アラフォー、エンディングノートを書いて海外に飛ぶ
遠い昔のこと、ヒトの寿命は本来38歳くらいだったそうだ。チンパンジーとだいたい一緒くらいと言われると納得が行く。
それを知ったのは40歳手前くらいだった。あ、私、本来の寿命分は生きたんだ。であればこれからはもうボーナスタイムじゃん!と思った。
今がもはや人生のボーナスタイムだと割り切ると、1年間、会社を休んでみることもできる。
そして、世界一周旅行に行くことにした。
休みを取る時、周囲の人に「1年も何するんですか?世界一周とか?」と言われ「まさか~旅行はしたいけどね」などと答えていたのだが、休み始めて2か月ほどたった時に、さすがに時間が有り余ることに気づき、気まぐれに調べたところ、世界一周航空券なる大変お得な航空券を見つけた。
見つけたというか、『世界一周』で検索すると最上位に出てきた。旅行は割と好きなほうだし、海外にも(多くはないけど)何度か行ったことがあるのに、知らなかった。
私の周囲でも世界一周航空券の存在を知っている人はおらず、みんな驚いていた。そうだよね、大人になると忙しいし、世界一周なんてリアルには考えないよね。
元々、この休暇の間に父の故郷であるブラジルには行こうと思っていた。せっかくならリオのカーニバルを見たい。カーニバルのある2月のブラジルを軸に、地球東回りの旅行を計画した。
旅慣れている訳ではないし、自分探しの旅でもバックパック旅行でもないので、長すぎても持て余すだろう。2か月が丁度よさそうだ。
今まで行ったことのない国・場所を選ぶ。不慣れかつ面倒くさがりなので、HISの人に有料相談をしながら旅程を組む。
私が行きたい国や地域は世界一周航空券でカバーしていないことが多く、結局プラスアルファの航空券代がかなり嵩んだ。
また円安で何もかも高い。特にカーニバル時期のブラジルとヨーロッパは驚くほど高い。予算は上限250万円とした。これが高いか安いかはわからないが、ボーナスタイムなので惜しまず使う所存だ。
諸々準備しながら、この旅行中、不慮の事故や事件などで死ぬかもしれない、と思った。
もちろん日常を生きていても死の可能性はあるわけだし、そもそも私はヒトの本来の寿命を既に超えている。この機会にエンディングノートを書くことにした。
実物を手に取って見たかったので、本屋に足を運んだ。
正月の本屋では、この1年を生きるためのカレンダーや日記やシステム手帳が売り場の多くを占めている。死ぬ時のためのノートはなかなか見つからず店員に尋ねた。大きな本屋だったが数冊しかなかった。そんなものか。
私が買ったエンディングノートは行政書士が監修したもので、(帯によると)分かりやすく大人気だそうだ。
内容としてはざっとこんな感じ。
・これまでの生い立ちや特技など、履歴書的な内容
・健康状態や治療履歴など
・キーパーソン、キーパーソンではないが連絡してほしい人の連絡先
・大事な人へのメッセージ
・資産状況、遺言に関すること
・いわゆるサブスクの状況(インフラ含む)
・デジタルデータ・SNSの取り扱いの希望
・認知症になった場合の5W1H、希望
・治療方針、臓器提供、葬儀、お墓の希望
・各種サービスのID・パスワード(スクラッチシールで隠せる優れもの)
事実ベースの記載に加え、意思確認をされる箇所も多い。
自分の人生と、死に対する(あるいは生に対する)向き合い方や価値観が如実に出てくる。
例えば、自分が死んだときに連絡してほしい人リスト。
家族や会社と繋がりがある人は、家族や会社の人間により適切な範囲に伝わるだろう。ただ、そのコミュニティを除くと、私が死んだことを伝えてほしいと思う人が極端に少ない。
また、その極少の人たちともLINEでしか繋がっていない。友だちのIDは調べられないので、こちらから連絡するには私のLINEアカウントにログインしてメッセージを送る必要があるのだ。電話、メール、ハガキも出せない。なんと細い繋がりだろう。
その極少の人たち(これから先の人生があったとして『若い時から付き合いがある』人)は本当に大切で有難い存在だと再認識する。
資産の部。
私はかなり身軽な生き方をしている。借金もローンも不動産も貴重品もなく、保険は最小限の掛け捨てだけ。故にこの箇所はほぼ白紙だ。
この箇所の記載欄が全然足りないという人も多いだろう。しっかり生きている。それに比べて私はスカスカだと思う。ここに書けることを増やそうとは思わないが、身軽すぎる自分を、心のどこかで物足りないとも感じる。
現実的な問題でいくと、諸々サービスのID・パスワードには苦労した。
メール認証、顔認証、パスワードマネジャーなどで管理されているのでもはや分からない。いちいち書き出すことは不可能。普段使っているラップトップを家に置いていくので、そのPCにログインしてくれ、という解決方法にした。LINEもPC版をインストールしておいた。
でもこれ、ほんと急に亡くなったり、意思疎通ができなくなったらどうするんだろう。そこまでは調べていないが、死亡届が出されたとして何がどこまで対応されるか分からない。残された側は悲しみの中でこういう事務手続きをしなければならないのか…
最後まで悩んだのは大事な人へのメッセージ。そんなの大げさだし、気恥ずかしい。でも言わなかったら後悔するのだろうか。
かなり葛藤した結果、『死んだ時に連絡してほしい人へのLINE文面のひな形』にした。ある程度の配慮を含めた、極めて事務的な文章になった。
エンディングノートは、ペンではなく、鉛筆で書いた。
ペンだと、自分の人生の跡がこれで確定してしまうような気がして何だか嫌だった。
定期的にアップデートしていくものだとは思っているが、この内容はあくまで一時的なものである、万一死んでも仕方ない、そこまで大したことじゃない、という感じを強調するために、適当に鉛筆で走り書きで書いた。
大事な人へのメッセージ然り、ペンで書けないという甘え(?)然り、私はエンディングノートを書きながらも、死ぬかもしれないという覚悟がまだまだ足りないようだ。
率直な気持ちで、記載内容に満足し、丁寧なペン字で書けるようになれるのだろうか。そのためには、ボーナスタイムをもう少ししっかりと生きる必要があるのかもしれない。
となるともはやそれはボーナスタイムではなく本編だ。確かに私は日本人女性の寿命(現時点で87歳)の折り返し地点に届くかどうかのところ。
今、トロントの空港ラウンジでこれを書いている。これから乗り継いでペルーに行く。無事に帰ってきて、改めてエンディングノートをアップデートすることを目標にしよう。
このnoteで私の生存確認をする人はいないと思うが、せっかくここまで読んでくれた方、ぜひエンディングノートを書いてみてください。おすすめします。
