【連載小説】「執事はバッドエンドを導かない」第二十話
「わははは! 何を冗談言ってるんですか! カインさんは、とうとうおかしくなっちまったんですか!」
腹を抱えてセオは笑い出す。
「オイラは、あなたが来るずっと前からこの屋敷にいるんですよ。それなのに、オイラが『この世に存在するはずのない人間』で、カインさんらの命を狙っているって言うんですか? この屋敷では不思議なことが起こりますけど、乳母や家庭教師がここで亡くなったのは、お嬢様が『本』に書いた物語のせいだって旦那様も言ってたじゃないですか」
「それも、あなたの仕業だと私は考えています。事件があった現場を目撃したのは、あなただけ。ウェスト卿は、あなたから聞いた話を信じただけなのではないでしょうか。あなたは屋敷を立ち去らない者を、例の『本』を使って陥れたのです。私やアメリア、そして、この屋敷で命を落とした彼らを主人公にして……」
「カインさんの言うことは、さっきからおかしいですわ!」
セオは激高し反論しようとするが、カインは語るのを止めない。
「数日前から、お嬢様の部屋に時々残されている微かな甘い香りのことが気になっていたました。最初は香水か何かと思いましたが、あれは『ハーブティー』の残り香。私が退室した後、何者かがこっそりとお嬢様に届けていたものです」
ゆっくりとカインはセオの背後にあるものを指さした。
「あなたの後にある、そのプランターに寄せ植えされたハーブは、月明かりで生育するものですね。昨夜は珍しく月が見えましたから、月明かりの良く当たる場所に移したようですが、突然の大雨に慌て、今朝になってここへ持ち込んだのでしょう。その二種のハーブは、片方のみの服用では安眠効果程度ですが、もう一方のハーブを併せて服用すると、睡眠薬に匹敵する強い眠気を催します。つまり、その二種を混ぜたハーブティーを飲んだお嬢様が物語を書いている途中で眠ってしまえば、第三者が『本』に書き込むことも可能となるということです」
「な……!」
「『本』に書き終えた後、ハーブティーの入っていたカップを回収する。そして、残り香を消すために朝食に濃厚な香りのクラムチャウダーを用意していたのですね。しかし、残念なことに私は鼻が利くのです。ウェスト卿から頂いた手紙の便箋にも、僅かにですが同じ香りが残っていました」
カインはジャケットのポケットから「ウェスト卿の手紙」を取り出すと、すうっと香りを吸い込む。
「もう、いい加減にしてくださいよ! そんな言い掛かり、いくらオイラでも許しませんよ!」
「お嬢様の『本』に用事があるのは、何も私たちを狙うためだけではありません。二日前、私はお嬢様が『本』に書いて生み出したであろう数匹の蛇を土器に捕まえておきました。部屋に持ちかえり様子を観察していると、蛇は今朝になって煙のように姿を消したのです。おそらく、『本』に書き込まれたものが実在できるのは、おおよそ二日ほどなのでしょう」
「……」
「だから、あなたは二日に一度は必ず、あの『本』に自分の存在を生かすための物語を書き込まなければならなかった。他の使用人を排除しようとする本当の理由は、実のところ、そこにあったのです。あなたは、お嬢様が『本』によって生み出した、『想像上の人物』。それは、お嬢様にも他の誰にも知られてはならない、あなただけの秘密だったのです」
「……」
セオはわなわなと肩を震わせながら、先ほどから黙り込んでいた。何か起きるのを待っているように、相手の顔色をじっと窺っている。
カインは胸元から文庫本を出し、話を続けた。
「これは昨日、アメリアからお嬢様へ渡してほしいと預かったものです。この小説の中には、ある少年が……。──!」
突然、カインの口から血が溢れる。カインはすぐに口元を手で覆うが、手袋の指の間から鮮血が勢いよく滴り落ちていく。
「効いた! やっと効いた! さすがのカインさんでも、こんなところに世界でも希少な毒蚊がいるとは思わないでしょう! そうです、カインさんがおっしゃったように全て私が企んだことですよ。あなたも、昔いた家庭教師らも、不気味な屋敷を恐れてすぐにここから立ち去ればよかったものの、いつまでも居座ろうとするからです。旦那様の側にいるのは、オイラだけでよかったんだ。わははは!」
セオの前でカインは体勢を崩し、膝を折ってしまった。
「カインさん。お嬢様は色々知らないでいるから、ここで幸せに暮らしていられるんですわ。この島には、旦那様とオイラと何も知らないお嬢様がいて、オイラは傷だらけになりながら旦那様の役に立っている。それが一番いい筋書きなんですよ」
セオは高らかに笑いながら、カインを見下ろす。
「……そうですか。お話いただき、感謝します」
その時、先ほどまで膝をつき蹲っていたカインが、何事もなかったかのように立ち上がった。
「『本』に書かれたことが実現するといっても、その結末までは確約されていない。ということが、あなたの誤算でしょうか」
ハンカチで口元の血液を拭うと、冷ややかな視線をセオに投げ掛ける。
「あなた……、一体、何者なんですか」
「私はどこにでもいる、ただの執事です。……表向きは」
「……表向き?」
「セオさんにはお世話になりましたから、最後に私の秘密を教えて差し上げましょう。呪いと言うものを、あなたがどこまで信じているか分かりませんが、私は随分と昔に目の当たりにしているのです」
「……?」
(第二十一話へ続く)
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