神のデス・ギフト-F- 第3話 タンパク質とパワーの汗、筋肉切れました。博士様とののしられ記憶感0へ
後に、十数年間、俺は父にブルースリーと呼ばれ笑われた。
上半身がボクサーの様に細く、自然に細マッチョになっていた。
髪も切ることを忘れセミロングの様に伸びていた。
どうせ人がいない田舎だし職場はヘルメットをかぶる。
前髪も自分で切ってパッツンにしていた。
心「見る人が居ないんなら、外見なんてなんだっていい」
夏だった為、黒の薄い生地の長ズボンに、上半身裸で生活していた。
あぐらをかいて焼酎を桝で飲んでいた時、突然父が口を開いた。
父「アチョーって言ってみて!」
俺「なんの事だ!?」
俺は驚いて立ち上がった瞬間、母の化粧台に映る自分を見て気付いた。
心「うおっ!これ俺か?ブルースリーだ!」
母のドライヤーをヌンチャクにして父を笑わせた事を、今でも温かに鮮明に思い出される。
俺は当時28歳になったばかりだった。
こんな狂言で笑い合うまでには果てしない鉄地獄とヘルズウォーリアー達との闘いがあった。
暑さと光と重さの酢酸発酵地獄だった。

次元が違う『暑さ』『光』『重さ』自然が作り出さない人間の不健康環境
【詰め所】
出勤初日、俺は職長Kに引きずられ、10トン炉の詰め所に到着した。
心「トホホホ」
2人用の部屋。電話ボックス二つ分くらいのガラス張りの部屋。
缶コーヒーを置く場所と、曲がった椅子が二つある。
職長Kは奥に座り、肩幅ほど足を開いてドサッと座った。
心「やれやれ、ここで職長Kと毎日密着浸透するのか」
職長の吐いた息が直接俺の肺に入ってくる。
職長Kの覇気がこの狭い空間ではビシビシ届いてしまい失神しそうになっていた。
目を奥にずらすと俺の詰め所から鉄を溶かす炉が見えた。
ジーン、バーーン!ジーン、バーーン!ジーンバーーン!
一定のリズムで電極がスクラップに触れて溶かしている爆発音がする。
鼓膜が揺れて眼球の裏と触れ合うのではないかという爆音だ。
心「なんだコレは!でかい!」
高さ25メートル。横20メートル。
さすがに1回で10トンのスクラップを溶かすだけの炉である。
粉塵の中で白いアークと言われる熱の光がコンサートのビームの様に輝き飛ばされている。
そして、鉄が溶けるときの匂いがすごい。
鼻の内側に刺さるような鋭い異臭。
臭いが癖になる。
他人の脇の下にブルーチーズを挟んだ様な癖が俺を一気にむせ返らせた。
心「これは臭いな。ふつうの臭いでは満足できなくなる」
むせながら、どこかで「これが日常になるんだ」という奇妙な諦めが芽生えた。
自分が壊れるのか、順応するのか、その境界に立っている気がした。
奇跡的に運が良かったのは、この詰め所の横に自動販売機があった事か。
心「金はかかるが、これはせめてもの癒しだな」
なぜ、ここに自動販売機があるのか、この時は知る由もなかった。

【暑さと昼夜二交代制度】
この会社は24時間動いている。
少なくともこの溶解部は。
なぜなら炉と呼ばれる鍋が一度冷めると鉄を溶かせないからだ。
常に溶かし続けなければならない。
8時から20時までの勤務時間。逆は20時から8時。4日出勤し2日休む3チーム制、の繰り返しだ。
鍋の中の温度は鉄の溶ける温度。
1000度から1500度だ。
当然、周りも暑い。すさまじく熱いのだ。
常に重いものをもって走り回り、家に帰ると4キロほど体重が落ちる。
仕事中に水分を4リットル飲んでいてもだ。
それでいて、分厚い綿の長袖を着ないといけない。
ポリエステルは気温で溶けるからダメ。
鉄の液体がたまに跳ねて高温の真っ赤なパチンコ玉大の粒が多数飛んでくるため、やけどするからだ。
1000度の温度の散弾銃がたまに飛んでくるような物だ。
俺は手の甲に穴が開いていて、今もその跡が残っている。
気温計は常時45度。鉄が水のようにサラサラになる時間には50度を越える。
12時間働いてトイレに行くこともほぼ無い。
それなのに、汗をかかないのだ。
なぜなら、膀胱で尿は吸収され、たぶん再利用される。汗は出た瞬間に乾く。
床のアスファルトに汗が落ちると『ジュッ』っとなって蒸発する。
心「フライパンの上で働いているようだ」
俺の脳内の酵素が泡立っても、すぐ気化して消える。そんな現場だった。
そりゃ、自動販売機はあるはずだ。
特筆すべきは、会社が無尽蔵に梅干しを配給してくるシステム。
塩分を取らせるためだが、俺は水に溶かして毎日50粒は食べていた。
心「酸味が癖になる。うまい。何杯でも飲める」
俺の相方の職長Kは懐が広く面倒見が良かった。
どんなことも『何でもない』男の中の男だ。
俺「職長、すごい暑いっすね」
K「なんのことねぇ」
俺「鉄粉で顔や服が真っ黒になりますね」
K「なんのことねぇ、防塵マスクは外すなよ」
俺「この安全靴の中、蒸れますね」
K「なんのことねぇ。すぐ水虫になるぞ」
心「なんのこと、あるだろ?」
職長Kの太くゴツイ腕と指と手のひら。
俺という白菜は塩と一緒に緊急で揉み上げられ、発酵が促されるのを実感した。
しかし、こんな地獄は想像通りだったが、予想を超えてきたのが『光』だった。

【光とアークと電気が目を刺す】
鉄を溶かすのは非常に難しい。
なんせ、なかなか溶けない上に金属だからだ。
高温で一気に溶かしていく。
アークという光を放つ、人工の雷を作り出す。
余談だが、
人工的に作った“雷”みたいなプラズマ。
温度はだいたい5000〜10000℃くらいある。
白くギラギラした光で、専用の遮光メガネをしないで見ると、目の表面が“日焼け”して激痛になる。
直視を繰り返すと、視力が落ちたり、最悪は失明につながる危険がある。
この現象を利用しプラズマを繰り返しスクラップに当てることで徐々に溶かしていく。
途中で、必要なシリコンやマグネシウムや炭素を与えながら適切な精度で作り出す。
まぁ、こんな蘊蓄はどうでもいい。
この光が本当に俺は辛かった。
サングラスよりもはるかに暗い濃い紫色のメガネをかけて作業する。
アークを見た時だけ、ギリギリ見える。
他は太陽を見たって、昼の外を歩いたって何も見えないくらい真っ暗なメガネだ。
でも俺は、たまに外してしまっていた。
一度見ると白い強力な光が、『ちーちゃんの影送り』の様にまぶたに染み付いて離れない。
ひどい時は、家に帰って寝る時も目に残っていて寝れないほど眩しいくらいだった。
正直、今でも右目が焼きついているのだろうか、視力はほぼなく白いものが見える。
仕事をしながら服がパキッとしてくる。
まるで、太陽に干しながらアイロンを当てている様な最新のクリーニングの様だった。
消臭殺菌能力は格段の実力があるだろうと確信できた。
肉体的には俺の様な都会の漬物は刹那刹那干物になるのだろう。
10トンの鉄を溶かし切るまでは約2時間。
これを職長Kと変わりながら進める。つまり一日5回溶かすとその日は終わりだ。
K「おい!今ドーーンの中にムーーンの音も混ざり出したぞ。炉を開けて温度調べろ」
俺「え?あ、はい?」
心「何を言っているのか分からん」
温度を測ってみたら、ちょうど1000度を超えたところだった。
心「ここは認めざるを得ないな」
K「ブクッて言ったら、シリコンと炭入れろ!」
俺「はいーーー!」
心「ブクッて何ー?」
怖かった。
1500度を超えると、鉄から炎が出て、巨大なキャンプファイアーの様になる。
炉の底が抜けて、鉄の液体が流れ出したことも、一回あった。
その時は、”終わった”と思った。
だからこそ、『ブクッ』を見極める力を、後に得られる様になったのだ。
人間は恐怖からしか学ばない。
光で目がくらもうと、鉄の声が聞こえなかろうと、入れられたつけ汁の中で熟成しなければいけない。
俺は、日々筋トレ後のプロテインの様に脳筋肉に刺激を与え続けた。
やっと、職長Kの言いたいことが1ミリだけ分かってきた。

【重さと筋肉強制パンプ】
ホイストと呼ばれる玉掛けを知っているだろうか。
フック船長で有名なフックを荷物にかけて吊る機械だ。
これでほぼ荷物を運ぶ。
なんせ10トンの鉄に対して50キロだの60キロだの誤差の内だ。
一気に200キロ運ばないと間に合わない。
主に石灰を運ぶのに使われていた。
石灰を溶けたサラサラの鉄の液体に大量に入れて溶かす。
すると、不純物が石灰と反応し液面に浮き出してくる。ノロと呼ばれていた。
これを遮光レンズのメガネで見極め、表面を丸太で撫でていく。
撫でながら木の丸太で手前の奈落の様な地獄に掻き出す。ノロ掻きという灼熱の作業だ。
一本の丸太は入れてから10秒で消えて消滅する。
大体一回の不純物除去で丸太20本は使うのだ。
また、シリコンやマグネシウムなどの成分の鉱石は50キロ単位の袋に入っていて、これは持って運んでこないといけない。
俺は一袋持って階段を上がる時に膝と太ももがプルプル言って歩けなかった。
それを見て職長Kは話しかけてきた。
K「なんのことねぇ。一袋なら軽いべ?」
振り返って、震えた。
心「なんで職長Kは三袋持ってスイスイ歩いてるんだ?」
オリンピックに出ても、予選は通過するだろう。俺は疑えなかった。
またその鉱石をスコップで炉の小さな穴に投げ入れる作業がある。
巨大な炉に対して、非常に小さい窓。24インチモニターほどの大きさだ。
これに近づくと暑く人間が消滅するため、3メートルほど離れたところから、サッっと投げ入れる。
このスコップ一杯分が重さが約10キロほど。
長いスコップの先に鉱石が乗るので、命中率を上げるのは非常に難しい。
心「よっしゃ!せーのっ!」
K「外すなよ。何万円もするんだからな」
心「えー!もう、モーション入っちゃってるんですけど」
K「0.1%で鉄の種類変わるんだから、入れすぎるなよ」
心「そんな!もう、ジャボンって入っちゃいました」
神経と体力を極限まで消費する労働肉体的凶悪環境。
俺は働き始めた最初の1ヶ月間は眠れなかった。
夢にまで見るという上トークではなく、筋肉痛で寝れなかったのだ。
全ての脚、腕、胸、背中、指。
関節が逆に曲がっていく様な急性関節炎と肉離れの様な合併症。
急激に短時間で、俺の筋繊維は分裂と合成を繰り返していた。
その回復の為、家に帰ったらひたすら肉と酒を飲む。
3ヶ月も経っていたら、俺はすっかり立派なブルースリーのコスプレーヤーになっていた。
心「損して得を取れ、とは言ったものなのかもしれない」
筋肉は確かに悩みを消し、シンプルな思考を生み出すものだと再認識していた。
この職場も悪くないな、と少しだけホッとした。
そう、別班のカバの様な顔のおっさんが来るまでは。

学士様
この日は職長Kが地元の町のお祭りということで休みを取っていた。
職長Kの地元では仕事と祭りだったら『祭りが大事』という屈指の祭り町。
それはそれは、と休んでもらった。
代わりに相方として代打で来たのが、昼夜二交代で絶対に会えないカバの様な顔が特徴的なおっさんだった。
カバは入社した時から俺のことが気に食わないのは知っていた。
今日だけは二人用の詰め所で密着浸透、鉄を溶かす時も相棒。
気が滅入りそうだった。
入社たった一か月の時、この会社にすら馴染んでいない俺にはエラ呼吸もできない魚だった時期だ。
鉄が恐ろしくてオドオドする俺にカバは話しかけて来た。
カバ「もう完璧だろ?なんてったって学士様だからよ」
心「?」
カバ「学士様は一回聞いたら覚えられるんだよな!俺たちは全員高卒か中卒だ」
心「?」
カバ「成分の計算も簡単だろ?見てっからやってみな」
心「?。。。よく喋るな。なんて嫌なカバなんだ」
今でもなお俺は顔は覚えているが、名前は削除されて全く覚えていない。
俺の様な地獄と社畜の世界を堪能した人間に、そう言われているなんてなんと食べ合わせの悪い佃煮だろう。
通常俺は、基本的には常温で保存されても腐らない。
しかし、ここは高温だ。俺の頭の中には乳酸菌と酵母が入っている。
ブクブクブク
なんか記憶に無いけど、俺の方から無視をして一日終わった様な思い出がある。
思い出にも残らない謎。
目の前にいて常に記憶を上書き消去しているのだろう謎。
カバ「ペラペラペラペラペラ・・・・」
俺「早く職長Kと仕事がしたいな」
ふと思いながら、この鋳物会社のつけ汁にしっかりと味付けされている自分が可笑しかった。
発酵と化学変化は意図しないところで複雑な味を醸し出す。
これでこそ『人生と言う樽』なのかもしれない。
第三話完
次回予告
溶かした鉄の液体を最後まで面倒を見るのは、これも別の地獄だ。
鍋という入れ物、型にはめられた砂の異臭と遠赤外線の様な放射熱。
心「え?これって人間の生きていける環境ですか?」
俺は重さ10キロのハンマーを毎日300回は振ることになった。
鍋を常に作り替えなければならないのだ。
肩甲骨付近の筋肉も膨れ上がって、総合格闘技の試合に出ても見劣りしない体になってきた。腹筋もいよいよ12個に割れる気がしていた。
工場内の温泉施設にも仕事の後に職長Kと行くのが日課に。
これは、実話です。
◆神のデスギフト第4話『露骨なハンマーと鍋と型と砂』嗚咽の作業と風呂
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