見出し画像

料理の向こう側 CASE 6


♦️前書き


休みの日だった。

家にいてもよかったけど、
そのまま1日が終わるのもなんとなく落ち着かなくて、
2人で買い物に行くことになった。

冷蔵庫を一度見て、
足りないものを思い出して、
上着を着て外に出る。

いつも通りのことだ。



♦️第1章|お米高くなったよね



玄関を出た瞬間、
冬の空気が思ったより冷たかった。

Mirim
「……ねぇ」

Keigo
「ん?」

Mirim
「お米、もう無かったよね」

Keigo
「無いな」

Mirim
「昨日さ、米びつ見て、
 もう空っぽじゃん!って思った」

Keigo
「あるあるだな。
 最後まで誰も言わないやつ」

歩きながら、足音が並ぶ。
住宅街は静かで、人も少ない。

Mirim
「そういえば最近さ、
 お米、高くなってない?」

Keigo
「なってるな」

Mirim
「いきなりドン、じゃなくてさ。
 気づいたら、ちょっとずつ上がってる感じ」

Keigo
「一番気づきにくいやつだな」

Mirim
「不作?」

Keigo
「それもあるけど、
 原因はもっと前からだ」

Mirim
「前?」

Keigo
「長いこと、
 “作りすぎない”方向でやってきただろ」

Mirim
「あー……減反?」

Keigo
「そう。
 名前は変わったけど、
 田んぼを増やさない考え方自体は残ってる」

Mirim
「でも今さら、
 増やそうって言われても?」

Keigo
「すぐには無理だな。
 田んぼも、人も、一回減らしてるから」

Mirim
「作る人も減ってるしね」

Keigo
「そう。
 だから量がちょっと足りなくなると、
 値段に出やすい」

少し歩く。

Mirim
「でもさ、
 食べる側は減ってないよね」

Keigo
「むしろ、
 “ちゃんとした米”を求める人は増えてる」

Mirim
「美味しいの知っちゃったから?」

Keigo
「それ。
 一度いい米を知ると、
 戻れなくなる」

Mirim
「わかる」

一拍置いて。

Mirim
「それにさ、
 最近の米って、
 失敗しにくくない?」

Keigo
「そこが今の米のすごいところだな」

Mirim
「どれ買っても、
 普通に炊けるもん」

Keigo
「品種改良も、精米も、流通も、
 炊飯器も全部、
 家庭で失敗しない前提で揃ってる」

Mirim
「だから、
 米ごとのクセを気にしなくていい」

Keigo
「その分、
 余裕が少ない」

Mirim
「余裕?」

Keigo
「ちょっと条件が崩れると、
 すぐ表に出るって意味だ」

風が吹いて、
コートの裾が少し揺れた。

Mirim
「……米ってさ」

Keigo
「ん?」

Mirim
「ずっと普通にあったから、
 考えたことなかっただけかもね」

Keigo
「そういうものだよな」

歩きながら、
2人とも、特に急ぐわけでもなく、
同じ方向を見ていた。


♦️第2章|なんでこんなに種類あるんだっけ



歩きながら、Keigoくんがふっと言った。

Keigo
「そういえばさ。
 昔って、米こんなに種類あったっけ」

Mirim
「無かったよね」

Mirim
「コシヒカリか、
 ササニシキか、みたいな感じじゃなかった?」

Keigo
「あったな、その派閥」

Mirim
「家によって、
 “うちはササニシキ”とかさ」

Keigo
「炊き上がりがどうとか、
 粘りがどうとか、
 なんとなく分かれてたな」

少し歩く。

Mirim
「でも今さ、
 派閥できないよね」

Keigo
「できないな。
 多すぎる」

Mirim
「北海道もあるし、
 山形もあるし、
 新潟だけじゃなくなった」

Keigo
「昔は産地=限られてたからな。
 今は全国で“勝負できる米”が作られてる」

Mirim
「不思議だよね。
 米どころって、決まってたはずなのに」

Keigo
「決まってたのは、
 “作れた場所”だな」

Mirim
「作れた?」

Keigo
「気候とか、水とか。
 昔は条件が厳しかった」

Keigo
「でも品種改良で、
 “その土地に合う米”を作れるようになった」

Mirim
「だから北海道でも?」

Keigo
「そう。
 寒さに強いとか、
 成熟が早いとか、
 条件を一つずつ合わせていった」

Mirim
「味も?」

Keigo
「もちろん。
 ただ作れるだけじゃ売れないからな」

Mirim
「なるほど。
 全国で“うちのエース”が生まれた感じだ」

Keigo
「そういうこと」

少し間が空く。

Mirim
「でもさ。
 こんなに種類あったら、
 もう“これ一択”って言えないよね」

Keigo
「言えない。
 だから今は、
 好みより“安心”で選ばれる」

Mirim
「炊いて失敗しないやつ?」

Keigo
「それ。
 クセが少なくて、
 誰が炊いてもそれなりになる」

Mirim
「派閥が消えた理由、
 それかもね」

Keigo
「米が平均点を取りに行く時代だな」

Mirim
「でもさ、
 平均点が高すぎない?」

Keigo
「そこが今の日本の怖いところだ」

歩きながら、
2人とも、なんとなく同じ方向を見ていた。


♦️第3章|無洗米って、なんなんだろ



少し歩いたところで、
わたしは思い出したように言ったの。

Mirim
「そういえばさ」

Keigo
「ん?」

Mirim
無洗米って、
 結局なんなの?」

Keigo
「急にきたな」

Mirim
「だってさ。
 今、普通に並んでるじゃん」

Keigo
「並んでるな。
 しかも当たり前みたいな顔して」

Mirim
「昔はさ、
 “無洗米は手抜き”みたいな空気、
 ちょっとなかった?」

Keigo
「あったな」

Keigo
「楽したい人向け、みたいな」

Mirim
「でも今、
 普通に選択肢だよね」

Keigo
「理由がある」

少し歩きながら、Keigoくんが続ける。

Keigo
「無洗米は、
 “洗わなくていい米”じゃない」

Mirim
「え?」

Keigo
「正確には、
 “洗う必要がない状態まで
  最初から仕上げてある米
”だ」

Mirim
「仕上げてある?」

Keigo
「普通の精米だと、
 表面にぬかが少し残る」

Mirim
「だから洗うんだよね」

Keigo
「そう。
 無洗米は、そのぬかを
 工場側で取り切ってる」

Mirim
「……つまり」

Keigo
「洗う工程を、
 家庭から工場に移しただけだ」

Mirim
「それ、
 めちゃくちゃ日本っぽくない?」

Keigo
「日本の技術だな」

Mirim
「でもさ、
 ぬか取るなら、
 米、削れない?」

Keigo
「削れる」

Mirim
「即デメリット来た」

Keigo
「だから昔の無洗米は、
 味が落ちるって言われてた」

Mirim
「やっぱり」

Keigo
「でも今は違う。
 削りすぎない方法が確立された」

Mirim
「どうやって?」

Keigo
「摩擦を抑えて、
 ぬかだけを落とす。
 水を使う方法もある」

Mirim
「……そこまでやってるんだ」

Keigo
「やってる。
 家庭での失敗を減らすためにな」

Mirim
「失敗?」

Keigo
「洗いすぎ。
 水加減ミス。
 冬場の冷水での吸水ムラ」

Mirim
「あー……」

Keigo
「無洗米は、
 そこを全部まとめて潰してる」

Mirim
「でもさ、
 完璧ってわけじゃないでしょ?」

Keigo
「もちろん」

Keigo
「水加減は少し変わるし、
 品種によっては香りが立ちにくい」

Mirim
「万能じゃないんだ」

Keigo
「万能だったら、
 普通米が消えてる」

Mirim
「たしかに」

少し間が空く。

Mirim
「でもさ。
 “無洗米”が普通に選ばれるって、
 すごいことだよね」

Keigo
「家庭の前提が変わったってことだ」

Mirim
「手間を減らした、じゃなくて?」

Keigo
「人による差を減らした、だな」

Mirim
「……あ」

Keigo
「誰が炊いても、
 だいたい同じになる」

Mirim
「それ、
 米に求められてる役割だね」

Keigo
「そういう時代だ」

歩きながら、
2人とも少しだけ黙った。

無洗米、という言葉が、
前より軽くなった気がした。


♦️第4章|炊飯器が全部カバーしてる



少し歩いて、信号のない交差点を渡る。

Mirim
「そう考えるとさ」

Keigo
「ん?」

Mirim
「今のご飯って、
 炊飯器ありきだよね」

Keigo
「完全にそうだな」

Mirim
「昔はさ、
 炊き方の話、もっとしてなかった?」

Keigo
「あったな。
 水多めとか、少なめとか」

Mirim
「火加減とか、
 蒸らしがどうとか」

Keigo
「今は、ほぼしない」

Mirim
「ボタン押して終わり」

Keigo
「しかも失敗しない」

Mirim
「……すごくない?」

Keigo
「異常なくらいだな」

Mirim
「炊飯器って、
 どれくらい新しいの出てるんだろ」

Keigo
「毎年、各メーカー出してる。
 下手すると年に何機種も」

Mirim
「そんなに?」

Keigo
「安いのは1万円切る。
 高いのは10万超える」

Mirim
「10万……お米炊くだけなのに」

Keigo
「米炊くだけ、じゃないからな」

Mirim
「どういう意味?」

Keigo
「吸水、加熱、蒸らし、
 全部自動で調整してる」

Keigo
「米の状態見て、
 水の入り方も変えてる」

Mirim
「そこまで?」

Keigo
「そこまでやらないと、
 今の米には追いつかない」

Mirim
「追いつかない?」

Keigo
「品種が多い。
 無洗米もある。
 水も家庭ごとに違う」

Mirim
「たしかに」

Keigo
「それを全部まとめて、
 “普通に炊ける”ようにしてる」

Mirim
「炊飯器が?」

Keigo
「そう。炊飯器が」

少し間が空く。

Mirim
「じゃあさ。
 昔の人が今の炊飯器使ったら、
 びっくりするよね」

Keigo
「間違いなくな」

Mirim
「米が美味しくなったのか、
 炊飯器が美味くしたのか、
 分かんなくなりそう」

Keigo
「両方だな」

Keigo
「米が揃ってきて、
 炊飯器が差を埋めてる」

Mirim
「家庭側で考えなくていいように?」

Keigo
「そう。
 考えなくていい前提になった」

Mirim
「……それってさ」

Keigo
「ん?」

Mirim
「楽になったってこと?」

Keigo
「楽にもなったし、
 依存もしてる」

Mirim
「依存?」

Keigo
「炊飯器が壊れたら、
 急に不安になるだろ」

Mirim
「……なる」

Keigo
「それくらい、
 全部炊飯器任せだ」

歩きながら、
2人とも少しだけ黙った。

Mirim
「でもさ。
 それが悪いって話じゃないよね」

Keigo
「違うな」

Keigo
「日本は、
 失敗しないところまで
 本気でやっただけだ」

Mirim
「ご飯に対して?」

Keigo
「そう。ご飯に対して」



♦️第5章|粒を揃えるという執念



少し歩いて、信号の手前。

Mirim
「さっきさ。
 “今の米は失敗しにくい”って言ってたじゃん」

Keigo
「ああ」

Mirim
「それってさ、
 品種の時点でもう始まってるってこと?」

Keigo
「始まってるどころか、
 かなり前からだな」

Mirim
「前?」

Keigo
「昔の話だけどな。
 美味しんぼでやってた話がある」

Mirim
「もしかして、海原雄山?」

Keigo
「そう。
 あの人が言ってた“米を美味しく炊く奥義”」

Mirim
「また極端なやつでしょ」

Keigo
「極端だけど、理屈は正しい」

Keigo
「米を炊く前に、
 粒を揃えろって話だ」

Mirim
「……揃える?」

Keigo
「割れてる米。
 小さい米。
 形が違う米を弾く。」

Mirim
「そこまでやる?」

Keigo
「理由は単純だ」

Keigo
「米は粒ごとに、
 水を吸う速さが違う」

Mirim
「……あ」

Keigo
「小さい粒は早く吸う。
 大きい粒は遅い」

Keigo
「混ざったまま炊くと、
 早く吸った米は柔らかくなりすぎて、
 遅い米は芯が残る」

Mirim
「同じ釜なのに?」

Keigo
「同じ釜だからだ」

Mirim
「だから、
 炊きムラが出るんだ」

Keigo
「そう。
 だから海原雄山は、
 “粒を揃えてから炊け”って言った」

Mirim
「……それ普通の人、やらないよね」

Keigo
「やらない。
美食倶楽部だけだ」

Mirim
「だよね」

少し間が空く。

Keigo
「でもな」

Keigo
「今の米は、それを最初からやってる」

Mirim
「え?」

Keigo
「品種の段階で、粒が揃うように作ってる」

Mirim
「……最初から?」

Keigo
「そう。
 粒の大きさ。
 形。
 吸水の揃い方」

Keigo
「家庭で弾かなくていいように、
 農業と品種改良で先に潰してる」

Mirim
「美食倶楽部の料理人の仕事を、
 田んぼでやってる感じだね」

Keigo
「まさにそれ」

Mirim
「だから、
 普通に炊いても、それなりになるんだ」

Keigo
「それなり、じゃない。
 かなり高いレベルでな」

Mirim
「……異常だね」

Keigo
「農作物としては、正直おかしい」

Mirim
「具体的には?」

Keigo
「たとえば、つや姫

Mirim
「山形だっけ」

Keigo
「そう。
 あれは味もあるけど、
 まず“粒が揃って炊ける”ことが前提。
 粘りすぎない。
 柔らかくなりすぎない。 
 冷めても形が崩れにくい」

Mirim
「炊飯器向け?」

Keigo
「完全に家庭向けだな」

Mirim
「他にもあるよね」

Keigo
「あきたこまち系統。
 ななつぼし。
 ゆめぴりか。
 それぞれ方向性は違うけど、
 共通してるのは“失敗しにくさ”だ」

Mirim
「味の前に?」

Keigo
「前だ。
 味はブレるとクレームになる。
 炊けなかった、はもっと問題になる」

Mirim
「なるほど……」

Keigo
「だから今の米は、
 “誰が炊いても破綻しない”ことが
 最低条件になってる」

Mirim
「昔はさ、
 炊き方で差が出るのが当たり前だったのにね」

Keigo
「今は、
 差が出ないように設計されてる」

Mirim
「それってさ」

Keigo
「ん?」

Mirim
「便利だけど、
 結構ギリギリまで詰めてない?」

Keigo
「詰めてる。
 もう余白はほとんどない」

Mirim
「だから、
 ちょっと条件が変わると、一気に問題が出る」

Keigo
「そういうことだ」

歩きながら、
2人とも少しだけ黙った。

Mirim
「……米って、
 そこまで考えられてたんだね」

Keigo
「だから当たり前になった」

Mirim
「当たり前になると、
 凄さに気づかない」

Keigo
「日本の米は、
 その典型だな」



♦️第6章|北海道の米が普通にうまい理由




Mirim
「そういえばさ」

Keigo
「ん?」

Mirim
「北海道の米って、
 昔は正直、あんまり期待されてなかったよね」

Keigo
「されてなかったな」

Mirim
「“北海道なのに米?”みたいな」

Keigo
「寒すぎるからな。
 昔は、炊けても味が安定しなかった」

Mirim
「でも今はさ、種類もたくさんある」

Keigo
「そう。今は違う」

Keigo
「ななつぼしも、
 ゆめぴりかも、
 普通に全国で売ってる」

Mirim
「しかも、普通に美味しい」

Keigo
「“普通に”ってのが重要だな」

Mirim
「どういう意味?」

Keigo
「尖ってない。
 失敗しにくい」

Mirim
「……あ」

Keigo
「北海道の米は、
 寒冷地でも
 ちゃんと育つ。
 ちゃんと水を吸って、
 ちゃんと炊けることが最優先だ」

Mirim
「味の前に?」

Keigo
「味の前に、成立すること」

Keigo
「寒いと、
 お米は水を吸いにくい。
 吸水が遅れると、
 芯が残る」

Mirim
「それ、家だと地味に困るやつだ」

Keigo
「だから品種の段階で、吸水の速さを揃える」

Mirim
「揃える……また揃える話だ」

Keigo
「全部そこに戻る」

Keigo
「粒の大きさ。
 吸水。
 炊き上がり。
 冷めた時の形」

Keigo
「北海道の米は、
 “家庭で失敗しない”方向に
 徹底的に振ってる」

Mirim
「寒い地域の米なのに?」

Keigo
「寒い地域の米だから、だ」

Mirim
「なるほど……」

Keigo
ゆめぴりかなんかは、
 粘りも甘みもあるけど、
 それ以上に炊きムラが出にくい」

Mirim
「派手じゃないけど、安心できる感じ?」

Keigo
「そう。
 毎日食う前提の設計だ」

Mirim
「北海道ってさ、
 “米どころ”って言われるように
 なるまで、時間かかったよね」

Keigo
「その分、
 最初から"今の家庭”を見て作ってる」

Mirim
「昔のブランド争いとは、ちょっと違う感じだねg

Keigo
「違うな。勝ち方が違う」

Mirim
「勝ち方?」

Keigo
「北海道の米は、
 料理人向けじゃない。家庭向けだ」

Mirim
「誰が炊いても、
 変な失敗しないやつ?」

Keigo
「そう。
 それが、今の評価基準だ」

少し間が空く。

Mirim
「……米ってさ」

Keigo
「ん?」

Mirim
「味の話だけじゃ、もう足りないんだね」

Keigo
「足りない」

Keigo
「今の米は、
 “どう炊かれるか”まで含めての
 品種になってる」

Mirim
「そこまで考えられてるの、ちょっと怖いね」

Keigo
「でも、そのおかげで
 毎日うまい飯が食える」

歩きながら、
2人とも少しだけ黙った。

冬の空気の中で、
北海道、という言葉が
前より近く感じた。



♦️第7章|世界の米、日本の白飯



信号を待ちながら、
ふと、わたしが聞く。

Mirim
「でもさ」

Keigo
「ん?」

Mirim
「お米って、日本だけの食べ物じゃないよね?」

Keigo
「もちろん」

Mirim
「アジアなんて、
 どこ行ってもお米食べてるよね?」

Keigo
「食べてるな」

Mirim
「インドネシアとかさ、
 ご飯の上に全部のっけるでしょ」

Keigo
「ああ。
ナシゴレンもそうだし、
混ぜて食うのが前提だな」

Mirim
「タイもそうだよね。
カオマンガイとか」

Keigo
「ご飯はあるけど、主役はおかずだ」

Mirim
「中国もさ、
 白飯は出るけど、あれ単体で語られないよね」

Keigo
「料理の一部だな」

Mirim
「インドは?」

Keigo
「バスマティ。
 香りを楽しむけど、
 カレーと一緒で完成だ」

少し歩く。

Mirim
「……あれ?」

Keigo
「気づいたか」

Mirim
「どの国もさ、お米だけでは完結してない」

Keigo
「そう」

Keigo
「海外の米は、
 “何かと一緒に食べる”前提だ」

Mirim
「だから、
 粒の形も違うし、香りも強い」

Keigo
「混ざる前提だからな」

Mirim
「日本だけ、ちょっとじゃない?」

Keigo
「変だな」

Keigo
「日本の白飯は、炊いた時点で完成してる」

Mirim
「おかず無くても?」

Keigo
「無くても成立する」

Mirim
「冷めても?」

Keigo
「評価される」

Mirim
「……異常だね」

Keigo
「世界的に見ればな」

少し間が空く。

Mirim
「だからさ、
 日本のお米って、味だけじゃなくて
 条件が多すぎるんだ」

Keigo
「粒が揃ってる。甘みがある。
 香りが邪魔しない。冷めても形が崩れない。
 水分が抜けすぎない」

Mirim
「しかも、毎日食べる前提」

Keigo
「そう。特別な日用じゃない」

Mirim
「海外だとさ、
 主食でも、ここまで要求しないよね」

Keigo
「しないな。
日本だけ、主食に完成度を求めすぎてる」

Mirim
「だから、品種も増えるし、炊飯器も進化する」

Keigo
「全部つながってる」

Mirim
「海外の人がさ、日本で白飯だけ食べて
 驚くの、わかる気がする」

Keigo
「何も乗ってないのに、うまいからな」

Mirim
「それ、
 世界ではあんまり無い感覚だよね」

Keigo
「無いな」

Keigo
「日本の米は、
 料理じゃなくて、作品に近い」

Mirim
「作品……」

Keigo
「毎日量産される作品」

Mirim
「それ、冷静に考えるとすごいね」

Keigo
「だから、
 海外の米と比べると違和感が出る」

Mirim
「同じ“お米”なのに」

Keigo
「役割が違う」

Mirim
「向こうは、受け止める役」

Keigo
「日本は、立つ役」

♦️第8章|当たり前になりすぎた食べ物


信号を渡ると、
見慣れたスーパーの看板が見えてきた。

ここまで歩きながら、
お米の話をずっとしてきたけれど、
たぶん普段ならこんなことを考える人はいない。

米はいつもあるもの。
炊けて当たり前。
美味しくて当然。


それが日本人の感覚だ。

品種改良も、
精米技術も、
無洗米も、
炊飯器も、
全部が同じ方向を向いて進んできた。

──失敗しないように。


今の米売り場は、
もはや「種類が多い」では済まない。

方向性が違う米が、
同時に成立している。

たとえば――

コシヒカリ
粘りと甘みの基準点。
今もなお、
これが白米”という顔をしている。

あきたこまち
コシヒカリより軽く、
毎日食べても疲れない設計。
家庭用としての完成度が高い。

ひとめぼれ
バランス型。
突出しない代わりに、
外さない。
大量供給に耐える優等生。

はえぬき
粒立ちがよく、
冷めても崩れにくい。
弁当・業務用で評価が高い。

つや姫
粒の揃い方を最優先した設計。
炊き上がりの見た目まで
味の一部として扱っている。

ななつぼし
主張しない完成度。
おかずの邪魔をしない。
毎日向けの思想。

ゆめぴりか
甘みと粘りを前に出す。
満足感重視。
一口目で分からせにくる米。

青天の霹靂
粒感がはっきりしていて、
後味が軽い。
青森の答え”として作られた。

ミルキークイーン
粘り特化。
好みが分かれるが、
ハマる人は離れない。

ササニシキ系統
粘らない。
白米が主張しない。
料理の一部としての米。

どれも、
方向が違う
どれも、炊飯で失敗しにくく、
どれも家庭でも成立する。
ここが一番おかしい。

誰が炊いても、
どの家庭でも、
大きく外れないように。

その結果、
米は「農作物」でありながら、
ほとんど「完成品」に近い存在になった。

本来なら、年で味が変わる。
産地でブレる。炊き方で失敗もする。

そういう不安定さを、
日本は一つずつ削ぎ落としてきた。

気づけば、
お米は「気にしなくていい食べ物」になった。

それは凄いことだ。
同時に、少し怖いことでもある。

整えすぎた分、余白はほとんど残っていない。

少し歯車がずれれば、
値段に出る。
流通に出る。
話題になる。

それでも今日も、何事もなかったように、
お米は棚に並ぶ。

誰も騒がない。特別な説明もいらない。

でも、
毎日のご飯は、
こういう積み重ねの上に成り立っている。

スーパーの自動ドアが開いた。

今日は、
どのお米を買うか。

たぶん、
私たちは深く考えずに選ぶだろう。

それでいい。
それができるところまで、
日本はやってきたのだから。

つづく


料理の向こう側シリーズ
マガジンはこちら

いいなと思ったら応援しよう!