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ヤドリギの下できみを待つ

 ──今年もお披露目の時期がやってまいりました。

 ざわついたショッピングモールの中に、ガビガビとした音がマイクを通してモールの奥深くまで響き渡る。その声に惹かれてあたしは足を止めた。視線を向けると、司会らしきお姉さんが元気に話していた。笑顔がとても眩しい。
 夕暮れが早くなった11月の終わり。早くもクリスマスツリーがお目見えするらしい。
白い垂れ幕がかかったでっかい物体が広場のようなスペースの中央に鎮座している。色とりどりのお店の装飾に囲まれた白が、仲間はずれのように見えた。異物感がすごい。
 「それでは、みなさん!いきますよー」
 お姉さんの声が一際大きくなる。
 「3、2、1……」
 垂れ幕がなくなると同時に、たくさんの人の歓声が鳴った。カメラのシャッター音も時折、聞こえてくる。視界がより鮮やかな色に変わっていった。その中でクリスマスツリーの濃い緑色が周りと馴染んでいく。
 煌びやかに輝く飾りやイルミネーションに心が踊った。
 あたしだって、ちょっとくらい浮き足立ってもいいよね?

 あたしには、小さい頃からの幼なじみがいる。いつもぼけーっとして、平々凡々なアイツ。けど、たまーに見せる優しさとあどけない笑顔があたしのツボなのだ。向こうがその気かはわからなかったけど、秋が香るハロウィンの日にちょっとしたイタズラを仕掛けた。
 結果は……うまくいった、のかな?いろんなところにお出かけするようになったし、人気がないところで手を繋ぐこともある。あたし的には、幸せな日々を送っていた。
 だけど、もっと恋人っぽいことがしたいの!!
腕を組んでデートしたりとかさ、キスだってしたいし、お泊まりは高校生だからまだ早いけど……いちゃいちゃしたいのよ、あたしは!
 あたしがこんなことを思っているなんて、歩夢はきっと知らない。まぁ、言ってないのはあたしだけど。
 イベントに関心のない歩夢は、クリスマスなんて眼中にないんだろうな。
 たくさんの音が折り重なったクリスマスソングが耳に沁みる。今年のクリスマスは何にもないのかな。
 あたし、何か間違っちゃったかなぁ……。
 休日になると、あたしは外へと足を向ける。友だちと遊びに行ったり、歩夢とデートしたり。たまに、親と出かけることもある。どのお店もオレンジや黒、紫の装いから赤や緑の鮮やかなカラーへと変わっていった。賑やかに踊る装飾を見る度に、クリスマスの5文字を意識してしまう。恋人達のためのイベント、クリスマス。どこのカップルも思い思いにその日を過ごすはず。
 じゃあ、あたしは?
 あたしは、特別な1日をどうやって過ごすんだろう。



 冷たい風が頬をそっと掠める。寒さでどこもかしこ凍ってしまいそうだ。緩めに巻いていた深いボルドーのマフラーをきつく巻き直す。
 うっかり切らしてしまったシャープペンシルの芯を買いに、近くのショッピングモールまで歩いた。クリスマスが明日に迫っている。街はぐっとクリスマス1色に染まり、賑やかな圧をかけてくる。
 結局、歩夢には何も言えていない。明日、どこかに行こう、とかそんな話もしてない。付き合ったばっかりだし、今年は仕方ないのかも。
とぼとぼと足を進めて、ショッピングモールの中に入った。空気が入れ替わったみたいに明るい雰囲気に包まれる。服屋さん、靴屋さん……1つずつお店を目で確認する。うん、もうすぐ文房具屋さんだ。
 ふと、その手前で足を止める。
 カラフルなドライフラワーのミニブーケが1列で並んでいた。、その片隅に薄黄緑の葉っぱだけが詰まったものがぽつんと置いてあった。細い葉っぱがシュッとしていてかっこいい。でも、何でこれだけ?
 「いらっしゃいませ」
 謎の葉っぱのブーケと見つめ合っていたら、店員さんに声をかけられた。ベージュのニットにモスグリーンのエプロン。後ろで髪を結っている姿は大人っぽい。お姉さんは、ブーケを指差して言う。
 「珍しいブーケですよね。葉っぱだけって」
 落ち着いた細い線みたいな声に思わず頷く。どうして、こんなにもシンプルなブーケなんだろう。周りの華やかさに押し負けてしまいそう。
 「あの、この葉っぱって……」
 「この葉っぱはね、ヤドリギって言うんです」
 お姉さんがヤドリギと呼んだ葉っぱを包み込むような視線を向ける。吸い込まれそうな瞳になんだかドキッとした。見たことある、気がする。この愛おしいものを見つめるあたたかい瞳。
 「ヤドリギは、ヨーロッパで神聖な木とされているんですよ。幸運を呼ぶ木とも言われていて」
 「へぇ……」
 この小さい葉っぱが、幸運を呼んでくれるの?
 「なんだか、健気なんですね。ヤドリギって」
 お姉さんはクスッと笑うと「はじめて言われました」と呟く。
 だって、そうじゃない?細い小さな葉っぱの植物が幸せを運んでくれるんだよ。この地味で目立たないぱっとしない感じなのに。
 あ……なんだか、歩夢に似てるじゃん。
 いつもは教室のすみっこでぼーっとしているけど、あたしが困っているとこっそり助けてくれる。決して、華やかではないけど、寄り添ってくれるところがそっくりだ。
 「これ、1つ貰えますか。綺麗にラッピングして」
お姉さんはにこやかに「かしこまりました」と言って、ヤドリギのブーケを持った。そのまま、店内の奥へ進んでいく。束ねた髪が店内にかかっているクリスマスソングに合わせて揺れていた。なんだか、かわいい。
 歩夢の好きな深い青色のリボンでブーケを着飾って貰う。手を動かしながらお姉さんが言った。
 「そうそう、ヤドリギの花言葉って知ってます?」
 花言葉……なんだろう?
 「困難に打ち勝つ……です。さて、できた!ふふっ、頑張ってくださいね!」
 困難……なんてかたっくるしい言葉は似合わないかもしれないけれど。歩夢にちゃんと伝えよう。このブーケを添えて。


 「あーゆむっ」
  恋人たちが特別な1日を過ごすクリスマス。歩夢に会いたい、とLINEをしたら、快くOKしてくれた。悩んで悩んで、頭が沸騰するくらい悩んで、「明日、空いてる?」とだけ送った。
 ──空いてる。会お。
 相変わらず、素っ気ない返事。でも、会えるだけで嬉しい。LINEの文面を撫でるように何度も眺めた。
 16時つきやま公園にて。
 あたしたちが夢中になってジャングクルジムで鬼ごっこをしていた時からお世話になっている公園。夕暮れが近いのもあって、人はほとんどいない。木製のがっしりとしたベンチに座り、背もたれに身体を預けた。お尻と背中が少しだけ冷えていく。
 「待った?」
 歩夢だ。
 紺色のマフラーを鼻の下まで巻いているのに、寒いのかな。少しだけ肩に力が入っている。
そこまで待ってない、と言うと「よかった」と頬を緩めた。
 ほんの数センチ、間を空けて歩夢が隣にいる。嬉しくて、嬉しくて……でも、どうしたらいいのかわからない。今更、どうやって渡そうか。
行き場のない気持ちが重くのしかかって俯くと、視界に白と灰色が混ざりあった砂たちが映る。気まずさから、足先でジャリジャリと砂を弄んだ。いつもなら気にならない沈黙が辛い。苦しい。やっぱり、やめようかな。

 ── 困難に打ち勝つ……です。さて、できた!ふふっ、頑張ってくださいね!

 お姉さんの軽やかな声が耳に戻ってくる。
 そうだ。そうだった。あたし、こんなとこで負けらんないじゃん。歩夢に、ちゃんと伝えるって決めたの。
 青色のリボンを巻いてもらったブーケが紙袋の中で微かに揺れる。
 そうだね、伝えなきゃ。歩夢に……。
 「ん」
 視界がこっくりとしたクリーム色に遮られた。ん?なぁに、これ。
 クリーム色の上でひいらぎが舞っている包装紙に赤い実とお揃いのリボンが結われている。歩夢に促されるまま開けると、つやっとした生地のボルドーの財布があらわれた。
 「……変な顔」
 よっぽど驚いた顔をしていたのか、歩夢が吹き出す。え、え、何それ。笑うことないじゃない!……クリスマス、気にしてたんだ、歩夢も。あたしの好きなボルドーのものをわざわざ探したんだろう。歩夢が選んでくれた。それだけで、じわじわと心があたたまる。嬉しい。
 「あのね、あたしからも」
 まっさらな白い紙袋からヤドリギのブーケを取り出す。青色のリボンの端がひらひらと泳いだ。あたしの手から歩夢の手に渡る。かさり、と葉っぱが震えた。しげしげと葉っぱを眺める歩夢。その横顔はヤドリギにどことなく似ていた。
 「ねぇ、歩夢──」
 寒さに震えていた手を歩夢の大きな手が包み込む。歩夢は、あたしの瞳を捉えて離さない。2人の間に静寂が降りそそぐ。ふっと微笑むとあたしの唇に触れた。内側から緊張がほどけていく。
 時がとまった気がした。
 何秒たったかわからない。ゆっくりと歩夢の顔が離れていく。ドクドクと耳元で鳴っているかのように心臓が音をたてる。頭のてっぺんから指先まで、浮き立つような熱で支配された。
 「な、なにするのよ……」
 「だって」
 歩夢がバツの悪そうな顔をして言う。
 「ヤドリギの花言葉のひとつだろ。『キスしてください』って」
 えっえっえっ。
 お姉さん、そんなこと言ってなかったんですけど!?だから、お姉さんは楽しそうにラッピングしてたのか!!最初に言ってよ!?
 「知らなかったのかよ」
 「だってぇ……」
 歩夢がやれやれと肩を竦める。それでも、口の端は笑っていた。
 「大事にする、よ」
 ぽんぽんと私の頭を軽く叩きながら言う。えへへ、嬉しい。それがドライフラワーのことなのかあたしのことなのかはわからない。けれど、望むところだ。
 あたしだって、歩夢が好きだから。
 日の暮れた空は星が瞬きはじめている。ほんのりと光る星を木々越しに見つめた。
 いくつもの素朴なツリーに囲まれて、あたしたちの聖なる夜は更けていった。



灯火杯5thに参加しています。



続編、スピンオフだと嬉しいということでしたので、こちらの2人の続きを書きました。
この女の子、めっちゃ好きなんですよね!自分も素直になれそうで。書いていて楽しい子です。


1年前は参加できなかったけれど、今回参加できてとっても嬉しかったです!
それでは、皆様、よいクリスマスを~!

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