見出し画像

【連載小説】「みつばち奇想曲(カプリース)」第八話

 翌日の昼休み、美憂は友梨と(友梨が賄賂を渡したひとりである)クラスメイトの加納さくらと共に食堂へとやって来た。
 クレール女学院高等部には校舎の東棟と西棟、それぞれにひとつずつ学食があり、一年生のクラスがある西棟には「夢見鳥」という意味の食堂「カフェ・パピヨン」がある。そこには、クロワッサンにスクランブルエッグなどの軽食から、シェフの作る本格カレー、何だか難しい名前のトマトソースパスタや生ハムの乗ったクリームペンネ、それから新鮮な鮪の刺身まで、様々な料理がメニューに並ぶ。昼食時には日当たりと美味しい食事を求めて、西棟のほとんどの生徒がこの一面ガラス張りのこの屋内テラスに集結した。
 食堂の料理はどれも無料で食べることができるが、未だこの学院に馴染めない美憂と友梨は、もっぱら売店でおにぎりやサンドウィッチを購入し、白雪を加えた三人で緑豊かな中庭のベンチで昼休みを過ごすのが常だった。
 しかし、今日は「美化委員の仕事があるから」と白雪が出掛けたのを見計らい、ふたりはさくらを捕まえて、こっそりこの食堂へと足を向けていた。
「あ、いらしたわ。あの方が、檜崎クララ様よ。左胸にある校章が、金色の方がいらっしゃるでしょう」
 さくらは、口に運びかけていたスプーンを皿の上に下ろし、ワンレングスの長い前髪を左耳にかけながら、ふたりに目的の人物が現れたことを知らせた。
「あ、本当だ! あの子がクララね。後ろに、とりまきっぽい子がふたりいる」
「しっ。クララ様を呼び捨てになんてしないで。あのふたりは、初等部の頃からクララ様と一緒にいる奈那さんと愛果さんよ。あの三人は、ここまでずっと一緒のクラスなの」
 クララに聞こえそうな音量の声でしゃべる美憂を、さくらは人差し指を唇に当てて制する。
「でもさ、一年生の校章は皆、『臙脂えんじ色』の刺繍じゃないの? なんであの子だけ金色なのさ」
「それは彼女が『特別』だからよ。金色の校章は、学院に多大な貢献をされたご親族がいらっしゃる場合や、特別な才能があると認められた場合に、条件を満たした人だけが第三者からの推薦を受けて、やっと胸に刺繍することが許されるものなの」
 友梨の問いに声を潜めて答えるさくらの声を聞きながら、美憂は薫と同じ金色の校章を身に着けたクララの姿を見つめていた。
「金色」は、絵画においても特別な色だ。クリムトが金箔や金色を駆使して表現した「黄金の世界」が、豪奢なだけでなく神聖で神秘的なものであるように、美憂が薫に出会ったあの日、彼女に感じたものもまさにそれに近いものがあった。
 しかし、視線の先にいる少女はどうだろう。自分の鞄も、これから食べようという食事の乗ったプレートも、後ろをついてくる奈那と愛果に全て持たせている。それに感謝をすることも、罪悪感を持つことさえなく、ステンドグラスの天井下にある大きな丸テーブルを独り占めしようと、胸元の金刺繍を見せびらかしながら蟻の子を散らすように進撃する。
「こんな人が白雪をいじめているのか」
 そう思うと、胸の奥が熱くなる。中学までの美憂であれば、クラスメイトのいじめに気づかない振りをしていたかもしれない。なぜなら、美憂にとって何よりも優先すべきは「母」の機嫌であったからだ。誰かが被害にあっていることを大人に知らせたとしても、または、その子を庇い堂々と相手を非難したとしても、どちらにしても母の心に波風を立ててしまうことに違いなかった。
 しかし、母から離れた今、ただ「檜崎クララが許せない」という強い思いだけが湧いてくる。白雪のことだけではない。あの特別な金刺繍を付けている者が、薫と同等と扱われることが許せない。薫は個人の思いを尊重し、その者が前を向けるよう自ら先頭に立って道を行くような、凛々しく、優しく、美しい人なのだ。目の前にいる自己中心的な少女が、薫と同じ「特別」な存在であることなど信じたくなかった。
「ちょっと、あの子に文句言ってくる」
 美憂が突然席を立ちあがると、すぐさま美憂の制服の袖を強く引いて、さくらが引き留める。
「加納さん、どうしたの? 美憂が行くんだったら、私も行くよ。『白雪に関わるな』って、あの子に『がつん』と言ってやんなきゃ」
 拳を作って気合を入れるポーズをとる友梨と、今にもにクララめがけて駆けだしそうな美憂を、さくらは鋭い目で睨みながら首を左右に振る。
「駄目よ。そんな安易な行動をしないで。だから、外部生は嫌なの。何も分かっていないわ」
「なんで止めるの⁉ あの子を止めないと、また白雪がいじめられるかもしれないんだよ?」
 美憂はさくらの腕を振りほどこうとするが、袖はしっかりと掴まれたままだ。
「美憂、待って。一旦座って話を聞こう。加納さん、どういうこと? 私たちが何を分かってないっていうの?」
 さくらのただならぬ様子に気づいた友梨は、美憂の肩を抱いて椅子に座らせると、しっかりと目を見てさくらに尋ねた。

(つづく)


🍀🐝第一話は、こちらから↓

#創作大賞2023

いいなと思ったら応援しよう!

みなとせ はる いつも応援ありがとうございます🌸 いただいたサポートは、今後の活動に役立てていきます。 現在の目標は、「小説を冊子にしてネット上で小説を読む機会の少ない方々に知ってもらう機会を作る!」ということです。 ☆アイコンイラストは、秋月林檎さんの作品です。