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神のデス・ギフト-F- 第1話 東京に焼かれ、田舎で蒸し直される俺の酵母の記憶と、底に沈んだ生温い絶望の足音

※まだ読んでいない人はこちらへ → 「東京篇 第一章」

スマートフォンもハイブリッドカーも、まだ影も形もなかった頃だ。
世の中が地上波アナログからデジタルへ揺れ始め、時代そのものが“立ち上がり途中”だった。

東京という蒸し釜で茹で上げられた俺の脳味噌は、もうカチカチに固まっていた。

俺「故郷に勢いで帰って来てしまった」

俺「また無職になった。でも……何もする気になれない」

働きたくないわけじゃない。逃げたいだけでもない。
ただ、俺の中の何かが完全に焦げ付いて、スイッチが戻らなくなっていた。

ど田舎の草と土と木の香りが風に乗って俺の鼻口に止まっていた。

心「くそ、東京と違ってイイ匂いだ」

だから、俺は腹をくくった。
しっかり休む。

そして、心が再び『動き出したい』と叫ぶその瞬間まで、静かに充電することにした。

しかし、どうせなら俺のOSごと入れ替えてやろうと思った。

東京で社畜として蒸され、焦げて、形だけ整えられた俺は、今さら軌道修正しても“光る社畜”になるだけだ。

心「今までやったことのないことをやろう。間違っていようが、やってみれば何かが分かる」

俺はまさかの方向転換をして、“陽気な人間になる”と決めた。


田舎に帰って完全に無職になったボーっとする27歳の俺

27歳で父を尊敬しなおした──毎日晩酌で、父の発酵記録を聞く


18歳で東京に飛び出した俺は、大学に合格したという建前の下、ただ親元から逃げたかっただけだ。

自分の部屋を持ち、自由に生活し、自立した“フリ”をし、日本中の友人を家に呼び、朝まで騒ぐ。
そんな浅はかな欲望だけで、18年育ててくれた両親のそばを離れた。

東京で神の吐息を吸いすぎて嘔吐し、心の塩分濃度がめちゃくちゃになった俺は、10年経ってようやく少しだけ大人になっていた。

一番の違いは──働いた経験が”ある”か”ない”か。

仕事の苦味を知った瞬間、父の存在が少し違って見えてきた。

父は、酒と晩酌を愛する男だ。
俺は毎晩、3リットルボトルの安い焼酎を父と分け合いながら、笑って話した。

俺「俺、月曜に会社行って、帰ってきたの金曜日だったんだよ」
父「え!俺に似てスゲーな、おめー」

──褒めてくれる人がいた。生まれて初めてだった。

俺「先輩がさ、口は動くけど手は動かないんだよ」
父「わかるわ。俺の先輩もキャンキャン犬みたいでさ、吠えるだけよ、裏のあだ名はキャンだった」
俺「あははは」

なんだろう。
じわじわと、俺の心がゆるんでいく。

東京でカチカチに固まった味噌が、また“ふかふかのぬか床”に戻っていくようだった。

心「……あれ? 親父と飲むのって、こんなに楽しいんだ」


俺は無職で、時間だけはたっぷりある。
父も定年前で、時間がある。

俺は金はない。でも夜になると、父の酒を少し分けてもらっていた。

古い茶の間──神棚と仏壇が並ぶ畳の部屋。
母が嬉しそうに俺たちの会話を聞いていた。
先祖も混ざっていたのかもしれない。

まだ、すきま風さえ入ってこない穏やかな夜だった。

父と母と楽しく話しながら酒を飲む俺。父母も楽しいみたいだ。

ひょうきんな親父に、はじめて“飲み屋”に連れて行ってもらった


18歳で田舎を出た俺は、父と居酒屋に行ける年齢でもなかった。
だから、これは人生初の“親父との夜の街”だった。

小さな繁華街だった。

東京の新宿歌舞伎町や渋谷道玄坂で飲んでいた俺からは見たら真っ暗だ。
一路地分しかない。お世辞抜きに言ってさびれていた。

しかし、父は楽しそうに歩いている。

そして半地下の居酒屋に入っていた。
赤ちょうちんがぼんやり光っていた。
炭と鳥の油の焼ける香り、暖色の照明。活気のある客の声。

ここは、父の友人がやる焼き鳥屋。父は俺を紹介してくれた。

父「こいつ、都落ちして帰ってきたんですよ〜」

わざと馬鹿にしてるようで、どこか誇らしそう。
その複雑な感情が、妙に心地よかった。

父「また飲みに来たら、こいつにサービスしてやってくださいね」

馬鹿にしながら、ちゃんと紹介してくれる。
その背中が、なんか格好よかった。


次は父がかつて“キャン”に連れ回されたというスナックへ。
繁華街からは少し離れている長細い店。

中はカウンターだけの店で数人の元気な声の女性がお酒を作っている。
客の大声も響き渡る。
暗めな照明が酔いを心地いいものにしてくれた。
入った瞬間、父が人気なのが分かった。

ママ「おかえりーパパ!」
父「こいつ、都会から逃げ帰ってきて無職なんですよ〜。ははっ」

また目尻を下げて笑う。
この人は、嫌味も皮肉も全部“陽気”に変える“酵母”を持っている。

ママ「あら、お父さんにそっくりでイ・ケ・メ・ンじゃないの」
父「こいつ来たら、俺のボトル飲ませてあげてね」

なんだろう。
この夜、俺の血の中にも父と同じ“酵母”が流れてるんだと実感した。

心「俺にも、この力が眠ってる。発酵させるしかない」

このスナックが、俺の田舎生活の“拠点”になるなんて、まだ知らなかった。

笑顔の父に連れられて故郷の繁華街に初めて行った俺

ある日の昼、酔った勢いで友人へ電話した


東京から戻って二週間弱。

スマホもない時代、無職の昼間は静かすぎる。
曇った空を眺めながら焼酎を飲み、ガラケーのアドレス帳をぼんやり見ていた。

東京で受けた心のダメージはまだ残っている。
けれど、そろそろ働かないといけないという焦りも出てきた。
自然発生的に心の微生物がザワザワ動き出して来た。

そのとき──成人式で再会した友人の名前がアドレス帳にあった。
地元で番号を知っている人なんて、ほんのわずか。

なぜなら俺が18歳で出た頃、携帯電話なんてまだ一般的じゃなかったからだ。

芋焼酎でベロベロに酔った勢いで、深い意味もなくかけてみた。

ルルルルル……

心「まぁ、出るわけないよな」

ガチャ。

T「もしもし? おお!久しぶりだな! どうした?」

──その声を聞いた瞬間、胸に刺さってた“何か”が、ゆっくり溶けた。
俺は、何も考えずに口が動いていた。

俺「地元に帰ってきたんだけど……なんか仕事、無いかな?」
心「しまった!」

酔いの勢いで、未来を決める大事な相談をしてしまった。

その瞬間、外の風が急に強くなり、
築80年の古い家がギシリと揺れたのを覚えている。

T「ちょっと聞いてみるわ」

電話はあっさり切れた。

俺「聞くって……誰に? 何を?」

曇り空の向こうで、風がひゅう、と鳴いた。

……この時はまだ気付いていなかった。
東京だけでなく、田舎にも“発酵を見張る神”がいる。
そして、膨らんだ心に必ず空気抜きをしてくるということを。

そしてこの電話が、
俺の人生の酵母を一気にかき混ぜる“最初の一手”になるということも。
——ここから俺は、思いもよらぬ方向へ動き出す。

第一話完

次回予告


東京であれほど“こだわり続けた”業界。
その結末が、こんなにもあっけなく終わるとは思わなかった。
俺の心は、鉄のスクラップと粉塵にまみれた世界で、
再び熱せられ、溶かされていく。

心「……俺は何のプロだったんだっけ?」

事態は急に回り出す。
止まっていた歯車が一気に噛み合い、
俺は強烈な先輩たちと、強烈すぎる重労働の現場へ落とされる。
そこで初めて知る。
東京での“社畜の地獄”とはまったく違う、
田舎独特の、逃げ場のない“別の恐ろしさ”を。
——神はまた、俺の記憶を煮沸消毒するつもりらしい。
第2話 『鉄と汗と、田舎の地獄篇』へつづく。

酔っ払って旧友のTにうっかり電話してしまった俺



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