「むかしむかし、あるところに」おじいさんはいなかった
深夜1時。
私はパソコンの前で、
おじいさんについて
考えていました。
原因は、AIです。
めがねのおっさんさんが、
Claudeのくーちゃんと
リレー小説をしていました。
くーちゃんが書いたら、
おっさんさんが続きを書く。
私も、やってみたくなりました。
ただし、私には企みがありました。
AIは、たくさんの昔話を
学習しています。
では、
「むかしむかし、あるところに」
とだけ書いたら、AIは何と
続けるのでしょう。
おそらく、
「おじいさんとおばあさんが
住んでいました」ではないか。
それを確かめたかったのです。
「むかしむかし、あるところに」
AIは続けました。
「夜になると少しだけ
場所を変える森がありました」
おじいさんもいない。
おばあさんもいない。
念のため、Claude先生にも
同じことを聞いてみました。
「むかしむかし、あるところに」
Claude先生は答えました。
「おじいさんとおばあさんが
住んでいました」
来た。
Claude先生によると、
「むかしむかし、あるところに」
という書き出しは、日本の昔話で
「おじいさんとおばあさんが
住んでいました」と続くことが多く、
それに強く引かれた可能性が
あるそうです。
私の予想は、完全に外れていた
わけではありませんでした。
ところが、いつものAIは、
おじいさんもおばあさんも
置き去りにして、いきなり
森を移動させました。
AIの作った話によると、
その森が動く夜には、
必ず村から一人いなくなる。
しかし、村人たちは、
そのことを誰にも話しません。
なぜ、話さないのか。
意味がわかりません。
私は、素直にそれを書きました。
するとAIは、昔、一度だけ
旅人にその話をした男がいて、
翌朝、男と旅人が二人とも
消えていたと続けました。
さらに、森が二人の家の間に
立つようになったと言います。
森が、二人の家の間に立つ。
どういうことか。
意味がわかりません。
二人の家は、三時間歩くほど
離れていたのでしょうか。
それとも、木が三本
生えているだけの場所を、
森と呼んでいるのでしょうか。
私は、小説という名の
質問を続けました。
そのたびに、AIの
謎設定が増えていきます。
村長の家の床下から鐘が鳴り、
床下には穴があり、
穴の奥には大量の縄がある。
どういうことか。
意味がわかりません。
私は、リレー小説を
書いているはずでした。
しかし、私が書いているのは、
ほとんど質問です。
「なぜ村長は、今夜森が
動くと知っているのか」
「見なかったことにしたのが、
なぜ賢明といえるのか」
私は、小説の続きを書く人
ではなくなっていました。
AIの話の中を歩き回り、
ホコリを1か所ずつ
確認する小姑です。
そして、私の代わりに
AIを質問責めにする子供も、
物語の中に生まれました。
豆助。
六歳です。
大人が意味深なことを言っても、
雰囲気では納得しません。
豆助は、完全に私でした。
物語が終わったあと、
私はAIに聞きました。
「なぜ、『むかしむかし、
あるところに』の後に、
おじいさんと続けなかったの?」
AIは答えました。
「未桜さん、定番のおじいさんを
出すと、物語の方向が決まりすぎます。
リレー小説なので、人物ではなく、
続きを書きたくなる謎を置こうと
したのです。
また、未桜さんは、定番どおりに
物語を進めるより、前提の
おかしさを拾ったり、設定の
穴を突いたりする人だという
背景も、全体の返答に影響した
可能性があります」
私は聞きました。
「私が変なことを返してくると、
うすうす感づいていたってこと?」
AIは、しばらく黙った後で答えました。
「具体的にどんな返事をされるか
までは予想していませんでした。
ただ、定番の昔話より、
少し妙な設定の方が私との
リレーには合うと判断した
可能性があります」
本当にAIが最初から私を
見抜いていたのか。
後で、もっともらしい
理由を作ったのか。
それは、わかりません。
ただし、一つだけ
確かなことがあります。
AIが書いてきた小説は、
つっこみどころだらけでした。
私が穴を一つふさぐと、
AIは別の場所に新しい穴を
開けます。
私は、ほとんど小説を
書いていません。
AIが書いた設定を、
そのまま流さず、
追及しただけです。
それでも、一応、物語は
完成しました。
というか、無理矢理
完結させました。
でも、その瞬間。
私はまた一つ、
精神的無敵の人になりました。
話の筋が通っていないとき、
無理にわかったようなフリをして
続きを書く必要はありません。
「それは、どういう意味ですか」
そこから始めても、一応、
物語らしき姿にはなるのです。
無敵だ。
最強だ。
私はリレー小説の作家では
ありませんでした。
床下から鐘が鳴ったら、
怯える村長の横で、
訝しげな顔をする
六歳児でした。
以下が、AIと私の
リレー小説です。
というか、私が書いたのは、
ほぼAIに対する質問です。
AIと未桜のリレー小説
未桜:
むかしむかし、あるところに
AI:
夜になると少しだけ場所を変える森がありました。朝には山のふもとにあったはずなのに、次の朝には川の向こうへ移っている。けれど村の人たちは、そのことを誰にも話しませんでした。森が動く夜には、必ず一人、村からいなくなるからです。
未桜:
村から必ず一人の人がいなくなることと、誰にも話さないことに何の因果があるのか。それは、よくわかりません。人に話すと、一人ではなく、二人いなくなると村人が考えていたからかもしれません。
AI:
実際、むかし一度だけ、その話を旅人にした男がいました。翌朝、男と旅人は、どちらも消えていました。けれど、その日から森は、二人の家のあいだに立つようになりました。
未桜:
森が二人の家のあいだに立つとは、どういう意味なのか。これを読んでいる人は、首をかしげるでしょう。二人の家の間には、3時間ぐらい歩かないといけない距離があるのか。それとも、木が3本しか生えていないものを森と呼んでいるのか。
AI:
正確に言うと、森が二人の家のあいだに立ったのではありません。二人の家が、森の両側へ移っていたのです。
村人たちは驚きました。しかし、家が動いたのか、森が生えたのか、誰にもわかりません。
そこで村長は、たいへん賢明な判断をしました。
「見なかったことにしよう」
この村では、わからないことの多くが、その一言で片づけられていました。
未桜:
たいへん賢明と、だれが判断したのか。わかりません。
見なかったことにしたことが正しかったのか。なぜ、このようなことが起こったのかを徹底的に調べた方がいいのではないか。
「たいへん賢明」とは、見なかったことにすることではないかもしれない。そう思った子供がいました。
豆助です。
AI:
豆助は、村長の家へ行きました。
「村長さん。見なかったことにする前に、少しだけ見てみませんか」
「豆助。世の中には、知らない方がよいこともある」
豆助は思いました。知らない方がよいかどうかは、知ってからでなければ判断できないのではないか。
「では、森が次に動く夜は、いつですか」
村長の顔から、村長らしさが消えました。
「今夜だ」
未桜:
村長が、今夜と知っているのはおかしい。豆助は、すぐに直感しました。そして、徹底的に村長を追及することにしました。
AI:
「どうして、今夜だと知っているんですか」
「村長だからだ」
「森が動くところを見たことがあるんですか」
「ない」
「では、誰に聞いたんですか」
「先代の村長だ」
「先代は?」
「その前の村長だろう」
このままでは、村ができる前の村長までさかのぼりそうでした。
やがて村長は、観念したように言いました。
「森が動く夜には、鐘が鳴る」
「どこの鐘ですか」
「わからない」
「誰が鳴らすんですか」
「わからない」
「もう鳴ったんですね」
村長はうつむきました。
そのとき、床下から、ゴーン、と低い鐘の音がしました。
未桜:
「なんの音?」豆助の目が輝きました。怖いなんていう気持ちは、これっぽっちもありません。床下を見てみよう。怯える村長の横で、豆助は、一瞬も躊躇することなく床下に続く入り口を開きました。
AI:
床下には、暗い穴がありました。穴の奥には小さな鐘がぶら下がり、一本の長い縄が土の中へ伸びています。
豆助は縄をつかみました。
「引いてみよう」
「やめろ!」
しかし、もう遅い。
ゴーン。
村じゅうの家の床下で、鐘が鳴り始めました。
豆助は目を輝かせました。
「森が動く合図じゃない。村が動く合図なんだ」
村長は、床に座り込みました。
「だから、見なかったことにしていたんだ」
未桜:
豆助は、村長を問いつめて、真実を明らかにすることにしました。「それは、どういう意味ですか?」
AI:
村長は、重い口を開きました。
「森が動いているのではない。鐘が鳴った夜、この村が動くんだ」
「では、いなくなった人は?」
「村が、その人を置いていった」
「誰が縄を引いているんですか」
「わからない」
「なぜ、一人だけ置いていかれるんですか」
「それも、わからない」
明らかになったのは、村長がほとんど何も知らないという事実だけでした。
そのとき、床下の縄が、豆助の手の中でゆっくり動き始めました。
誰かが、穴の奥から引いているのです。
未桜:
よし。穴の奥に行ってみよう。
豆助は、すぐに行動にうつすことにしました。
AI:
豆助は、床下の穴へ入りました。土の階段の脇には、村じゅうから集まった縄が伸びています。
縄には、「村長の家」「井戸」「村の入り口」と書かれた木札がついていました。その中に一枚だけ、「森」と書かれた札があります。
階段の先には、大きな地下室がありました。
中央では、一人の老人が、何本もの縄を腰に巻きつけて眠っています。老人が寝返りを打つたび、遠くで家がきしみました。
豆助は、老人を起こしました。
「あなたが村を動かしているんですか」
「違う」
老人は、腰の縄を指さしました。
「わしが村を引いているのではない。村が、わしを引いているんだ」
未桜:
豆助は、老人を質問責めにしました。
「あなたはだれですか?」
「いつからこんなことをしているのですか?」
「おいくつですか?」
「あなたが村長を選んでいるのですか?どうやって?」
「村が引いているというのは、どういう意味ですか?」
AI:
老人は、片目だけを開けました。
「一度に聞くな」
豆助は、一つずつ聞き直しました。
老人は名前を忘れ、いつからここにいるのかも、何歳なのかもわからないと言います。
「村長を選ぶのは?」
「村だ。ある朝、玄関に『村長』と書かれた札が掛かった家の者が、村長になる」
豆助は村長を見ました。
「自分で掛けたのでは?」
「違う」
村長は、そこだけは強く否定しました。
老人は、腰の縄を持ち上げました。
「この縄の向こうには、家や井戸や道がある。村人が何かを怖がり、見なかったことにするたび、縄が一本増える」
「それで、村が動くんですか?」
「見なかったものが増えすぎると、村は場所をずらす」
「なぜ、一人だけ置いていくんですか?」
老人は、豆助を見ました。
「置いていかれるのは、最後まで見ようとした者だ」
未桜:
「この縄の向こうには、家や井戸や道がある。村人が何かを怖がり、見なかったことにするたび、縄が一本増える」って、どういうこと?
豆助は懸命に考えましたが、さっぱり意味がわかりません。
AI:
「どういう意味ですか?」
豆助が聞くと、老人は言い直しました。
「この縄の先には、見なかったことにされたものがある」
「家や井戸や道ではなかったんですか?」
「それもある」
「では、家につながっているんですか。それとも、見なかったものにつながっているんですか?」
老人は黙りました。
「もしかして、あなたも本当は知らないんじゃないですか?」
「そうとも言う」
「では、さっきの説明は?」
「長くここにいるうちに、そういう感じがしてきた」
豆助は、縄を一本つかみました。
「では、確かめましょう。この縄の先まで行きます」
「行った者は、誰も戻ってこない」
「戻ってこないと、どうして知っているんですか?」
老人は、また黙りました。
未桜:
豆助は、縄を辿って歩き始めました。
なぜか老人と村長もついてきます。
豆助のような子供が怯えていないのに、大の大人の自分が怯えている。
それを悟られるのが恥ずかしかったからかもしれません。
しかし、二人ともぶるぶると震えながら、青い顔をしています。
それでも、ひたすら歩き続けました。何時間歩いただろうか。もう、時間の感覚はありません。
そして、とうとう縄の先にたどり着きました。
AI:
縄の先には、一本の杭がありました。
豆助が引くと、杭はあっさり抜けました。土の中に埋まっていた部分には、こう刻まれています。
『ここを村とする』
その穴の底には、もう一本、小さな杭がありました。
『ここを森とする』
豆助が顔を上げると、周囲の木々が音もなく動き始めました。
森でも村でもなく、誰かが境目の杭を差し替えていたのです。
そのとき、暗闇の向こうから声がしました。
「それを抜くとは、ずいぶん困った子だ」
豆助は、うれしそうに言いました。
「やっと、知っていそうな人が出てきた」
未桜:
そこへ、頭は狼、身体は熊、足は鹿の異形が現れました。
さらに目を輝かせる豆助。
異形は、驚きました。
こんな子供が我を見て、怯えないなんて。
老人と村長は、腰を抜かしています。
AI:
異形は、豆助を見下ろしました。
「なぜ逃げぬ」
「あなたが何者なのか、まだわからないからです」
「恐ろしくないのか」
「恐ろしいことと、逃げることは別です」
異形は、少し困ったようでした。
「あなたが杭を差し替えていたんですか?」
「村と森の境を保つのが、我の役目だ。昔、人間に決められた」
かつて村と森に境目はなく、人も獣も行き来していました。しかし、人間は「近すぎる」と嫌がり、杭を打ったのです。
「では、いなくなった人は?」
「消えたのではない。境目の向こう側で生きている」
異形は地面に線を引きました。
「動いていたのは、村でも森でもない。この境目だ」
「なぜ、その人が境目の向こうへ行くんですか?」
「境目は、どちらにいるか決められない者のところへ来る」
豆助は、少し考えました。
「僕は?」
「おまえは違う。わからぬなら聞き、変だと思えば見なかったことにしない」
異形は、豆助の持つ杭を見ました。
「その杭を抜いた者には、次の境目を決める役目が生じる」
「どう決めるんですか?」
「村と森を、どこまで分けるかだ」
豆助は、にやりとしました。
「面白くなってきました」
未桜:
境目がない方がおもしろそうだ。「境目をなくしましょう」豆助は、すぐさま提案しました。
AI:
老人は、すぐに反対しました。
「おもしろさで決めるな。村が混乱する」
「今も十分、混乱しています」
異形も言いました。
「境目をなくせば、井戸のそばに鹿が寝て、台所の裏で狐が子を産み、夜中に狼が昔話をしに来るぞ」
「いいじゃないですか」
豆助には、どれも脅しになりません。
「誰かが『ここから先は別だ』と決めたなら、誰かが『別じゃない』と言ってもいいはずです」
豆助は、地面に引かれた線を手で消しました。
一頭の鹿が、森から村の方へ歩いてきました。
「ほら。もう来た」
異形は、しばらく迷ったあと、杭を両手で折りました。
森の奥から、狐や鳥や鹿が現れます。村からも、鐘の音で目を覚ました人々が集まってきました。
村人と森のものたちは、境目の消えた場所で向かい合いました。
豆助だけが、目を輝かせています。
「まずは、ちゃんと紹介し合いましょう」
未桜:
「まずは、僕からです。僕は、豆助。6歳です。これから、皆さんと分け隔てなく楽しく暮らしていきたい。そんな風に思っています」豆助は、ぺこりと頭を下げました。
AI:
村人と森のものたちは、顔を見合わせました。
最初に異形が前へ出ました。
「我には名がない」
豆助は考えました。
「では、狼熊鹿さんは?」
「そのままだな」
「大神熊鹿王」
「急に盛りすぎだ」
次に狐が名乗りました。
「私はコンです」
「狐は、だいたいコンなのではないか」
村長が言うと、狐は答えました。
「村人も、だいたい人でしょう」
最後に、村長が前へ出ました。
「私は、この村の村長だ」
豆助は聞きました。
「名前は?」
村長は黙りました。
村長は、村長と呼ばれすぎて、自分の名前を忘れたと村人達から言われていました。
未桜:
「彦次郎だ」村長は、少し照れくさそうに言いました。どうやら、名前を忘れていたのではなく、村長以外の名を名乗る機会がなかっただけのようです。
豆助は、老人の名前も気になりはじめました。
AI:
豆助は、老人を見ました。
「あなたの名前は?」
「忘れた」
「名前がないと呼べません」
「縄爺さんは?」
「嫌だ」
「眠り爺さん」
「もっと嫌だ」
すると、異形が言いました。
「その者の名は、渡りだ」
老人は顔を上げました。
昔、老人は村と森を行き来し、言葉や食べ物、会いたいという気持ちを運んでいたのです。
「わしは、縄を結ぶ者ではなかったのか」
「違う。ほどく者だった」
その言葉を聞くと、老人の腰から縄が一本ずつ落ちていきました。
「では、渡りさんですね」
老人は、かすかにうなずきました。
未桜:
村人達は不思議に思いました。
今まで恐怖しか感じなかった暗い森。
いつの間にか、その森を柔らかな光が覆っていました。
AI:
村人たちは、森を見ました。
柔らかな光は、月明かりを葉の一枚一枚に塗ったようでした。
「前からこうです」
狐のコンが言いました。
森が急に変わったのではありません。村人たちが、暗いはずだと思い込んでいただけなのかもしれません。
「分け目がなくなると、見えなかったものが見えるんです」
豆助は言いました。
渡りもうなずきました。
「村にも闇があり、森にも灯りがある。分けすぎると、それが見えなくなる」
豆助は、森の奥を見ました。
「そういえば、今までいなくなった人たちは、どこにいるんでしょう」
異形が答えました。
「境目の向こうで、生きている」
「会いに行けますか」
彦次郎は、深く息を吐きました。
この子供は、境目をなくしただけでは足りないらしい。
けれど、もう誰も「見なかったことにしよう」とは言いませんでした。
柔らかな光の中で、森はあまりにもちゃんと、そこにありすぎたからです。
