患者よりも先に「職員」から選ばれる病院へ。2030年の組織マネジメント ―日本医療マネジメント学会レポート①
先日、日本医療マネジメント学会学術総会にて、ミライバとして4回目となるランチョンセミナーに登壇してまいりました。
テーマは、「2030年、組織マネジメントとは何を意味するのか? ~社会関係資本を育て、日常の姿が変わる『組織開発』の実践~」。
ありがたいことに、用意されていた240名の座席は予約開始から数日で完売となり、当日は会場の後方や通路にまで立ち見の方が並ぶほどの熱気に包まれました。
何より私が驚いたのは、参加された方々の姿勢です。
学会のランチョンセミナーといえば、お弁当を食べ終えた中盤あたりで、次の予定のためにパラパラと席を立つ方がいらっしゃるのがよく見る光景です。
しかし今回は、途中で離席される方がほぼいなく、ほとんどの方が最後までスクリーンを見つめ、熱心にメモを取られていました。
なぜ、例年の学会とは違う、これほどの張り詰めた空気が漂っていたのか。
それは、現在の医療業界を覆うこれからの時代、患者さんよりも先に、まずは『職員』から選ばれる組織にならなければ生き残れないという切実な危機感と、その解決策への強い渇望があったからと考えています。
当日、私が会場でお話しした組織マネジメントの本質について、エッセンスを少しだけシェアしたいと思います。
現場を挟み撃ちにする「2つの重圧」と、3つの末路
今、病院経営は歴史上類を見ない「現在」と「未来」からの激しい挟み撃ちに晒されています。
1つ目は、眼前に迫る「現在の重圧」です。
今年の春闘で、民間企業は「5.25%」という歴史的な賃上げを実現しました。一方で、診療報酬という公定価格に縛られた病院は、いくら国からの支援があっても民間に追随するような賃上げは極めて困難です。
物価高や光熱費の高騰も直撃しており、例えば給食部門などは「食事を出せば出すほど赤字が膨らむ」という構造的赤字に直面しています。
これまでの「仕事はハードだが一般企業より給与が良い」という医療職の前提は崩れつつあります。もはや「給与や休日」といった条件面だけで人材を引き止めることは、不可能な時代へと突入したといえるでしょう。
この「条件面の敗北」を直視せず、これまで通りの管理や気合のマネジメントを続ければどうなるか。そこに待っているのは、3つの「末路」です。
経営の末路: 離職の連鎖で多額の紹介手数料が流出するだけでなく、深刻な人材不足により「病床稼働の維持」すら困難に陥ります。高まり続けるコストを吸収しようと、現場に無理な生産性向上を強いていますがそれもすでに限界を迎えており、病院の屋台骨である「純利益」が容赦なく破壊されていきます。
組織の末路: 慢性的な人手不足と無理な生産性向上のシワ寄せにより、残されたスタッフに過度な負担がのしかかります。職場から対話の余裕が消え去り、ギスギスした不満と不信の空気が蔓延します。
人材の末路: 極限のストレス下で心をすり減らした職員はバーンアウト(燃え尽き)し、患者さんへの「ケアの温もり」を失ったまま、ただの作業者になって現場を去っていくことになります。役職者につきたいと思う人も減るばかりです。これにより人材紹介会社にまた莫大なコストをかけ続けることになります。
そして2つ目は、加速度的に押し寄せる「未来からの重圧」です。
AIの進化により、情報分析や正確な診断といった「知的労働(Cure)」は数年以内に代替され、コモディティ化すると言われています。
その時代、人間に残される価値は、患者さんの不安を受け止め、人生観に伴走する「人間的な温もりの質(Care)」です。
しかし、業務が純度の高い「感情労働」に濃縮されるほど、現場の精神的負荷は絶大なものになります。
先ほどの3つの末路を迎え、互いを支え合う温かいチーム関係を失った組織に、この感情労働の重圧に耐える力は残されていません。スタッフは確実に潰れてしまいます。
この二大重圧に耐え抜き、破滅的な末路を回避するためには、表面的な経営テクニックではなく、組織としての強靭な土台(社会関係資本)を構築しなければならないのです。
データが突きつける「経営の思い込み」と現場の「本音」
「組織の土台が重要なのはわかっている。だからうちの病院でも、目標管理や1on1、精緻な評価制度を入れている。それでも現場は白けている。なぜなんだ?」
そう悩まれる経営層やリーダーの参加者の方々に、全国の病院職員を対象とした独自の階層別意識調査データをご覧いただきました。そこには、ハッとするような事実が示されていました。
経営側が良かれと思って整備しようとする「精緻な人事評価結果」や「業務マニュアルの完備」は、実は職員の定着や意欲向上にあまり大きな影響を与えていませんでした。
一方で、現場の職員が真に求め、離職を食い止める要素の上位に挙がったのは次のようなものでした。
・法人が自分たちを大切にしているという実感
・部署内での気兼ねない助け合いや、協力的な関係性
・上司や先輩からの日常的な承認
これこそが、「社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)」の正体です。
信頼関係、お互い様の精神、縦横の繋がりといった目に見えない資産こそが、職員のモチベーションや生産性を左右する根幹なのです。
では、なぜそれがわかっていながら、組織は一向に変わらないのか。
その答えは「氷山モデル」にあります。

私たちが普段いじっている評価システムや目標管理は、水面上の表面的なシステムに過ぎません。
しかし水面下には、不信感、誰にも相談できない孤立感、慢性的な疲労からくる不機嫌といった深層の負の空気が渦巻いていることがあります。
この水面下の土壌が整っていない状態では、どれほど立派な制度を導入しても、現場にとっては「ただの新しい重荷」として受け取られてしまうのです。
「空気作り」から逃げない覚悟
講演後、回収されたアンケートからは、現場で闘う多くの方々のリアルな葛藤と気づきが綴られていました。
「良かれと思って制度ばかりを導入してきましたが、それが逆に現場を苦しめていたことに気づかされました」
「これまで『給料が上げられないから人が辞めるのは仕方ない』と言い訳をしていましたが、考えを改める必要があると感じました」
「現場の士気が低迷し、未来に希望が持てない状況を変えるヒントをもらいました」
多くの方が、職場の『空気作り(土台作り)』から変えていかなければ、これからのどんな経営改革も行動が伴わないというメッセージを、深く受け止めてくださっていました。
経営会議では数字や効率が語られがちです。しかし、不信感や孤立感といった負の空気を放置したままでは、新しい戦略は前に進みません。
まずは経営陣自らが本音で語り合い、組織を温める「火種」になること。
最後まで誰も席を立とうとしなかったあの会場の熱気は、リーダーの皆様がその「痛みを伴う本質的な課題」から逃げずに向き合おうとされている証だったと感じています。
おわりに:選ばれる「順番」が変わる時代へ
今回の学会を通じ、私自身も多くの学びと勇気をいただきました。
これからの時代、病院のあり方は大きく変わっていきます。これまでの病院経営の目的は「患者様や地域から選ばれること」でした。しかし、私はその順番が逆転していくと考えています。
「患者様から選ばれる」前に、まずは「職員(仲間)から選ばれる病院」になること。
二大重圧に耐えうる強固な土台を築き、社会関係資本を豊かに育て、明日からの日常のコミュニケーションを変えていく。
職員が大切にされていると感じられず、関係性が破綻している組織のままでは、地域を守り、質の高い医療を提供し続けることは困難です。
条件闘争から脱却し、「働く意味と仲間の絆」で選ばれる組織へ。
私たちミライバも、新しい時代の医療のあり方を、現場の皆様と共に少しずつ形にしていけたらと願っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
