冷蔵庫に、まだバターサンドがある
深夜、重たい身体を引きずり、暗いキッチンへ向かう。
冷蔵庫のもったりと気怠い扉を開け、棚の奥から白い箱を取り出した。四つ目のマルセイバターサンドをつまむ。残り、ひとつだ。
立ったまま、銀色の包装フィルムをくるりと剥がす。実際には聴こえない、わたしだけの密やかな音がするたび、母を思い出す。
今でこそ、オンラインショップや、スーパーの北海道市などで手軽に手に入るバターサンド。昔は、誰かが北海道まで行くか、デパートの催事に並ぶしかなかった。
母は、自分がすきなものをあまり言わない人だったから、わたしは母の好物をほとんど知らない。
そんな母が唯一、独占宣言したのがバターサンドだ。
「お酒が入っているから、子どもは食べちゃいけないよ」
そう言い、絶対にわたしたち兄妹には食べさせてくれなかった。そして、手が届かない冷蔵庫の最上段に箱ごとしまうのだ。ラムレーズンが入っていることが、子どもには問題らしい。一休さんの「水飴」のごとく、毒だと刷り込まれた。
母の身長を追い越し、物理的にそこに手が届くようになっても、それは「髑髏マークのついた瓶」に等しかった。
わたしにラムレーズンの味を教えてくれたのは、高校の友人だ。
駅前の寂れたショッピングセンターの敷地に独立して店舗があるアイスクリーム屋で、彼女はいつもラムレーズン味ばかりを注文していた。わたしといえば、いつも抹茶かストロベリー。喉が渇くから、コーンよりカップ派。
「どんな味なの?」
興味本位で尋ねると、使い捨てのプラスチックスプーンでひと口、わたしの口に運んでくれた。
あのラムレーズンが、ついに舌に触れた。
母があれほど隠し通したのだから、さぞ耽美な味がするのかと思いきや、お子ちゃまの味覚には「むわっと酒臭いレーズン in バニラ」程度の感想しか湧いてこない。
そもそもレーズンなんて、たかが酒に浸かったくらいで、なにも変わりやしない。
「ラムレーズンって、こんな感じなんだ」
それからも、彼女はアイスクリーム屋に行くたびに、律儀にひと口、わたしにラムレーズンをくれるのだった。母に封印されし毒は、スプーン一杯の無邪気さで、軽々と禁忌を侵す。
あの子とは二十歳を過ぎるころまでつるんでいたが、典型的な「男がいなければ生きていけない、男を駄目にする女」だった。男と別れると、空いた穴を埋めるように連絡がくる。
わたしもまた、自他共に認めるだらしのない女だったから、彼女の奇妙な庇護欲を掻き立てたのかもしれない。わたしを「色気がない」と言ったのも、彼女だ。
学校に内緒でコンビニバイトをしていた彼女からは、よく廃棄の菓子をもらった。
「失恋した。お金がないから、髪切って」
突然、彼女がペンケースのなかに入っていた鋏を差し出した。
美容師でもあるまいに、うら若き女の子の髪を切る感触に、わたしは高揚した。はじめこそ躊躇したものの、次第にシャクシャクという鋏の音と、手に伝わる感覚が癖になっていった。
あっという間に、彼女の長い髪をショートヘアに切り落としてしまった。
自分が切っといて言うのもなんだが、彼女にすごく似合っていた。悪い男への未練も断ち切れそうだった。でも、完全にモンチッチだった。
床に散らばる髪。前髪はガタガタだけれど、柿色の光を浴びたトイレの大きな鏡の前で、ふたりで笑った。母が美容師になった理由が、ちょっとだけわかった気がした。「人様の髪をこんなめちゃくちゃに切るなんて」と母に叱られるだろうが。
もしあのとき、友人にラムレーズンの味を教えてもらわなければ、母をずっと恨んでいたかもしれない。
いつからか、彼女からの連絡は途絶えた。
連絡がないということは、きっとあれから男が途切れなかったということだ。しあわせでいてくれよ。
バターサンドを食む母の姿を、わたしは一度も見たことがない。
父は食に無頓着な人だったから、あれはきっと、家族が寝静まった深夜、母がひそかに食べていたのだろう。
母の日常は、「切断」の集積だった。
部屋の片隅にはいつも、役目を終えた父の肌着や、わたしたちのサイズアウトした毛玉だらけの服の山があった。母はその山の上に、大きな裁ち鋏を置いて、重しにしていた。だいぶ溜まったころに、夜な夜なジョキジョキ四角く切り刻むのだ。それらは使い捨ての雑巾(ウェス)になる。
母は、人の髪を切り、食材を切り、古着を裁つ。生活を、自分自身を、真っ直ぐに切り刻む処刑人だ。はみ出ることを許さない。
けれど、母が愛したバターサンドだけは、真っ直ぐには割れない。どんな鋭利な鋏も、正しさを拒むようにビスケットはもろっと砕ける。上手に切り分けることなんて、誰にもできないのだ。
そのどうしようもない脆さに、自分のだらしなさを重ねる。
いまだに靴下は片方行方不明になるし、帽子はどこかに置き忘れてしまう(大人になってから、もう意地でも帽子を脱がないことにした)。平気で二週間くらい、ソファーに洗濯物を放置してしまう。
逆に、規則正しい母は、日々、自らが決めた「正しさ」に裁かれる。
子どもには毒だと嘘をついてまで死守した、切実な自尊心。白い包装紙を破き、レトロな赤と蔦模様が印刷された銀色の包みをしゅるっと剥く瞬間こそが、「解毒」なのだとしたら。日々を乗り越えるための薬だったならば。
「いくらでもお食べ」の境地にたどり着く。
水飴を独り占めしようとした和尚様が聖人君主でないように、母もまた、ただの女だったのだ。
いつからだろう。深夜に食べるバターサンドが、妙に美味しく感じるようになったのは。
ラム酒に漬け込まれたレーズンの、ぐりっとした食感。ほろっと軽やかにほころぶサンド生地を、こぼさないようにゆっくり味わう。ぬたっとしたバタークリーム。
ひと口でいくにはもったいないけれど、ほんのかけらも落としたくない。
「バターサンドだけをダイレクトに味わう儀式」だから、食べ終わるまで飲み物は禁止だ。とはいえ、いつかむせそうで怖い。
ほのかな酒の香りとやさしい甘みの重なりは、誰かや、なにかのために、自分をすり減らし、だらしなく疲れ切った深夜の大人にしか、共鳴しないのか。
そんなことはない。
ぐうたらなわたしは、自分を甘やかすのが得意だ。日がな一日、布団の上でごろごろ過ごしたって罪悪感はない。バターサンドだって、ただ味わうためだけに、銀紙を剥ぐ。一度食べたら病みつきになる(道理で、わたしに食べさせまいとしたわけだ)。
今なら、30個入りだって買えるのになあ。
恨めしいのは、母と一緒に食べられなかったことではない。こんな美味しいバターサンドを薬ではなく、ただの甘味として食べられなかった母が、愚かしくて堪らない。
真の美味しさは、堕落の先にある。
口寂しくなって、また冷蔵庫へ行く。
冷蔵庫の中段にあるあの箱を開き、最後のひとつになったバターサンドをしげしげと見つめた。食べてしまっても、誰も諌める人はいない。
だが、ひと食みで、この物語は終わる。
箱を閉じ、奥へ戻した。
「ご褒美」を延命するのだ。
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