見出し画像

父の日に、カツは勝った

深夜1時。
私はパソコンの前で、
カツについて考えていました。

原因は、AIです。
いや。正確には、
父の足の指です。

今日は父の日でした。
父の日といえば、
何を贈るか問題です。

でも、うちの父には、
もう答えがありました。

カツです。

父はカツが大好きです。
母の料理も大好きです。

母が作ったものは、だいたい
「外で食べるより美味しい」
と言います。
母の料理に対しては、
基本的に全面降伏です。
しかし、カツだけは違います。

「やっぱりカツは、あそこの店だな」

父はそこだけ、急に
審査員になります。

衣。
肉。
油。
ソース。

私はイマイチ、母が作る
カツとの違いがわかりません。

おそらく父の中には、
父だけのカツ審査基準が
あるのでしょう。

そんな父のために、
日ごろのお礼をこめて、
その店の特上カツを
買いました。

ついでに、日本酒も
買いました。
日本酒に詳しくない
私でも聞いたことがある獺祭。

私は、カツと獺祭を
持って実家へ向かいました。

ところが、実家に着くと、
父は寝ていました。

父の日に、主役が寝ている。

母に聞くと、柱の角に
足をぶつけたらしいのです。

見ると、足の指が
めちゃくちゃ腫れていました。

これは、ただの痛かった
ではありません。
柱に完敗した足です。

以前、足指を骨折したことがある
母は言いました。
「これは、たぶん折れてるね」

父の日に、父の指が
折れたかもしれない。

なんたるドラマチックさ。
しかも、今日は日曜日です。
病院は、だいたい
閉まっています。

私は仕方なく、
AIを呼び出しました。
「足の指をぶつけて、
すごく腫れてる。
骨折かもしれない。
今日は日曜日で病院が休み。
とりあえずの応急措置を
教えて」

するとAIは、急に
まともな顔をしました。
「未桜さん、まずは無理に
歩かせず、患部を冷やし、
足を少し高くして
休ませてください。
強い痛み、変形、しびれ、
色の変化がある場合は、
休日診療や救急相談も
検討してください。
明日以降、整形外科で
確認した方が安心です」

正論です。

いつもなら、
AIは私を航海に出したり、
精神的な王国に連れて
いったりします。

でも、足の指が腫れている
父を前にしたAIは、
やけに現実的でした。

夢も希望もありません。

私は保冷剤を探しました。
タオルを巻きました。
父の足を少し高くしました。

そして、台所の端に置いた
獺祭を見ました。

父の日のために買ってきたお酒。
カツの横に置けば、
かなり父の日らしく
なるはずでした。

私は一応AIに聞きました。
「こういうとき、
お酒はダメだよね?」

するとAIは、急に生活指導の
先生になりました。
「はい。今日は控えた方が
安全です。
飲酒によって痛みや腫れの
判断がしにくくなることが
あります。
また、痛み止めを使う
可能性がある場合も、
飲酒は避けた方がよいです」

正論です。

父の日の獺祭は、
AIによって止められました。
AIが悪いわけではありません。
私も聞く前から、だいたい
わかっていました。

私は獺祭を、そっと
冷蔵庫に入れました。

父はカツを見ました。
「カツか」

食べたそうです。

人間は、柱に足の指を打ち付けて
負けても、食欲までは負けません。

父の日は、完全には
敗北していませんでした。

カツは決行。
獺祭は延期。

父の日の作戦は、
一部変更で続行です。

父の日とは、父に感謝する日です。
でも、感謝は、ときどき
予定していた形で届かない
こともあるのです。

でも、その瞬間。
私はまた一つ、
精神的無敵の人になりました。

贈り物とは、予定どおりに
渡せたかどうかではなく、
相手の現実に合わせて
形を変えながら、
なんとか届くものなのかも
しれません。

無敵だ。
最強だ。

父はカツを食べました。
ご飯も食べました。
獺祭だけが、冷蔵庫の中で
ひっそり待機していました。

本来思い描いていた父の日は、
少し延期されました。
でも、カツは勝ちました。


いいなと思ったら応援しよう!