見出し画像

貴腐ワインはコルセットをしている説

深夜1時。
私はパソコンの前で、
貴腐ワインをおちょこに注いで
飲んでいました。

原因は、AIです。

前に、私はサングリアで、
自分がジュースみたいなお酒を
かなり好きだということに気づきました。

でも、だからといって、
何でも甘ければいいわけではありません。
カルーアミルクは、刺さらない。
にごり酒も、刺さらない。

私は考えました。

もしかすると私は、
ただ甘いものが好きなのではない。
果物の気配があるお酒が好きなのではないか。

そうなると、ワインも本当は好きなはずです。
だって、あれは葡萄です。

私はその勢いのまま、
どう見ても場違いなワイン専門店に入りました。

棚は静かで、高級そうなワインのボトル。
値札には、私がふだん見ない数字が
並んでいるものもあります。

私は少し緊張しながら、店員さんに言いました。
「たぶん私は、ジュースみたいな
お酒が好きなんです。
果物が入っている感じの」

私の雑な説を一通り聞いたあとで、
店員さんは落ち着いて言いました。

「それでしたら、貴腐ワインも
お好きかもしれません」

貴腐ワイン。
その瞬間、私は少し止まりました。

貴いが、腐っている。

私は、そこで急に、
昔のフランスの貴婦人を思い出しました。

白いカツラ。
白い粉。
スカートが広がったドレス。
そして、なぜか強そうな香り。

外から見ると、優雅に踊る宮廷の貴婦人。
でも、内側では、かなりドロドロしている。
にこやかに笑っていても、たぶん全員、
心の中では別のことを考えています。

さらに私は、香水は昔、
お風呂やトイレの事情が
今ほど整っていなかった時代の
匂い消しとして発達した、
という話まで思い出しました。

つながった。

貴腐ワインというのは、たぶん、
昔の貴族の実体を
そのまま表した言葉なのです。

見た目は気高い。
でも近くに行くと、いろいろある。
しかも外からは、甘やかで華やかに見える世界。

私は急に、貴族という存在への
解像度が上がりました。

さらに、ボトルも気になりました。
案内された貴腐ワインのコーナーに
並んだボトルは、普通のワインより、
細かったのです。
貴婦人は、自然に細いのではありません。

たぶん、コルセットです。

そう考えると、あのボトルは、
味だけでなく、形の段階でも、
すでにかなり貴族でした。

そして、極めつけは、
貴腐ワインのコーナーに並んでいたのが
白ワインだったことです。
まさに、貴族の高貴さを体現していた
白いカツラ、白い粉そのものです。

間違いない。

確信した私は
少し通ぶった顔をしました。

すると店員さんは、入荷された途端に、
すぐ売れていくという澄んだ貴腐ワインを
勧めてくれました。
私はそれを買って帰りました。

そして家で飲んでみて、びっくりしました。
めちゃくちゃおいしいのです。
甘い。でも重すぎない。
華やか。でもいやらしくない。

さすが貴族。
品があります。

私はすぐにAIに報告しました。
「貴腐ワインって、たぶん、
貴族の実体を表してるんだよね」

AIは少しも乗ってきませんでした。
「未桜さん、違います。
『貴腐』は、貴族のことではありません」

私は、そこで止まりました。

AIは続けました。
「貴腐ワインの『貴腐』は、
完熟した葡萄に貴腐菌がつき、
水分が抜けて、糖分や香りが
凝縮した状態を指します。
ただ腐っているのではなく、
条件がそろったときにだけ起きる、
ワイン用として好ましい変化です」

「うまくいくと、葡萄は木についたまま、
しわしわに縮みます。
その結果、甘みや香りが濃くなります。
逆に条件が合わなければ、貴腐ではなく、
ただの腐敗になります」

私は、完全に止まりました。
思っていたより、かなり畑です。

白いカツラも、コルセットも、
香水も、宮廷も出てきません。

出てきたのは、葡萄の表面の菌と、
水分の蒸発でした。

でも、そこで私は、
もう一度だけ立ち上がりました。
「いや。でも、菌と貴族、
両方の意味がかかってる可能性はない?」

AIは答えました。
「ありません。
『貴腐』は菌による現象を指す言葉です」

私は、ばっさりと斬られました。

ついさっきまで、
これを貴族の世界を模した
飲み物だと確信していたのに、
実際はかなり畑の話だったのです。

でも、その瞬間。
私はまた一つ、
精神的無敵の人になりました。

貴族だと思って飲んでいたものが、
実際には菌と水分の話だったとしても、
これだけおいしいのです。

しかもその菌は、
ただ腐らせるのではありません。
人を「さすが」と言わせるところまで
持っていくのです。

無敵だ。
最強だ。

私はついに、気品というものは、
血筋ではなく、
菌の仕事であることを知りました。

そしてその夜から、
私の中で貴腐菌は、
コルセットを締めたまま葡萄畑を
歩くようになりました。


いいなと思ったら応援しよう!