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「生きづらさ」の手放し方→毒親、モラハラ、アダルトチルドレンに悩む人へ


心理カウンセラー・ミニまる子の人生を通して、人はどのように「生きづらさ」に気づき、
理解し、対処し、克服していけるのかをお話しします。

私が「毒親」と「モラハラの世代間連鎖」を断ち切り、ゆるくあたたかい今の人間関係の中で「アダルトチルドレン」を克服できた理由をご紹介します。


<幼少期0歳〜青年期19歳>



家にいるのに、ずっと緊張していた。

私はモラハラの父と、
過干渉な母のもとで育ちました。

家に帰っても安心できる場所はなく、
常に“空気を読む”子どもでした。

漢字テストで99点を取ると、
母はこう言いました。
「こんなに勉強したのに100点
取れないなんて、ほんとダメな子ね」

私は生まれつき弱視で、2歳から
分厚い遠視メガネをかけていました。
そのせいで幼稚園では「メガネザル」、
小学校でも「メガネザル」、
中学校では修学旅行で、
私だけ布団を部屋の隅にされ、
ハンガーを隠され…。
誰にも言えなかったいじめ。

緊張が続いた私は、小学生で
過敏性腸症候群になりました。
でも親からは、「またお腹壊したの?
めんどくさい子ね」としか言われなかった。

試験前には必ずお腹を壊し、体はボロボロ。
給食の牛乳も飲めなかった。
北海道生まれなのに「ソフトクリーム」は
一口しか食べられず、
「ラーメン」も「ジンギスカン&ビール」
も全てお腹を壊すから怖くて食べられない。

いつしか私は、「食べる」という行為
そのものが怖くなっていました。

「私のせいでママがまた怒ってる?」
「また叩かれるの?」
そんなふうにビクビクしながら
生きていました。

(でもそのことをちゃんと認識できたのは
心理学を学んだつい最近でした)


妹は“愛されキャラ”だった

妹は天真爛漫で、家族や親戚、
誰からも愛される子。
勉強も運動もできて、
比べられるのが本当に辛かった。

同じ親のもとに生まれて、
なぜ私だけ、こんなにめんどくさい子
になったんだろう。

「私が悪いんだ」
ずっとそう思っていた。
どれだけ頑張っても、
親に認められないことが苦しかった。


<成人期初期(20〜30代)>


「怒りっぽいけど稼いでる父」の正体

「塾に行かせてやった」
「私立大学に行かせてやった」
「留学もさせてやった」
母はそう言って、自分たちがどれだけ
“与えてきたか”を強調する。

「怒りっぽいけど稼いでくれる
お父さんのおかげよ」
そう言われて、黙るしかなかった。

周りから見れば「良い家のお嬢さん」
でも、私はずっと、生きづらかった。

キレやすい自分が怖かった。
「父親みたいになりたくない」
と思っているのに、
同じようにキレる自分に嫌気がさした。
これは遺伝?もう治らないの?
と無力感でいっぱいだった。


だから結婚する時、
父と正反対の人を選んだつもりだった。
「穏やかで、優しくて、お金持ちで、
頼りない人。私が支えればいい」と思って。


成人期中期(40〜50代)←今ここ


でも、モラハラ夫だった。

そんな人を選んでしまった自分が、
一番信用できなかった。
「なんで気づかなかったの?」
自分を責めて、責めて、責めた。

子どもたちを残して、消えてしまいたい
と思ったことも何度もある。

灰色の壁に囲まれて、
光がどこにも見えない井戸の中で、
「早く命を終わらせたい」
それが唯一の願いだった時期もあった。



昼逃げ。そして実家へ。

そんな私が、
子ども2人を連れて昼逃げをした。
一度、実家に帰った。

ボロボロになった心と体を治すのに、
半年かかった。

そして気づいた。
父は“モラハラ夫”で、
母は“被害者”だったことに。

「モラハラの世代間連鎖」
それが、私の家には確かに存在していた。

モラハラ父の父親(祖父)もまた、
酒を飲んでは妻を殴る
モラハラ父だった。

殴られる母親(祖母)をかばって
「父親に代わりに殴られていた」と
父から一度だけ聞いた事がある。


45歳の今第二の人生が始まった


苦しかった人生には意味があった。

昼逃げ前に「モラルハラスメント」
という言葉を初めて知り、
自分の夫は「モラハラ夫」と理解して、
逃げると決めた。

そして、昼逃げ後実家にいた時
「アダルトチルドレン」という
概念にも出会った。

私の人生の苦しみに名前がついた瞬間、
「やっと意味がわかった」と思えた。

人は、苦しみに名前がつくことで救われる。
それはまるで、暗い井戸の中に射す
一筋の光だった。



「毒親」を語ることに、
罪悪感を感じてもいい

「育ててくれた親を悪く言うなんて」
「半年も居候させてくれた親を責めるなんて」

そんな声も、実際にあった。
でも、親が“毒親”だったことは
紛れもない事実。

私は生まれつき「弱い子」じゃなかった。

本当の私は――
学び続け、自分で考え、選択し、
変わり続ける力のある人だった。



今、私は「自由」だ

心理学、脳科学、アダルトチルドレン、
モラハラ…
すべてを学び直して、
心理カウンセラーの資格を取りました。

自分の心を、
自分でカウンセリングできるようになった。
そしてやっと気づいた。

「私は、生まれてきた意味を
ちゃんと生きてる」と。

今では、怖がっていた父に
毅然と拒否できる。

じいじが怖いと嫌がる娘を
守ることもできる。



心の毒を、断ち切って生きるということ



嫌なことを我慢する必要はない。
誰かの顔色を見て、
卑屈に生きる必要もない。

「シングルマザーだから自由に暮らせない」なんて嘘。
今の私は、のびのび暮らしている。

自分を認め合える仲間と出会い、
感謝しあえる最高の仕事にも出会った。

秘書の仕事は楽しくて仕方がない。
そして今、心理カウンセラーとして
同じように苦しむ人を助ける毎日。



これが、私の人生の意味

これまでのすべての苦しみには、
意味があった。
誰かを救うための「経験」だった。

これからも私は、ミニまる子として
苦しんできた人の心に寄り添い、
一緒に前を向いて歩ける存在でいたい。

ゆるく、あたたかく、
笑って、語って、
自由に、軽やかに。

そんな私の人生を、
私は今、誇りに思っています。

長くなりましたが、最後まで
お読みいただきありがとうございました。

これからも、
どうぞよろしくお願いします😊


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