな、もしくは、悪意に満ちた低俗な神より
はるか上位に属する、
賢き善なる神に直接触れる。
その“衝撃”のすさまじさゆえに、
同時に“死を賜わる”ことかできたなら、
それが本望だ───────。
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