極端だった私が整えた理由 ― 白黒つけないと不安でしたか? ―
白黒つけようとして、うまくいかないことはありませんか?
今回は、白黒つける極端な考えの整え方について書いていきます。
白か黒でしか生きられなかった
私はずっと、考え方が極端でした。
物事を白か黒かで判断する。
「これをしなければ」
「それはしてはいけない」
と、自分にも人にもこういった考えを押しつけていました。
何か問題が起きると、
「誰が悪いのか」
「何が原因か」
を必ず突き止めようとする。
想定外のことが起きると、
「なぜ?」
「どうして?」
と原因を追求する。
そして、人と意見が合わなければ
最後は「私が悪い」と自分を悪者扱いする。
責めるか、責められるか。
グレーはありませんでした。
白か黒か決めることが、正しさだと思っていました。
曖昧さはを持つことは、悪い。
どちらかはっきりさせることを正義だと思っていたのです。
極端さは、防御だった
なぜ白黒つける極端な考え方になってしまったのか。
振り返ると、
安心できる場所がなかったからだったのかもしれません。
幼い頃、家の中は落ち着く空間ではありませんでした。
よく姉や周りと比較され、
「お前は何もできない」と否定され、
存在そのものが雑に扱われているような感覚でした。
また、両親の衝突の中で、
いつも緊張していました。
「間違えることは悪いこと」
「できない私は価値がない」
そう思い込むようになっていました。
だからこそ、
正しくあること
間違えないでいること
原因を特定し、責任の所在をはっきりさせること
知らず知らずのうちに、
こういった考えが定着していったのだと思います。
極端さは、攻撃ではなく防御でした。
安心したかっただけだったのです。
同じ思考を繰り返していると気づいた
両親との生活を離れたことで、
自分の環境を客観的に見ることはできました。
でも、自己否定や不安は消えませんでした。
そのまま結婚し、出産し、時間も体力も余裕がなくなったとき、
ふと、思ったのです。
「このままでこの先、生きていけるのだろうか」
それはまた極端な考えでした。
けれど同時に、初めて気づいた瞬間でもありました。
問題は出来事ではなく、
「いつも同じ思考の構造で反応している自分」だと。
正しさで固める
白黒つける
責任を探す
この思考のクセが、
環境が変わっても繰り返されていたのです。
それをようやく理解していきました。
考え方そのものを変えるではなく、
変えるべきなのはその考えを生み出している「状態」だと。
生活を整えることから始めた
余裕のない体力
乱れた生活リズム
緊張が抜けない日常
今のこの状態の上に、
健やかな思考ができない。
だから私は、思考を矯正するのをやめました。
代わりに、生活を整えることに集中しました。
食を整える
まずは食の問題を一つずつ整理する。
極端に制限するのではなく、丁寧に見直す。
読書をする
本を読み、他者の視点に触れる。
自分の思考が唯一の正解ではないと知る。
必要なものだけを持つ
物を減らし、買わないという選択を増やし、
生活をできるだけシンプルにする。
生活習慣を整える
起床時間、就寝時間を平日、休日で変えない。
散歩、ストレッチ、軽い筋トレを習慣化する。
心地の良い空間を作る
植物を触れる
好きな絵画を飾る
気持ちを落ち着かせる音楽を聞く、弾く
このような小さなことを、淡々と続け、整えていきました。
ここで、感情を直接変えようとはしませんでした。
生活が整えば、
思考も静かになると信じて。
整うと、揺れにくい
不思議なことに生活リズムが整うと、
思考も自然に穏やかになりました。
整っている状態が「普通」になると、
それを崩すような選択を自分からしなくなります。
白黒つけなくてもいい。
原因を探し続けなくてもいい。
グレーの中に立てるようになりました。
今は、自分の人生の舵を
自分で握っている感覚があります。
ずっと抱えていた不安も、
いつの間にか消えていました。
何かが起きても、
それをどう意味づけるかは自分で選べる。
極端さを否定するのではなく、
それが防御だったと理解したとき、
私は白黒つける思考から解放されました。
そして、行きすぎた経験は無駄ではない。
振り幅を知っているからは、
戻る感覚も知ることができる。
極端だったからこそ、
本当は整う力を持っている。
経験から学ぶことができました。
前回
前回は、焦り、罪悪感の整え方について書いていました。
よかったら覗いてください。
※読んでくださった方へ
最期まで読んでいただき、ありがとうございます。
この文章の背景には、「生きることそのものが苦しかった時期」の経験があります。
食べることが負担になり、減らすことでしか自分を保てなかった日々。
その原点を書いたのが、1作目:『減らして生きる ― 食べることが苦しかった私の記録 ―』です。
そして今回、その時間の延長線上にある記録として2作目を出版しました。
2作目:『少食に慣れるという選択: ― 慣れていくことで、なりたい自分に近づく―』
いずれも答えを示すための本ではありません。ただ、同じように苦しさの中にいる方が、
「ひとりじゃない」
と感じられる一冊であればと思っています。
必要なところから、必要な順番で読んでいただけたら嬉しいです。
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