紙の手形が消える年──建設業の「支払い慣例」を見直す
紙の約束手形と小切手が、いよいよ姿を消します。全国銀行協会は「2026年度末までに、全国の手形交換所での手形・小切手の交換枚数をゼロにする」という自主行動計画を掲げています(出典:全国銀行協会「紙の手形・小切手利用廃止へ」)。2026年度末は2027年3月。あと1年ちょっとです。
建設業は、下請けへの支払いや協力会社との取引で、手形を長く使ってきた業界です。「うちはずっとこのやり方だから」で済ませていると、ある日いきなり困るかもしれないんですよね。今日は、この「紙の手形が消える」という変化を、経理や支払いの仕事をどう整えるか、という視点から考えてみたいと思います。
■ 手形は、もう何十年も前から減り続けている
まず、手形がどれくらい減っているかを見てみます。実は今に始まった話ではなくて、長い下り坂の最後の局面にいる、というのが正確なところです。
【手形交換枚数の推移(全国銀行協会)】
・ピークは1979年で、年4億3,486万枚
・2023年は手形1,234万枚+小切手1,234万枚
・2024年は手形974万枚+小切手993万枚
・目標は2026年度末(2027年3月)に交換ゼロ
ピークから見れば9割以上がすでに消えています。残った枚数も、あと1年でゼロにする計画です。(出典:全国銀行協会「手形・小切手機能の電子化状況に関する調査報告書(2023年度)」)
さらに、支払いのルールそのものも厳しくなっています。公正取引委員会は2024年11月1日以降、支払いサイト(手形を渡してから現金化できるまでの期間)が60日を超える長期の手形を渡すと、下請法上の問題として指導する方針を出しました(出典:公正取引委員会「手形等のサイトの短縮について」2024年10月1日)。長く渡す手形ほど、受け取る側の資金繰りを圧迫するからです。
■ 建設業のいちばんの壁は「慣例」
ここで建設業のデータを見ると、根の深さが分かります。
【建設業の手形支払い実態(国土交通省 令和3年度下請取引等実態調査)】
・手形期間を60日としている建設業者は73.8%
・60日以内にする予定がない理由の最多は「現在の手形期間が慣例となっているため」で47.7%
・手形の現金化にかかるコスト負担の協議が適切に行われている割合は37.5%つまり、半分近くの会社が「昔からこうだから」という理由で、今のやり方を続けている。建設工事の下請取引は、下請法ではなく建設業法で規制されていて、手形の扱いにも独自のルールがあります。元請は注文者から支払いを受けて1か月以内に下請へ支払う、特定建設業者は引き渡しから50日以内に支払う、といった具合です。だからこそ「業界の外で進む電子化の波」が、自分ごととして届きにくいのだと思います。
でも、紙の手形が物理的に発行できなくなれば、好むと好まざるとにかかわらず、振込や電子記録債権(でんさい=金融機関のシステムを通じて発行される電子的な債権。紙の手形の代わりになるもの)へ移っていくことになります。「慣例だから」は、もう理由にならなくなるわけです。
でんさいは、いきなり始まる新しい仕組みではありません。すでに多くの金融機関で使えるようになっていて、紙の手形にかかっていた印紙代や、郵送・保管の手間がなくなる、という実務的なメリットもあります。一方で、取引先も同じ仕組みを使える状態になっている必要があるので、「自社が変えれば終わり」という話でもないんですよね。だからこそ、ぎりぎりになって全部を一度に切り替えるより、時間に余裕があるうちに、取引先と足並みをそろえながら少しずつ移していくほうが、現場の混乱は小さくて済みます。
■ 変わるのは「紙」ではなく「仕事の流れ」
私がここでいちばんお伝えしたいのは、これは「手形をでんさいに置き換えるだけ」の話ではない、ということです。支払いの方法が変わると、その前後にぶら下がっている事務の流れが、まるごと変わります。
請求書を受け取って、支払い予定を組んで、誰かが承認して、期日に支払う。手形を発行して、相手が現金化して、その手数料を誰が負担するか決める。この一連の流れは、多くの建設会社で「経理担当の頭の中」と「紙の台帳」に乗っかっています。担当者が一人なら、その人が休んだら全部止まる。やり方を変えようとしたとき、いちばん困るのは「今どうやっているか」を誰も書き出していないことなんですよね。
みなさんの会社では、支払いの一連の流れを、担当者以外の誰かが説明できますか。もし「あの人しか分からない」なら、それは手形の問題というより、業務が一人に張りついている問題です。
だから、順番はこうだと思っています。
【支払い業務の見直し3ステップ】
①書き出す:請求の受領から支払いまで、今やっている作業を工程ごとに紙に出す(誰が・何を・月何回・何時間)
②分ける:「自社でしか判断できない」「外に出せる・自動化できる」「もう要らない」の3つに仕分ける
③決める:でんさいや振込への移行、経理の外注、AIでの請求書データ化など、打ち手を工程ごとに当てる
新しい道具を入れる前に、まず今の仕事を1枚に書き出す。これは手形に限った話ではなくて、私がいつもお伝えしていることです。道具は仕事を速くしてくれますが、何を任せて何を残すかを決めるのは、経営者自身ですから。書き出した1枚があれば、でんさいの導入も、経理の外注も、ぐっと進めやすくなります。
■ まとめ──いちばん地味で確実な準備
2026年度末は、まだ少し先に感じるかもしれません。でも、慣例を変えるのは、道具を入れるよりもずっと時間がかかります。47.7%が「慣例だから」で止まっている今だからこそ、先に動いた会社が楽になります。
まずは「うちの支払い、今どうやってるんだっけ」を1枚に書き出すところから。それが、手形が消える日に慌てないための、いちばん地味で確実な準備だと、私は思っています。■ あわせて読みたい
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