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「たくさんの人に読んでほしいです」に感じる違和感|マーケティング視点でnoteを整える

「みんな、来てねー」
「たくさんの人に来てほしいです」
「たくさんの人に読んでほしいです」
「多くの人に知ってほしいです」

イベントの告知でも、noteでも、SNSでも、
こういう呼びかけを聞いたり、
文章で見たりすることがある。

一見、とても自然な言葉に見える。


でも、私は、こういう言葉を見るたびに、
いつも少し違和感を覚える。

私が考えすぎなのかもしれない。

書いている人は、そこまで深く、
考えていないのかもしれない、とは思う。

いっぱい来てくれたら嬉しい。
多くの人に届いたら嬉しい。

その気持ちが、
そのまま言葉に出ているだけなんだろう。


ただ、
いっぱいとか、たくさんとかいう言葉の裏に、
この人は、誰に来てほしいのだろう?
この文章は、誰に向けて書かれているのだろう?
誰でもいいのかな?

そんな、無意識の部分が見えてしまう。


マーケティングの視点から見ても、
この言葉は少し危うい。


私は、
大学でマーケティングを学んでいる。

そこで、大事になってくるのが、
「誰に届けるのか」ということ。

誰に向けた商品なのか。
誰に向けたサービスなのか。
どんな悩みを持つ人に届けたいのか。

そこが曖昧なままでは、
言葉も、企画も、伝え方もぼやけてしまう。


「たくさんの人」は、ターゲットではない。
ここが、とても大事だと思う。


これは、Webサイト制作やデザインの仕事でも同じ。
万人に受けるデザインなどない。

誰に見てもらうのか。
見た人に、どう感じてほしいのか。

そこを考えずに作ると、
見た目は整っていても、
届かないデザインになる。


noteを書くときも同じ。

たくさんの人に、
共感してもらえる記事を書くのではない。

誰に向けて、書くのか、
その人に、何を得てもらうのか、
それを考えて書いている。


だから、
「たくさんの人に来てほしい」という言葉が気になる。

特に、人数制限があるイベントや、抽選制の企画で、
「たくさんの人に来てほしい」
と書かれていると、余計に引っかかる。

いや、たくさん来られないじゃないか。

そう思ってしまう。


もちろん、実際には、
たくさんの人に来てほしいこともある。

たくさん読まれた方がいい。
多くの人に知ってもらった方がいい。
応募数が多い方がいい。

仕事としてなら、
それは当然のこと。


でも、その都合をそのまま、
読む人の目に入れるというのはナンセンス。


来てほしい。
読んでほしい。
知ってほしい。

それは発信する側の都合だからだ。


受け取る側が知りたいのは、
発信者がどれだけ集めたいかではない。

自分に関係があるのか。
自分が行く意味があるのか。
自分が読む理由があるのか。

それだけ。


だから、
たくさんの人に読んでほしいです、
では、誰にも届かない。


あえて書くなら、
あなたに、読んでほしい。




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