【日本語】新人日本語教師が「やりがちなこと」3選と、「やらない」ための考え方❷
(昔書いた記事が長すぎたので、分割して再構成しています)
今日は新人教師の頃にやらかしたこと、
そのやらかしの何が悪いか気づかなかったこと、から考えた
「やっちゃいけないけどやりがちなこと」❷を書いてみます。
私の初任地は台湾の日本語学校でした。
新人教師には『みんなの日本語初級I』の1課から25課までの教案を書いて、
週2回、昼休みに先輩教師の前で模擬授業をする、という研修があり、
それはそれはヘビーだった、というのは❶で書いた通りです。
さて、今日はやらかしの❷つめです。
学習者の母語で板書して説明したつもり。意味が微妙に違っても気にせず、安易に必殺技みたいに書く。
台湾では、漢字が使えるからといってやっていたよくない行いがあります。困った時に、
中国語で(漢字で)文法の意味とか言葉の書いて説明を済まそうとしていたこと、
です。
「〜なければなりません」(義務)とか、
「あげます」(給)「くれます」(別人給)とか。
それでドンピシャなものもあると思うけれど、
それが普通だと思って進めていたら、
合致しない時に学習者は誤解して覚えてしまうし、
母語ではっきり提示されたらどうしてもそれがビビッドにうつってしまう。
そして、なんでも母語で翻訳できると思ってしまう。(そんなことは絶対にない!)
自分で説明が考えられないから、そこまで落とし込んでいないから、安易に訳して書いておけばまぁわかるでしょ、という自分を殴りたいです。
曲がりなりにもお金をいただいている人間がやることではありませんでした。
きっと当時は、
何を理解してもらわないといけないのかも、
どう説明したらそれが伝わるのかも、
何に気を付けて伝えないといけないのかも
わからなかったのでしょうね。
「その文法の意味を伝えて、言いたいことをそこにのせて言ってもらう、わいわい楽しげに。」
⇦この中の、後半のことしか考えられていなかったです。
「わいわい楽しげに」がメインになってしまっていて、
意味があるのかないのかわからない不思議な練習を量産していました。
大事なところを蔑ろにして。
当時の学生には謝っても謝り切れないですが、
なんとか教案を完成させなくちゃの一心だったのは確かです。
先輩は本当に怖かった。
そして、しばらくの間は先輩たちの指摘の意味もわかってなかったです。
自分の授業を見てもらってるのに、置いてきぼりになってることがよくありました。
修行を経て、自分自身の授業の考え方も、教案の作り方も使い方も変わりました。
だが、しかし、まだあります。❸に続きます。
