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MVP ARCHIVE HISTORY | September 11 Attacks 2001 / アメリカ同時多発テロ事件 - 2001年9月11日、1日が世界を変えた

September 11 Attacks 2001 / アメリカ同時多発テロ事件 - 2001年9月11日、1日が世界を変えた

MVP ARCHIVE HISTORY > September 11 Attacks 2001 / アメリカ同時多発テロ事件 - 2001年9月11日、1日が世界を変えた

アメリカ同時多発テロ事件 - 2001年9月11日、1日が世界を変えた

2001年9月11日、アメリカで4機の旅客機がハイジャックされた。
2機はニューヨークのワールドトレードセンターへ、1機は首都ワシントン近郊の国防総省ペンタゴンへ突入、残る1機、ユナイテッド航空93便は、乗客らがハイジャック犯への抵抗を試みた後、ペンシルベニア州に墜落した。

この日、約3,000人が命を失った。
この一日を境に、アメリカの安全保障政策、NATO の役割、アフガニスタン、イラク、国際的なテロ対策、空港の保安体制、監視と個人の自由をめぐる議論まで、21世紀の世界は大きく動き始める。

4機の旅客機

実行したのは、国際テロ組織アルカイダに所属する19人のハイジャック犯、午前8時46分、アメリカン航空11便がワールドトレードセンター北棟へ突入、午前9時03分、ユナイテッド航空175便が南棟へ突入した。

すでに北棟への衝突が報道されていたため、2機目の衝突はテレビを通じて世界中で目撃され、単独の航空事故ではなく、意図的な攻撃であることが明確になっていった。

午前9時37分、アメリカン航空77便がペンタゴンへ突入、午前10時03分、ユナイテッド航空93便がペンシルベニア州シャンクスヴィル付近に墜落した。
93便では、地上との連絡によって他の航空機で何が起きているかを知った乗客と乗員が、操縦室を奪還を試み、攻撃目標は最終的に阻止された。

World Trade Center

ニューヨークの象徴的な超高層建築だったワールドトレードセンターのツインタワーには、航空機の衝突によって大規模な火災が発生、午前9時59分、南棟が崩壊、午前10時28分、北棟も崩壊した。

航空機の乗員・乗客、建物内部にいた人々、消防士、警察官、救急隊員など、多数の人々が犠牲となった。
ニューヨーク中心部で巨大な建物が崩れていく映像は世界中へリアルタイムで伝えられ、9.11 を世界規模の共有体験にした。

アルカイダ

攻撃を計画したアルカイダのリーダーは、オサマ・ビン・ラディンだった。
アルカイダは1980年代末に形成され、アフガニスタンを重要な活動拠点とし、当時のアフガニスタンの大部分を支配していたのが ターリバーン政権だった。

アメリカ政府は 9.11 後、ターリバーン に対して ビン・ラディン を含むアルカイダ指導部の引き渡しや、テロ組織の活動基盤を閉鎖することなどを要求、交渉は決着しなかった。
そして2001年10月7日、アメリカとイギリスを中心とする軍事行動が開始された、アフガニスタン戦争の始まりだった。

NATO Article 5

9.11NATO の歴史も変えた。
NATO 条約第5条は、加盟国の一国に対する武力攻撃を加盟国全体への攻撃として扱う集団防衛の原則を定めている。

2001年9月12日、NATO は攻撃が国外から指揮されたことを条件として第5条を適用する方針を表明し、その後、条件が満たされたとして正式に適用。

1949年の NATO 創設以来、Article 5 が発動されたのは 9.11 が初めてで、冷戦終結 後の NATO が、国家間戦争だけではなく国際テロという新しい脅威に直面した象徴的な出来事でもあった。

War on Terror

ジョージ・W・ブッシュ政権 は 9.11 後、世界規模の「 War on Terror( 対テロ戦争 )」を掲げた。
アフガニスタンへの軍事介入だけではなく、テロ組織の資金追跡、国際的な情報共有、空港警備、入国管理、金融監視、諜報活動など、安全保障政策は広範囲に拡大していった。

アメリカ国内では国土安全保障省が設置され、USA PATRIOT Act によって捜査・監視権限も拡大された。

一方で、テロ対策と個人のプライバシー、市民的自由、人権をどこまで両立させるのかという問題も生まれた。
安全を守るために、国家にはどこまでの権限が認められるのか、9.11 はこの問いを21世紀の社会に突きつけた。

アフガニスタンへ

アメリカ主導の軍事行動によって ターリバーン政権 は短期間で主要都市から撤退、アルカイダ の排除から始まった軍事介入は、やがてアフガニスタン政府の構築、治安維持、軍・警察の育成、経済復興などを含む長期的な国家再建へ拡大していく。

その間にもターリバーンは勢力を回復した。
戦争開始から約20年後の2021年、アメリカ軍を中心とする外国軍はアフガニスタンから撤退。

同年8月、ターリバーンは再び首都カブールを掌握した。
9.11 から始まった戦争は、一世代に及ぶ時間を費やすことになった。

そしてイラクへ

9.11 後の安全保障環境は、2003年のイラク戦争にもつながっていく。
サダム・フセイン政権は 9.11 攻撃を実行した政権ではなく、アルカイダによる 9.11 計画への関与も確認されていない。
しかし、9.11 によって大量破壊兵器やテロ組織がアメリカを攻撃する可能性への警戒が急激に高まった。

ブッシュ政権はイラクの大量破壊兵器計画を重大な脅威として提示し、2003年3月、米英を中心とする有志連合がイラクへ侵攻した。
戦後、大規模な捜索が行われたが、開戦時に主張された大量破壊兵器の備蓄は発見されなかった。

9.11 そのものと イラク戦争 は別の出来事である。
しかし、9.11 によって形成された安全保障環境を抜きに、イラク戦争へ至る政治過程を理解することもできない。

一日が世界を変える

9.11 以前にもテロは存在した。
戦争も、宗教的過激主義も、国際的な武装組織も存在していた。
しかし 9.11 は、民間航空機という日常のインフラが武器となり、世界最大級の軍事力を持つ国家の中心部が攻撃されることを現実として示した。

そして世界は「 テロとの戦い 」という新しい時代へ入っていった。
その戦いがどこまで続き、何をもって終わるのかは明確ではなかった。

MVP ARCHIVE|なぜ9.11を見るのか

9.11 を知る目的は、衝撃的なテロ事件を振り返ることだけではない。
一つの事件が、国家と国際社会の選択を連鎖させ、その後20年以上にわたる世界の構造を変えていく過程を見ることにある。

9.11、アフガニスタン戦争、War on Terror、イラク戦争。
監視社会と安全保障、そして2021年のアフガニスタン撤退。

これらは独立した出来事でありながら、互いに接続している。
2001年9月11日 を起点として、世界が何を選択し、その選択が次に何を生み出したのかまで辿ったとき、9.11 は21世紀史の巨大な分岐点として見えてくる。

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