サハラ砂漠(モロッコ)の雑記|海外ひとり旅
子どもの頃、母が歌う ♪月の砂漠をはるばると 旅のらくだがゆきました♪ という歌が好きだった。私の名前の漢字には砂の意もあり、砂漠には昔からロマンを感じ、行ってみたいと思っていた。
これまた子どもの時、鳥取砂丘で転げ落ちて顔と口の中が砂まみれになった懐かしい思い出もあるが、今回は本物の砂漠の話。
リスボンからカサブランカに到着後、GetYourGuideで2泊3日/900モロッコ・ディルハム(≒15300円)の英語ツアーを予約した。
定番のコースで、マラケシュからアトラス山脈を通り、世界遺産のアイット=ベン=ハドゥの集落を見学。トドラ渓谷も見学しながらモロッコの南東、隣国のアルジェリアにほど近いメルズーガ砂漠へ向かうものだ。
途中、先住民のベルベル人にモロッコ絨毯のレクチャーを受けたり、アルガンオイルやデーツの土産屋に寄ったりして、マラケシュからメルズーガまで11時間ほどかけてバスで移動する。1泊2日のツアーもあるようだが、移動に終始するため2泊3日が人気だそうだ。
個人的に、行動が拘束されるツアーは苦手だが、砂漠ばかりは仕方がない。また英語のヒアリングも苦手だが、日本語ガイドは値段が跳ね上がるのでこれまた仕方がない。期待と少しの緊張で当日を迎えた。
朝7時に宿泊先のアパート前にツアーバスが到着した。私が最初の乗客で、マラケシュ各所であと16人をピックする。
ツアー参加者は私以外に、イタリア人、ドイツ人、ポーランド人、インド人が居た。インド人家族はまとまっており、他の皆はドイツ語やイタリア語で話しており、私は若干孤立気味でドキドキ。ただ、イタリア人の旦那さんと席が隣になったことから何かと話すようになった。彼は英語が話せないので奥さんが通訳してくれて、お互いの国のことを話す内にドイツ人たちとも話すようになった。ポーリッシュ夫婦はずっと二人で行動していたが、クラクフに行ったことなど話してみるととてもフレンドリーで、奥さんが日本に興味があり色々と聞かれた。
なんだか、ヨーロッパの三民族(ラテン、ゲルマン、スラブ)の典型的な特徴が彼らの言動に出ていたのが面白かった。
ラテン人はいつも遅れるし、ゲルマン人は細かいことに気づくし、スラブ人はいつも静かだった。
インド人は2家族6人だったが、親たちは現地語とインド英語で話し、子供2人はアメリカ英語だった。どういう環境なんだろうか。

アイット=ベン=ハドゥの集落
交易地として栄えた場所にあり、11世紀にモロッコ先住民のベルベル人統治者、ベン=ハドゥが作った要塞と住居のある集落だ。外敵から守るため、城門は一つだけで集落の構造は複雑だ。頂上は食糧庫の跡がある。現在も数家族住んでいるそうだが、ほとんどの人は、小さな川を隔てた新集落に移り住んでいる。
またここは『ゲームオブスローンズ』や『グラディエーター』、『アラビアのロレンス』などのロケ地で有名だ。撮影のために造られた町並みや丘もあり、どこが本物でどこがフェイクか分からないほど馴染んでいる。
ここにいると時代も地域も分からない不思議な感覚になる。これまで旅行した海外の中で最も異国情緒を感じた場所かもしれない。




トドラ渓谷
アトラス山脈を流れるトドラ川が石灰岩の台地を侵食して出来た峡谷。
断崖の高さは最高400mに及ぶとのこと、どれだけの時間をかけてそんなにも削ったのか…と気が遠くなるような高さで、非常に見ごたえのある景観だった。クライミングの聖地でもあり、ウソみたいな角度の断崖絶壁を登るクライマーも見ものだ。
モロッコは結構温暖な国で、緯度としては沖縄から九州くらいの場所だが、マラケシュも近いアトラス山脈のあたりは1mくらい雪が積もるらしく、訪れた3月下旬でも頂上に雪を抱いていた。
アフリカの自然のダイナミックさを感じ、ぜひとも訪れるべき場所だと思った。



サハラ砂漠(メルズーガ)
メルズーガには2日目の夕方に到着した。年季の入った三菱の軽トラに乗り込み砂漠へ向け走る。途中に家があり、砂漠で暮らす人がいることに驚く。
私たちが乗る5頭のラクダは繋がれて大人しく座っていた。イタリアン夫婦とポーリッシュ夫婦の間に私が乗り、掛け声とともにラクダがぐいっと起き上がる。初めてのラクダ体験!
鞍はしっかりしているが思ったより高さがあり、落ちないようポールを握りしめる。結構揺れるのと、斜面を上り下りするときにかなり傾くので、乗っているだけでインナーマッスルが鍛えられる(イタリアン夫は腰と背中を痛め、帰りは歩いていた)。
ラクダは規則正しく歩みを進め、視界から木や草などの緑色が徐々に消えて、一面にオレンジ色の砂が拡がってきた。いよいよ砂漠本番だ。30分ほど進み、夕日を見るベストポジションで降ろされる。私を乗せてくれたラクダを撫でてやると大人しく長い睫毛を閉じた。とても可愛い。



日没まで45分くらいの時間を過ごす。
サハラ砂漠の砂は粒子が細かく非常にサラサラしており、体中砂まみれになっても全然嫌な感じがしない。裸足で歩くとひんやりして気持ちが良い。 寝転がって、流れる雲と刻々と変わる空の色を眺めたり、砂漠の稜線をぼんやりと見たり、どこからか這って来た虫の小さな足跡を追いかけたりして夕暮れの砂漠を味わう。
いよいよ日没の瞬間が来た。向こうにラクダが繋がれて座っており、逆光が絵になる。思う存分写真と動画を取り、でもやはり肉眼に勝るものはなく、じっくりと目に焼き付けた。



夜はロッジのような部屋に泊った。水はほとんど出なかったがシャワー付きで、天蓋ベッドの広い部屋だ。
また食後、キャンプファイヤーとベルベル人によるコンサートがあった。
他のツアー客も含めて50人くらいだろうか、結構な数の観光客が焚火を囲み、打楽器の複雑でテンポの良いリズムと歌を楽しんだ。
途中から(ヨーロッパ圏の)皆が知っている歌を歌いだし、その流れでダンスタイムになった。ノリの良いイタリアンたちが先陣を切って踊りだし、つられて他の皆も自由に踊る。私が腰砕けの盆踊りもどきを踊る傍ら、ポーリッシュ夫婦が軽やかな社交ダンスを披露しておりとても素敵だった。
その日、月は見えなかったが澄んだ空気に星が輝いていた。夜の砂漠でラクダが列をなして休んでいる光景を想像しながら寝た。

翌朝、日の出を見るため早起きしてロッジを出る。
現地スタッフが居たので日の出の時間を聞くと、6時20分と丁度良いタイミングだ。よく見える方向を教えてもらい、静かな朝の砂漠を15分ほど歩く。小高い丘に上がって座り、その時を待った。
地平線には少し雲があり、最初は雲の向こうから光が差し込み、徐々に太陽が顔を出してきた。
今回の旅行では様々な国と場所で夕日を見たが、日の出は初めてだ。果てしなく広い空をすぐに明るくする太陽のパワーを改めて感じる。昔の人が太陽神を崇めたのは自然なことだ、こんなに偉大な力が他にあるだろうか?
サハラ砂漠に来て、自然に対する感受性が少し高まった気がした。
日常に戻ればこの感覚は薄れていくのだろうけど、たまには思い出したいものだ。

朝食を食べたらすぐにマラケシュまでの帰路につき、夕方、2泊3日を共にしたみんなとお別れした。
ドライバーのヨセフは人懐っこくて気の良いニキだった(アラビアなまりの強い英語が聞き取れず、ちょっと迷惑を掛けてしまったが)。
ツアー客はみな旅好きの共通点があり、楽しい人ばかりだった。
また特別な経験の共有が出来るのも嬉しかった。一人旅は、どんなに素敵な経験をしても、その時にはあくまで一人でかみしめるのみだから。
団体ツアーは苦手意識があったが、こういうひと時の出会いもまた、旅の醍醐味だなと知った経験だった。
