神のデス・ギフト-F- 第2話 俺は白菜か納豆か?暴言と鉄と汗、田舎の地獄。——あれ?俺はなんでここにいるんだ?
【泥酔からの記憶の生還】
俺は、七年ぶりに電話した友人との会話の記憶を──
見事に、一日の泥酔で“完全削除”した。
記憶のゴミ箱にも残らない、完璧な消去だった。酒は一種の神で、時々無慈悲な救済を施す。
俺の実家にはインターネットが無い。
理由は、簡単。“光ケーブルが山の向こうで力尽きたから”だ。
山に光が拒まれたのだから、仕方ない。
通信会社も俺の存在を “忘れていた” のだろう。
仕事探しはコンビニの就職情報誌。
三冊買って捲って、ため息を吐いて閉じて、また開く。
発酵させても味が出ないループ。
理由はわかっていた。
俺の仕事は完全に“都会専用仕様”だった。
例えば、「アニメ作ってました」なんて言えば、
標高の高い村では風しか味方にならない。
スポンサー? テレビ局? 制作会社?
全部、東京の平野で繁殖する生き物だ。
地方には地方の“職のエコシステム”がある。
田舎の漬け汁に、東京漬けの白菜を入れても、浮くしかない。
俺「諦めれば楽なんだよな……でもなぁ……」
深漬けされた東京の味は、もう抜けていなかった。
捨てるには“香りが強すぎた”。
東京の残業漬けの日々で、
俺の脳味噌はすでにツルツルの鉄球みたいに黒光りしていた。
山の向こうから吹く風が、ほんのり鉄の匂いだった。
あの時はただの風としか思わなかった。

◆ あの友人から電話がかかって、歯車がかけ変わった
【友人Tとの運命の再開】
その日、俺はシュークリームとエクレアを食べていた。
俺は発酵体のくせにホイップクリームが好きなのだ。
心「乳酸菌が乳を愛するのは本能だろう」
山脈を眺めていると、
あの無言の神々たちが俺を見下ろしてくるようだった。
ピリリリリリ──。
電話だ。Tだ。
俺「もしもし?どうした?」
T「どうしたもないだろ。就職先、見つけておいたぞ。今度会おう」
ガチャ。
……説明はないらしい。
心「ん? 待てよ……前に酔って電話したの、俺か!」
記憶がブクッと泡立つ。
俺「就職が決まったって、どこの会社だよ……」
Tは面倒見がよくて、優しい。
でも何かが根本的に足りない。
どこか抜けているが、
悪意では絶対に動かない男だった。
まるで“粉末スープを丸ごと入れ忘れたカップラーメン”。
惜しい。
惜しいのに、致命的。
Tは思うに”善意だけのバグった天使”なのだ。
その時の俺はまだ知らなかった。
この電話の向こう側に、“鉄と汗と暴言の地獄” が待っていることを。
【後日】
約束の日、俺はファミレスに到着した。
笑顔のTが車から降りて手を振っている。
T「久しびりだな。元気そうだ。良い仕事決めて来たから安心しろ。俺と同僚になる」
俺「あ、、、ありがとう?」
店に入りながら、俺は良い奴のTの親切心と動きの早さに怯えていた。
心「もう決まっている?同僚?」
席に座って気づいた。Tは充実して笑顔だ。
心「いや、職種教えてから笑み出してよー」
軽やかにTは会社の話を始めた。
T「俺の会社はスクラップを溶かして鉄を作る会社だ」
俺「ん?」
話が飛躍しすぎて付いていけない。
T「わかるか?溶解だよ。鉄は1000度近辺で溶けて作り直せるのだ!」
俺「え、ええ…」
T「俺はその会社の総務部。お前は溶解部で採用決めといたよ。社員800人いる大企業だぞ」
心「溶解部?お前、なんで言わないで決めたんだ」
【俺の就職先のスクラップを溶かす仕事とは】
この会社は鋳物の会社。
不純物があっても鉄の成分の多いスクラップを買って来て、高温で溶かす。
溶かす際に鉄のあらゆる種類に適応するために、シリコンやマグネシウムを配合させて鉄の強度を調整し直おす。
一回の溶解に10トンのスクラップを溶かし、砂で作った型に流し込み冷やして部品を作る。
毎日100トンを溶解するのが俺の仕事になるのだった。
例えると、100トンは電車の車輪100個分だ。
別の例えを言うと、小学校の25メートルプール満タンの水の量だ!
俺「へー。もう決まったって。もう採用されて。すぐ働けるんだ?」
俺は、ふざけて乗ってみた。
心「そんなわけないよな。面接も履歴書も出していないんだから。とにかく断ろう」
T「大丈夫。来月1日には出社で作業服も揃えておいたから。あと、素晴らしいことに面接なしで合格だから喜んで!!!ニコッ」
ジュワーッと俺の頭蓋骨から泡が溢れて来たのを思い出す。
心「友情か自分のポリシーか?即決するには難しすぎる」
俺は、会社を辞め慣れている。
なら一度働こう。これが運命だと思って。
無職も無職で辛いし。
俺「サンキュー!その会社の業務内容詳しく教えて!総務部!」
嬉しそうにTは教えてくれた。
心「やっぱり悪意はない。バグってるけど良い奴だ」
俺「よろしくな!」
心「恐れしかないけどな」
別れた後車の中で、俺は一週間の無職を楽しむことを決めた。

◆ 鋳物工場に初出社。全てが想定外。未曾有の想定外。東京の記憶は煮沸消毒
【いよいよ初出社日】
やる、となったら一生懸命やるのが俺の性分だ。
俺は出社の日、しっかりとスーツを着て鋳物会社に向かった。
工場がでかすぎた。
駐車場が正面入り口の反対側。工場をぐるっと迂回して入るのだが、歩いて20分かかった。
さらに驚くことは、鉄の溶ける臭いが凄いのなんのって。
実際この日から俺の鼻毛は爆伸びが始まり、今もモサモサ生えている。
工場内のパイプや、フォークリフト、巨大なトラック。
中にはちょっとした町エリアもあった。
ドラックストアやコンビニや食堂街に温泉施設。
疲れるほど歩きいよいよ、大きな工場の大きな門をくぐった。
門の隣にある奈良の大仏の様な大きな看板。
安全第一と書いてある。KY確認とも書いてある。
心「KYって”空気読めない”の意味か?ヤベーな」
実際は”危険予知”の略だが、俺は恐れしかない中で正しく変換できなかった。
さらにまっすぐ歩き新入社員の研修室に入って、おれは久々に唖然とした。
20名ほどいる新入社員の中でスーツだったのは俺だけだった。
他の人は、Tシャツにジーパンなどの私服。
髭も生えているし、金髪もいる。ロン毛もいる。
心「なんだここは、ロサンゼルスのスラム街か!?」
と本気で思ってしまった。
田舎がこうなのか、ここだけこうなのか。
俺の脳は振った炭酸水の蓋を開けた瞬間の様に泡が噴き出していた。
俺が泡に溺れているまま会社説明は全く頭に入らない状態で終わった。
ベージュの作業服とヘルメットを支給された。
そして、無言のままロッカールームに行って着替えた。
心「うん。間違いなく、今までの経験は活きないな」
俺は納得してしまった。
もう流れに逆らうことはできないから。
すでに俺という白菜は塩と一緒に樽に入っていたのかもしれない。
【工場内を歩き部署へ行く】
ロッカー棟から溶解部への道のりは遠かった。
歩いて10分。1キロは進んだだろう。
初めての鉄板が入っている安全靴で歩くのは苦行の様だった。
心「出社前で筋肉痛か。恐れしかない」
ドーン、ドーン、ドーンと一定の爆音が聞こえる。近づく。
巨大な建物に入ると俺は小人の様な気分になった。
室内が広すぎて天井が粉塵で見えない。高さは、50メートルはあるのか?
まるで闇のドーム球場だ。
上の方ではスクラップをつるす巨大なクレーンがある。
室内ですらトラックが走っている。
ライトは無く真っ暗だ。
奥のスクラップを溶かす溶解炉は赤いマグマの様な光を出して揺らいでいる。
心「なんだココは。闇の地獄か。ミノタウロスやケルベロスが歩き回っているようだ」
そんなリアルな気持ちを持ちつつ事務所に付いた。
約十畳ほどのプレハブの事務所。
入ると、ベージュの作業服が真っ黒になり、顔も真っ黒になった男たちが10人ほど俺をにらんだ。
すさまじい筋肉質の男たち。
汗のにおい。エアコンはない。気温40度。扇風機5台。
格闘技とは全然違う、実践向きの筋肉の菌繊維が漂っていた。
目の鋭さはサーベルタイガーの様だった。
静まり返っていた。
ゴクリ。
生唾を飲むつもりだったのに恐怖で唾液が乾いた。
奥に”工長”という部署の長がいる。
その横に俺の親方になる”職長”が腕を組んで座っている。
この職長Kが俺のこの仕事場の親であり、10トン炉の相棒だ。
ブルブルした。
俺は新品の折り目の付いた作業着でピシッと背筋を伸ばし声を出した。
俺「よろしくお願いします!」
誰もリアクションはなかった。
冷たい目が熱さの中で印象的だった。
心「DEAD or ALIVE」
気を引き締め直そうと思った瞬間、雑念が入ってきた。
心「あれ?ここどこだっけ?」
心「俺は何のプロだったんだっけ?」
俺はこの空間に直立不動しながらめまいを感じ、途方に暮れている自分を幽体離脱しながら見ていた。
今日これから10時間働く。
0分しか働いていないのにわかった。
心「神よ。東京で社畜だった俺が思う、すでにヤバいと認識してます」
強烈な鉄臭のする熱風が俺に襲い掛かってきた。
俺の人生はここで蒸しあげられる。
何も知らない俺はこのケルベロスの檻で何ができるのだろう。
俺は瞳孔が開ききったまま、入口の床にそっと体育座りをし真っ黒の天井を見まわしていた。
未来は全く見えなかった。
第二話完
◆ 次回予告
職長Kが俺に向かって近づいてきた。
交感神経がザワついた。
屈強な男たちは無言で職長に道を譲る。
心「まるでプロレスラーの入場の花道の様だ」
脳だけ天国に行っていた俺に、地獄の空気が襲い掛かってきた。
職長K「なんだ?この瘦せっぽっちな腕は?物持てるのか?」
俺「はいーーー」
声が裏返り、皆に笑われ、記憶を失う。
連行されて俺は職長Kの持ち場へと引きずられていった
第3話 『タンパク質とパワーの汗、博士様とののしられ篇』へつづく。

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