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OSの女|Interlude 触れていない。


Interlude  触れていない


結婚を決めてから、入籍までの一年半。
夫と出会ったからといって、 
すぐにOSが書き換わったわけじゃない。
むしろ私は、最後まで暗闇を恋しがっていた。
夫と付き合っていた頃、
別の男の声を待っていた夜があった。

出会いはマッチングアプリだった。
最初はただの会話だった。
でも彼は、私が何気なく言った言葉を
ちゃんと覚えていた。
夫なら流してしまうようなことも。
「前に言ってたよね」そう返ってくるたびに、
少しだけ自分が大事にされた気がした。
ビデオ通話は、
私が何か頑張った時だけ許された。
ご褒美みたいなものだった。
彼は恥ずかしいからと、
よく顔を映してくれなかった。
でも私はせがんだ。ちょっとだけだよと、
照れたように笑っていた。そこにいないのに、ただ壁だけ映ってる時もあった。
それでも電話よりずっと近い気がして、
胸が高鳴った。
ゴルフのフォームを教えてくれる時だけ、 
彼は積極的に顔を見せてくれた。
だから私は、
たいして興味もないのに、
しょっちゅうフォームを教えてとねだった。
彼は得意げに語った。
私はうんうんと、
うっとり彼の話を聞いていた。
彼が私の地元まで
遊びに来てくれることがあった。
午前中に電話していたら、
今から行くわ、と新幹線に乗ってきた。
その行動力に、勘違いしそうになる。
私にすごく会いたいんじゃないかって。
観光する時間もないからゴルフ練習でもする?彼と打ちっ放しに行った。
彼の得意分野だから話も弾んだ。
彼はたくさん褒めてくれた。
細かく、具体的に。
そういう言葉に飢えていた。
言葉一つ一つを比べてしまった。
彼の賞賛に、完全に酔ってしまった。
その日の夜、
ホテルはシングルしか取れなかった。
私たちは背中合わせで横になった。
彼の呼吸がすぐそばで聞こえる。
私の心臓の音が聞こえませんように。
願いながら、にわかに期待する自分がいた。
でも彼は触れてくれなかった。
こんなに近いのに。
次の日、何もなかったかのように
都会へ帰っていった。
私は気持ちの置き場に困った。
触れていないのに、
どこかを持っていかれていた。

彼は一度も触れてくれなかった。
会うこともなかった。
それでも深夜までビデオ通話をした。
彼の声が、言葉より先に体に沁みた。
少し低くて、優しくて。
今でも思い出してしまうくらいに。
夫の隣で、言えない彼の連絡を待っていた。
呼吸が浅くなって、少し苦しかった。
でもやめられなかった。

彼は触れていない。でも心には触れてきた。
自分でも触れられなかった場所に。

夫からのLINEは、
業務連絡みたいなものだった。
帰りますとか、胸肉買っておいてとか。
彼からのLINEには、もっと温度があった。
湿度もあった。それは私の思いが、
勝手に乗ってるせいだろう。
それでも私には、愛の告白に思えた。
その頃の私はまだ、
夫を選ぶと決めていなかった。
彼は柔らかくて、包み込むようだった。
でもズブズブと潜っていくと、
蟻地獄のようだった。
私が無くなっていく感覚がした。
夫は違った。硬い地面のような人だった。
その上に立っていると、安全だった。
夜の男と日常の男の違いを、
まだ体で知らなかった。
でも私はたぶん、もうわかっていた。
それでもしばらく、
蟻地獄に潜りながらも手を伸ばし、
彼を求めていた。
夫は何も気づかない。 
彼にとって楽しくて居心地の良い存在だった。私が彼と会わない日に何をしているか、
聞いてもこなかった。
疑いなんて一切感じてなかっただろう。
彼の前の私も、また本当の私だったから。
だから私は、罪悪感なんてなかった。
むしろ二人の間で揺れる自分を楽しんでいた。



▶ 次の話
第4章OSの書き換え ※6月24日公開予定


▶︎はじめから読みたい方はこちら


▶︎ この話は、
『OSの女|母に作られ、暗闇を愛し、日常を夫と呼ぶまで』

母との関係、恋愛、婚活、夫婦。

別々の話に見えるけれど、全部ひとつの場所に繋がっています。


▶︎ 目次
プロローグ|布団の中から始まった
第1章|OSの生成
第2章|間違った前提の恋愛
第3章|婚活という戦場
Interlude|触れていない
第4章|OSの書き換え
第5章|日常という、まだ慣れない場所
終章|まだ書いている


※本作は創作大賞2026応募作品です。

▶︎この話の前にあった夜。

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