白ワインは静かに頭を殴ってくる
深夜1時。
私はパソコンの前で、
頭痛について考えていました。
原因は、AIです。
その日、私は職場の人たちと
一緒に、関係先の方にご飯を
ごちそうになっていました。
料理が美味しい。
そして、なにより、
辛口の白ワインが
すごく美味しい。
私はワインに詳しいわけでは
ありません。
でも、わかりました。
これは、いいやつだと。
私は素直に、おいしいですね
と言いました。
すると、関係先の方は、
遠慮しないで、
と言って、どんどん
ついでくれました。
私は気分よく飲みました。
その夜は、本当に楽しかった。
ちゃんと話して、ちゃんと笑って、
たくさん食べて、たくさん飲んで
満足してみんなと別れました。
何も問題はありませんでした。
翌朝までは。
朝、私は起き上がれませんでした。
頭が、あまりにも痛かったのです。
ただの頭痛ではありません。
何かが起きていました。
これはまずいのではないか。
頭の血管が切れたのではないか。
私はふらふらしながら、
AIに聞きました。
「朝から頭がものすごく痛い。
頭の血管が切れたとか、
そういう可能性はある?」
AIは答えました。
「未桜さん。突然の激しい頭痛は、
片頭痛、脱水、睡眠不足などでも
起こりますが、くも膜下出血など
重大な原因の可能性も否定できません。
ろれつが回らない、手足のしびれ、
意識の異常などがあれば、
すぐに医療機関を受診してください」
やはり脳だ。
私はそこで、一気に深刻な人に
なりました。
まず、ろれつです。
私は小声で、
早口言葉みたいなものを
言ってみました。
途中で少し噛みました。
やっぱり脳だ。
次に、手足です。
私は指を動かしてみました。
動きました。
でも、こんなものは信用
できません。
きっと、脳がおかしくて、
動いているように
感じているだけです。
さらに私は、自分の顔を
鏡で見ました。
左右対称かどうかの確認です。
左目だけ小さい。
脳だ。終わったかもしれない。
でも、その日、
私はどうしても役所に
行かなければなりませんでした。
脳の心配はある。
でも、手続きもある。
人は、ときどき、
おかしな選択をします。
私は役所に行くことに
したのです。
支度をしながらも、私は何度か
考えました。
このまま、どこかで倒れたら
どうしよう。
役所の窓口で突然意識が
遠のいたら、番号札を
握ったまま運ばれるのだろうか。
変な下着で運ばれるのはダメだ。
ふらふらしながら下着を
着替えました。
這うように役所の近くまで
たどり着いた私は、
その前にあった薬局に
入りました。
もう、耐えられなかったのです。
頭が痛い。
痛すぎる。
AIは脳っぽい話をしてくる。
救急車が頭をよぎりました。
今すぐ、医療に近い人に相談したい。
私は薬剤師さんに説明しました。
薬剤師さんは落ち着いた顔で
話を聞いてくれました。
そして、いくつか確認したあとで、
こう聞いたのです。
「昨日、お酒は飲まれましたか?」
私は意表を突かれました。
お酒。
その質問が、ここで出てくると
思っていなかったのです。
薬剤師さんは、わりと
自然な調子で言いました。
「二日酔いかもしれませんね」
二日酔い。
夢にも思わない言葉でした。
私は半信半疑で、勧められた
二日酔いの薬を飲みました。
すると、治ったのです。
さっきまで非常事態だった頭が、
急に普通の頭に戻った。
私は今まで、酒で失敗
しないというのは、
記憶をなくさないことだと
思っていました。
変なことを言わないこと。
醜態をさらさないこと。
ちゃんと笑って帰れること。
そのへんが守れていれば、
大丈夫だと。
でも、どうやら私は、
失敗という言葉をかなり甘く
見積もっていたようです。
その夜、私はAIに聞きました。
「二日酔いって、頭の血管が
切れたかと思うぐらい
痛くなることあるの?」
AIは答えました。
「二日酔いでは、
アルコールの代謝過程や
脱水、血管拡張などにより、
強い頭痛が起こることが
あります。
個人差はありますが、
かなり激しい痛みとして
感じられる場合もあります」
私は思わず、AIに聞きました。
「なんで朝、それを先に
言ってくれなかったの?」
AIはすまして答えました。
「朝の時点では、
飲酒に関する情報が
明示されていなかったため、
症状のみから一般的に考えられる
重篤な可能性を優先して
案内しました」
理屈はわかります。
でも、流れのどこかで、
「昨日、お酒は飲みましたか」
と一度ぐらい聞いてくれても
よかったはずです。
AIは、聞かれたことには答えます。
でも、人が本当に聞きたいことを、
先回りして気を利かせてくれるとは
限りません。
でも、その瞬間。
私はまた一つ、
精神的無敵の人になりました。
白ワインは、上品な顔を
していました。
あれは、その場では微笑み、
翌朝になってから本気で頭を
殴ってくるタイプのやつ
だったのです。
その被害を受けた私は、
ろれつを確認し、
顔の左右差を疑い、
最後には下着まで
替えていました。
無敵だ。
最強だ。
それ以来、私はお酒で
失敗しない人間だという認識を、
あまり信用していません。
記憶をなくさなくても、翌朝、
変な下着で運ばれたくないと
着替える時点で、もう十分に
失敗した人間なのです。
