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OSの女|第3章 婚活という戦場




第3章 婚活という戦場


一 扉を叩く



結婚して欲しいと、母に懇願された。
33歳の頃だった。
「どうしてあんたは結婚できないの。
お金出すから結婚相談所に行きなさい。」
あの頃の私はだらしなく、
お金で母に支配されていた。
自分でも薄々わかっていた。
私の恋愛、なんで続かないんだろう。

結局、母の言いなりになるしかなかった。
でも本音は自分のため。
このまま一人の自分が怖かった。

私は、怒涛の婚活の扉を叩いた。

元営業の私、自分に課した。
マッチングした人とは全員会う。
週に最低3人は会う。休みの日は三交代制。
会って、会って、また会った。
数をこなせば選ばれると思っていた。

総勢100人以上の人に会った。
一生分の人に会った気分だった。
今まで出会ったことのない人たちだった。
婚活市場は人種のるつぼ。
面白い人もたくさんいた。

お母さんに言われたから始めましたという
マザコンくん。
家にクリーンルームがあって冷蔵庫も
テレビも置きたくないという
真空パックくん。
ひたすら愚痴だけこぼす
デトックスくん。

会って、会って、会った。もう、よく分からなくなっていた。

三交代制の婚活は、毎回ぐったりだった。
転職活動も同時にしていたが、
面接より婚活の面談のほうがずっと疲れた。
毎回、口角がピクピクするほど笑顔を作る。
好みじゃない女性らしいワンピースを着る。
一つも私らしくない。
こんなので、どうやったら本当の自分を
見てもらえるんだろう。笑えてきた。
相手に合わせて空気を読むのは上手かった。
うんうんと興味があるように
見せるのも得意だった。
でも相手を勘違いさせた。
自分をよく見せる大会じゃないのに。
全く意味のないことをしていた。

それでも手厳しいことも言われた。
全く家庭的な雰囲気がない。
結婚しなくても一人で生きていけそう。
色んな人に声をかけられていそう。
見透かされていた。
でも結婚相談所に登録してるんだから、
結婚したいに決まってるのに。
今までの私が、そのまま出ていたんだろう。
少し後悔しつつも、
なんだかホッとした自分もいた。

みんなに好かれようと、
よく見せようと振る舞って、
嫌われないことばかり考えていた。
武装したまま、100人と会っていた。

その中で1人だけ、仮交際に進んだ。
一番軽視していたバツイチの男性だった。
普通がいいと思える人だった。
ほんの少し素が見せられるくらい、
心を開きかけていた。
それなのに、毎回少し緊張していた。
デートの前日は落ち着かなかった。
何を着ようか。どんな話をしようか。
嫌われないだろうか。
選ばれたいと思っていた。
でも本当は、見つかりたくなかった。
ちゃんとしていない私。面倒くさい私。
不安定な私。そんなものを見せたら、
きっとがっかりされる。
だから先に、ちゃんとした人を演じた。
選ばれたいのに、
近づかれるのは怖かった。
会えば楽しい。居心地も悪くない。
でも帰り道になると、決まって不安になった。
いや、違う。今思えば、
彼に不安があったんじゃない。
仮交際の次は本交際で、その先は結婚だった。
一人の人と向き合うこと。
選ばれることより、選び続けること。
誰かと暮らすこと。
その現実が、少しずつ近づいてくる。
私はたぶん怖かった。
今までの恋愛は、
どこかで終わると分かっていた。
曖昧な関係。
会いたい時だけ会う関係。
誰かの二番目。
壊れる前提の恋ばかりだった。
でも結婚は違う。
このまま進めば、本当に生活になる。
毎日帰ってくる人がいて、毎日同じ朝が来て、
簡単には終われない。

私はたぶん、選ばれないことより、
選ばれ続けることの方が怖かった。
私はまだ、「誰かと生きていく」という
重さに慣れていなかったのかもしれない。

3ヶ月後、別れは告げられた。
「あなたは悪くない、幸せになって」
仲人さん経由ではなく、彼から直接言われた。それが誠実ではなく、逆に酷だった。
自分の市場価値を、そこで知った。

帰り道、SNSを開いた。
誰かに反応してほしくて、「振られた」
と呟いてみた。誰も答えてくれなかった。
私はそういうことか。と噛み締めた。

100人と会った。1人と仮交際した。
選ばれなかった。ずっと頑張ってたのに。

それから何年も、婚活も恋愛もしなくなった。それとも、できなくなったのか。
今でもわからない。


二 真ん中にいたかった


あの頃の私は、ずっと真ん中にいたかった。

認められたい。そうでないと価値がない。
友人関係でも、恋愛でも。
いつも自分が話を回す側にいた。
それが心地よかった。誇らしくもあった。

まな教だよ、
と冗談まじりに言われたことがあった。
私は満更でもなかった。
自分の中では納得だった。

でも気づいたら、私が話す時間より、
みんなの話を聞く時間の方が長くなっていた。感情をむき出しにして泣く友人もいた。
その時間の方が、なぜか心地よかった。

真ん中にいなくても、いい。

いつからそう思えるようになったのか。
たぶん、母を看取った後だった。


三 再開


母の死から6年。
地元での生活もすっかり慣れた。
一人を楽しむ余白もできた。

「もったいないよ」

友人のひと言が、なんだか照れ臭かった。
背中を押されて、二回目の婚活が始まった。
今度は違った。
「私は5人の男性と会っている」と、
隠すことなく伝えた。
私が選ぶ番だった。
よく見せようと必死な男性もいた。
前の私みたいだった。心は動かなかった。
年下の彼ら、悪くない。
でも、その人の生活が見えなかった。
ありのままの私は、まだ見せられなかった。
そんな時、彼は他の人とは違った。
予定が合わず、なかなか会えていなかった。
ある時友人と外出中、LINEがきた。
「時間ができたから、お友だちがよければ、
今からあいさつだけしに行くよ。」
車で1時間かけて来てくれた。
本当にそれだけだった。
それでもうれしかった。
その日から、毎日電話をくれた。
毎日同じ時間に。
LINEも1日2回、欠かさずに。
だんだん心がほぐれていくのを感じていた。
ありのままの私が、少しずつ顔を出し始めた。

片付けが苦手な私と、得意な彼。
料理が苦手な彼と、そこそこな私。
それでちょうどよかった。 
熱いものが込み上げてくるような、
それではなかった。
でもこの人なら、「ダメな私」を見せられる。
飾らずにいられる。
昔の私なら、選ばなかったと思う。

刺激もない。危うさもない。
それなのに、気づけば次の約束をしていた。


四 欠陥同士


彼の話を聞いた時、どこか既視感を感じた。
父親に強く言われたらしい。
「自分のことを人に話すな。それは恥ずかしいことだ」。
なんて淡白な人だろうと思っていた。
でも彼のOSが、そうさせていた。
それは、強引に作られたのだろうか。
お互い気づかずに、ここまで生きてきた。
彼を責める気にはなれなかった。
それよりも、深いところまで知りたかった。 かつて私が誰かにそうしてほしかったように。でも誰もそこまで来なかった。
次は、私が手を伸ばす番だ。
でも、簡単じゃなかった。

彼と話すのはとても難しかった。
「その時、どう思ったの?」と聞くと、
彼は少し間を置いて、こう言った。「忘れた。」嘘をついてるわけじゃない。
本当に、無自覚に消えてしまってるのだ。感情を問われるたびに、彼は消えた。
最初は責め立てた。「なんで覚えてないの?」
でも彼にとって忘れることは、
息をするのと同じことだった。
私の器は溢れ出すのに、
彼の器は乾いたままだった。
それでも私は、彼の器に注ごうとした。
でも彼はそっと蓋をして、 
私を中に入れてはくれない。
繰り返しても固くて開かない。
でもある時、その気持ちを手放した。
新しい気持ちで上書きしようと思った。
少しずつ、彼が気持ちを口にできるように。
彼の器に大事なものを注ぎ続けようと。
選ばれることより、選ぶことを、
そして誰かを待つことを、
初めて許した瞬間だった。
結婚するって決めるよ、
と言ったのは私だった。
昔の私なら、
相手に言わせたかったと思う。
選ばれたかったから。
でもその頃には、
この人に選ばれるかどうかより、
この人と生きていきたいかを考えていた。


▶ 次の話
Interlude|触れていない ※6月21日公開予定


▶︎はじめから読みたい方はこちら


▶︎ この話は、
『OSの女|母に作られ、暗闇を愛し、日常を夫と呼ぶまで』

母との関係、恋愛、婚活、夫婦。

別々の話に見えるけれど、全部ひとつの場所に繋がっています。



▶︎ 目次
プロローグ|布団の中から始まった
第1章|OSの生成
第2章|間違った前提の恋愛
第3章|婚活という戦場
Interlude|触れていない
第4章|OSの書き換え
第5章|日常という、まだ慣れない場所
終章|まだ書いている


※本作は創作大賞2026応募作品です。

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