【連載小説】「執事はバッドエンドを導かない」第二十一話
カインは静かに語り出した。
「遠い、遠い昔、魔女はある少女の願いを叶える代わりに、悪魔に命を狙われ続けるという『死に一番近い呪い』を授けました。その二百年後、魔女はまた別の少年にも願いと引き換えに呪いを授けます。それは『死に一番遠い呪い』というものでした。呪いを引き受けた少年は、最初は何の変化も感じず、魔女は善意で願いを叶えてくれたものだと信じていました。しかし、間もなくして長い、長い戦争が始まると、周りの人との違いを嫌でも思い知ることになります。少年は、自身の内側に流れるものが人間の血ではない事実を突きつけられると、それからあまり多くのことを憶えていられないようになりました」
「そんなおとぎ話、何の関係が……」
「おとぎ話……そうですね。今となっては、そんなものに違いありません。けれど、少年が魔女から引き受けた『死から一番遠い呪い』は、歳をとることもなければ、ご覧の通り、毒を受けても、傷を負っても元に戻ってしまう。今も命に果てがないのです。とは言え、痛みは漏れなくついてきますが」
「まさか……。な、何でそんな奴がこの島に……」
「私は、この果てしない呪いを解く鍵を求めて、『死に一番近い呪い』を受け継ぐ少女を探し続けていました。昔話や逸話、魔女に関する数少ない噂話を集め、ようやくこの島に辿り着くことができたのです。まさか呪いに特別な『本』が関わっているとは知らず、今回も間違いだったと最初は思いましたが……」
「お嬢様をどうするつもりですか……!?」
「ご心配には及びません。私は私自身のために呪いを受け継ぐ少女を長い間探してきましたが、呪いの関連性について調べ、目的を果たすのはもう少し先でもよいのではないかと思い始めているのです。もう暫くの間、お嬢様を見守ってみるのも悪くないのでは、と考えているのですよ」
「そんなの、あんたよりオイラの方が適役だ。ずっとずっと旦那様とお嬢様を近くで見守ってきたのは、オイラなんだ……‼」
セオはカインに掴みかかろうと突然走り出す。しかし、セオの手が執事服の襟元に届こうかというその時、カインが再び取り出した文庫本に行く手を遮られた。
「十年前、ルーフス国からリュヒート山脈を越えて、このウィリディス共和国に入った。そして、若くして泥棒を稼業にしていたあなたは、厳しい環境の中で旦那様と出会い、屋敷の庭師として働き始めた。それが、あなたの仰っていた過去でしたね。けれど、それはアメリアから預かった小説に登場する一人の少年の筋書きと全く同じもの。おそらく、十年前からシリーズ化されたこの小説を読み聞かせられたお嬢様が、『セオ』という想像上の人物を主人公に物語を綴り始め、そして、あなたが生まれたのでしょう。小説の中の少年は、恩人である主人を支えるために泥棒から庭師に転身し、賊に狙われる主人を護るために暗躍する。その名は、『テオバルド』。これが、あなたのモデルとなった人物の名前です」
「……知らない。オイラは、知らない……!」
その時、セオはどこからか自身の名を呼ぶ声を聞いた気がした。
「カインさん……。今、何か言いましたか?」
「いいえ。私ではありません。『本』の内容を書き換えることができることを教えてくれたのは、あなたです。これまで何度もあの『本』に触れた時、『彼』の声を聞きませんでしたか」
カインの言葉を聞くと、セオの身体がびくっと震える。
「悪魔との契約は代償がつきもの。『本』に住みつく悪魔があなたに書き込むことを許したのは、あなたが犠牲にした者の命と、さらには、お嬢様の命を少しずつ奪っていたからではないでしょうか。そして、契約破綻の条件はおそらく、あなたが『本』に物語を綴っていることを他の誰かに知られること」
「……あああああ……」
地面の下から繰り返し響き渡る声に、セオは竦み上がった。
「実は、私も物語を書き込むことで呪いを解くことができないかと、例の『本』に触れようと試みたのですが……。どうやら受け入れるかどうかは『彼』の裁量にあるらしく、命に果てのない私は酷く嫌われて、警告を発せられてしまいました。ですから、私はあなたのことが少し羨ましいのです」
「何が……! いつも勝手に物語を書かれて、いつ殺されるかも分からないオイラの気持ちが、あんたに分かるもんか! 物語の続きを書かれなければ旦那様の側にいることさえできない、虚像のオイラの気持ちはあんたには絶対わからない‼」
セオは、身震いしながらも声を絞り出す。
「本当にそうでしょうか」
「……やめろ。黙れ……!」
「お嬢様の書かれた物語を、ちゃんと読まれましたか。これはあくまでも私の憶測ですが、物語の中の『セオ』をお嬢様は『殺していない』のではないでしょうか。少なくとも、私が妹に絵本を読み聞かせていた頃、妹の想像の中にいたのは、唯一の『ともだち』でした。それは一人で過ごさねばならない長い時間を、どんなことがあっても離れることのない『特別な存在』です。お嬢様は『セオ』に迷宮入り事件や過酷な試練を与えながらも、その先に用意していたのは『セオ』がどんな苦難も乗り越えてゆく、というストーリーだったのではないでしょうか。お嬢様はよく物語の結末を私に尋ねられますが、きっとそれは『セオ』のために考えていたこと。お嬢様が呪いのことを知らぬまま例の『本』を手放さずにいるのは、単なる習慣や本能だけが理由ではなく、生まれた時から一人きりだった彼女にとって唯一側を離れぬ大切な存在が、いつもその中にいたからなのではないでしょうか」
セオの足元に突然黒い渦が現れると、腕の形をした長く黒い物体が何本も勢いよくセオに絡みついていった。
「嫌だ……、嫌だ! 消えたくない! 旦那様―――‼」
やがて、セオの全身が漆黒に包まれると、渦の中にずぶずぶと飲み込まれていく。セオの身体が影となり、人の形を失っても、彼は地中に消える最後の瞬間まで主を呼び続けていた。
「悪魔の声は、人によっては天使の声のように聞こえると言いますが、あなたにはどう聞こえていたのでしょう」
その時、セオの立っていた場所から、ひらりと何かが舞い落ちる。床に落ちる前にカインが指先で挟むと、上質な紙のカードにこのようなことが書かれていた。
『レイラの好物──パンケーキ、オムライス。マッシュルームと人参とグリンピースは苦手だけど、できる限り細かく刻んで食べさせてね☆
レイラのパパより』
「こっちが本物の『ウエスト卿の手紙』か」
カインはカードを胸ポケットにしまい込む。
懐中時計の蓋を開くと、時計の針は四時半を指そうとしていた。セオの残したハーブのプランターを抱え、カインは全ての気配を消して自室へと帰っていった。
カインにとって、セオは理解できないことの多い男だった。鼻辺りにそばかすを蓄えた愛嬌のある笑顔は、ウェスト卿に限らず、この屋敷に来た者全てに(ひと時の間であっても)安らぎを与えたに違いない。しかし、彼は主人であるウェスト卿のみに血道を上げ、自身の幸せのためにその他の者を排除しようと徹底した。
では、レイラは。彼にとって、レイラは何だったのか。子どもの頃から見守った彼女は、セオにとってかけがえのない存在だったのか──。
「どんなに嫌いでも、好きなやつの『一番好きなもの』は、嘘でも好きだというもんだぜ。まあ、俺の場合は、女の方から合わせてくれるがな」
いつだったか、ジョーがいつものように自慢と偏見を交えて話していた。
「欲しいものはたった一人の心でも、その対象にとって自分が一番でないことなんて、よくあることだ。どんなに苦しくても、相手の『一番』を大切にしなければ相手を想っていることを証明できない。自分が到達できるのは『そこまで』と受け入れるしかない。そんな自分のことを後回しにしちまう愛ってやつもあるってことさ。その先に待っているのは、残酷な未来に違いない? さあ、どうだろうな」
なぜ今になってこの話を思い出したのか、カインには分からない。だが、やはりジョーは時々、肝心なことを教えようとしていた気がした。
(第二十二話へ続く)
≪前話
🌜物語の始まりは、こちらから↓
いいなと思ったら応援しよう!
いつも応援ありがとうございます🌸
いただいたサポートは、今後の活動に役立てていきます。
現在の目標は、「小説を冊子にしてネット上で小説を読む機会の少ない方々に知ってもらう機会を作る!」ということです。
☆アイコンイラストは、秋月林檎さんの作品です。