料理の向こう側 CASE 9
♦️第1章|ネクタリンという果物
数日前、何気なくnoteを読んでいた。
オーストラリアに住んでいる人が、
ネクタリンという果物について書いていた。
白と黄色があること。
旬が短くて、
気づくとシーズンが終わっていること。
大好きなのに、毎年タイミングを逃すこと。
ネクタリン。
名前は知っている。
日本でも、たまに見かける。
でも、正直に言えば、
桃との違いをきちんと説明できるほど、
理解している果物じゃなかった。
売り場では、桃と並んでいたり、
プラムの近くに置かれていたりする。
すもも。
プラム。
ネクタリン。
黄桃。
全部、どこか似ていて、
でも、名前だけはきっちり分かれている。
その違いを、
わたしはちゃんと把握していただろうか。
キッチンに行くと、
Keigoくんがコーヒーを淹れていた。
Mirim
「ねえ、Keigoくん」
Keigo
「ん?」
Mirim
「ネクタリンってさ……」
そこまで言って、自分でも少し可笑しくなった。
今さら?という感じもする。
Mirim
「結局、なんなの?」
Keigo
「……桃の仲間」
即答だった。
この一言から、
話が思った以上に広がることを、
このときは、まだ知らなかった。
♦️第2章|同じ仲間なのに、名前が多すぎる
Mirim
「桃の仲間、って言ったよね」
Keigo
「おう。言ったな」
Mirim
「でもさ。
すもも、プラム、ネクタリン、プルーン、
ソルダム、黄桃、白桃……
多すぎない?」
Keigo
「多いな」
Mirim
「で、正直よくわからない」
Keigo
「だろうな」
あっさり肯定された。
否定されないところが、いちばん厄介だ。
Mirim
「全部、同じ先祖なんでしょ?」
Keigo
「同じ“属”だな」
Mirim
「ぞく?」
Keigo
「植物の分類。
バラ科・サクラ属」
Mirim
「……桜?」
Keigo
「そう。桃も、すももも、梅も、杏も、
全部サクラ属」
Mirim
「待って。梅も?」
Keigo
「ああ」
Mirim
「一気に広がったんだけど」
Keigo
「混乱するのは普通だ」
Keigoくんは少し考えてから、
かなり雑に、でも核心を突く言い方をした。
Keigo
「実の“性格”で名前を分けただけだ」
Mirim
「性格?」
Keigo
「甘いか、酸っぱいか。
生で食えるか、加工向きか。
皮を剥くか、剥かないか。
果肉が離れるか、離れないか」
Mirim
「……人間みたい」
Keigo
「人間が都合よく分けただけだからな」
ここで、一度整理しておく。
桃・すもも・杏・梅・プルーン・ネクタリン。
これらはすべて、
バラ科サクラ属の果樹だ。
ただし、
同じ仲間=同じ扱い、ではない。
違いを生んだのは、
品種改良と、食べ方の歴史だった。
まず、桃。
日本で「桃」と呼ばれるものの多くは、
果肉が柔らかく、水分が多く、甘味が強い。
皮には産毛があり、
基本は生食向き。
白桃、黄桃という区別は、
果肉の色によるものだ。
黄桃は、缶詰のイメージが強いけれど、
本来は加工耐性が高い品種群だった。
次に、ネクタリン。
これは、
「毛のない桃」。
分類上は、桃の変種。
遺伝的には、ほぼ桃と同じだ。
皮に産毛がなく、
酸味がやや強く、
香りが前に出る。
ヨーロッパやオーストラリアでは、
桃よりも一般的な場合もある。
硬めで流通し、
追熟して食べる前提の果物だ。
そして、すもも(日本すもも)。
日本語で「すもも」と言うと、
学術的には「日本すもも」を指すことが多い。
果肉は締まりがあり、
甘酸っぱさが強い。
生でも食べられるが、
昔は加工向きとして扱われることが多かった。
酸っぱい、という印象が残っているのは、
この名残だ。
プラム。
これはやや厄介だ。
英語の「plum」は、
日本すももも、西洋すももも含む。
つまり、
プラム=すもも、で間違いではない。
ただ、日本の売り場では、
西洋すもも系を「プラム」と呼ぶことが多い。
果肉は多汁で、
甘味が強いものが増えたのは、
比較的最近の話だ。
ソルダム。
これは品種名だ。
日本すもも系の一種。
最大の特徴は、
果肉が赤いこと。
見た目のインパクトが強く、
すもも=ソルダム、という印象を持つ人も多い。
でも、あくまで“すももの中の一つ”だ。
プルーン。
これは西洋すもも。
ただし、
乾燥加工に適した品種群を指す名前でもある。
生でも食べられるが、
水分が少なく、糖度が高い。
フランス語では、
乾燥プルーンは「プルノー」と呼ばれる。
最後に、杏(あんず)と梅。
どちらもサクラ属。
ただし、
生食より加工向きとして発展した。
杏はジャムやドライ。
梅は干す、漬ける、煮る。
甘さより、
酸を使う方向に文化が伸びた果物だ。
Mirim
「……名前、全部、
食べ方で分かれてる感じだね」
Keigo
「そう」
Keigo
「“どう食われてきたか”で、
名前が固定された」
Mirim
「同じ祖先なのに?」
Keigo
「同じだからこそだな。
違いを作らないと、区別できない」
なるほど、と思った。
名前が多いのは、
迷わせるためじゃない。
生活の中で、
間違えないためだった。
Mirim
「でもさ。
すももって、最近あんまり見ないよね」
Keigo
「たしかにそうだな」
そう言って、
Keigoくんはコーヒーをひと口飲んだ。
♦️第3章|すももは、どこへ行ったのか
Mirim
「でもさ。
すももって、名前はみんな知ってるのに、
売り場で見ないよね」
Keigo
「見ないね」
Mirim
「プラムはあるのに」
Keigo
「それが答えだな」
即答だった。
でも、それだけじゃ意味がわからない。
Mirim
「……どういうこと?」
Keigo
「“すもも”って名前が、売り場から消えただけだ」
Mirim
「名前が?」
Keigo
「すももはいる。ただ、呼び方が変わった」
Keigoくんは、少しだけ考えるようにしてから続けた。
Keigo
「昔のすももは、正直、酸っぱかった」
Mirim
「それは覚えてる」
Keigo
「追熟しないと食えない。
でも、売り場ではそこまで待てない」
Mirim
「確かに……」
Keigo
「甘くない果物は、売れなくなっていった」
それは、すごく現実的な理由だった。
ここで、一度整理する。
日本で「すもも」と呼ばれてきた果物は、
日本すもも系が中心だった。
旬は初夏から夏。
梅雨と重なる。
酸味が強く、糖度はそこまで高くない。
昔は、生でかじるよりも、
砂糖をまぶしたり、
焼酎に漬けたり、
ジャムにしたりして食べられていた。
“加工前提”の果物だった。
そして時代が変わった。
甘さが求められるようになった。
皮ごと食べられることが求められるようになった。
買ってすぐ美味しいことが求められるようになった。
そこで前に出てきたのが、
西洋すもも系=プラムだった。
Keigo
「プラムはな。甘くなるまで木で待てる」
Mirim
「待てる?」
Keigo
「樹上完熟に近い状態で収穫できる。
だから、最初から甘い」
Mirim
「それ、強いね」
Keigo
「売り場向きだ」
言い切りだった。
さらに、品種改良が進んだ。
かつてのプラムは、
酸味が目立つものが多かった。
でも今は違う。
糖度が上がり、果肉は柔らかく、
香りも前に出る。名前も変わった。
「すもも」より、
「プラム」のほうが、甘そうに聞こえる。
それだけの話でもある。
Mirim
「じゃあ、すももは負けたってこと?」
Keigo
「淘汰された、が近いな」
Mirim
「厳しい……」
Keigo
「でも、完全には消えてない」
そう言って、
Keigoくんは続けた。
Keigo
「長野とか山梨だと、今でも生で売ってる」
Mirim
「緑のやつと、紫のやつ?」
Keigo
「そう。大石プラムとか、ソルダムとか」
Mirim
「大石プラムって、昔、あったっけ?」
Keigo
「いや。比較的新しい」
ここも、大事なポイントだった。
大石プラム
これも日本すもも系の品種だ。
特徴は、
・大玉
・糖度が高い
・酸味が穏やか
つまり、
「すももは酸っぱい」
というイメージを壊すために作られた品種だ。
昔はなかった。
正確には、求められていなかった”。
Mirim
「じゃあさ。
昔の人って、すももどうやって食べてたの?」
Keigo
「加工だな」
Mirim
「やっぱり」
Keigo
「生で食うには、酸が強すぎた」
Keigo
「砂糖漬け。ジャム。果実酒。干しすもも」
Mirim
「……干しすもも?」
Keigo
「ああ。今はほとんど見ないが、昔はあった」
わたしは正直、
見たことがない。
ここで、はっきりする。
すももは、
“消えた果物”じゃない。
甘さの基準が変わったことで、
名前と立場を変えた果物だ。
Mirim
「じゃあ、プルーンは?」
Keigo
「それは、次だな」
また、そう言って区切られた。
♦️第4章|プルーンは、なぜ乾いているのか
Mirim
「じゃあさ。
プルーンって、なんで基本ドライなの?」
Keigo
「向いてるから」
Mirim
「……即答すぎない?」
Keigo
「理由は単純だよ」
Keigoくんは、コーヒーカップを置いた。
Keigo
「乾かしても、味が変わらない」
Mirim
「変わらない?」
Keigo
「甘さが残る。
むしろ、濃くなる」
ここで、一度整理しておく。
プルーンは、西洋すもも系の一群だ。
特徴は、
・糖度が高い
・水分が比較的少ない
・皮が丈夫
・果肉が崩れにくい
つまり、
乾燥加工に向いた条件を、
最初から持っている。
Mirim
「じゃあ、生で売られてないのはなんで?」
Keigo
「売れにくい」
Mirim
「身も蓋もないなぁ」
Keigo
「生のプルーンは、旬が短くて、傷みやすい」
Keigo
「しかも、甘いけど地味だ」
Mirim
「地味……」
Keigo
「派手さがない。
桃みたいに香りで勝負もしない。
すももほど酸で引っ張りもしない」
Mirim
「なるほど……」
Keigo
「だったら、
干して“別の価値”を作った方がいい」
ヨーロッパでは、
果物は保存食でもあった。
寒冷地では、
収穫期は短い。
冬は長い。
だから、
乾燥、煮詰める、発酵させる。
プルーンは、
その流れに自然に乗った果物だった。
Mirim
「フランスだと、
乾燥プルーンはプルノーだったよね」
Keigo
「ああ。プルノー・ダジャン」
フランス南西部、アジャン地方。
ここは、乾燥プルーンの産地として有名だ。
向こうでは、プルーンは果物というより、
保存食品に近い。
Keigo
「生のプルーンもある。でも主役じゃない」
Mirim
「日本と逆だね」
Keigo
「日本は、生で食えるかどうかを重視する」
それは、確かにそうだった。
売り場に並ぶ果物は、
“今すぐ美味しいか”が基準になる。
保存性は、あまり評価されない。
Mirim
「でもさ。長野とかだと、
生プルーン売ってるよね」
Keigo
「ああ。地元消費前提なら、成立する」
Mirim
「緑と紫のやつ」
Keigo
「品種が違う。
乾燥向きでも、生食はできる」
Mirim
「じゃあ、プルーンも
すももと同じで……」
Keigo
「立ち位置を選んだ果物だな」
Mirim
「立ち位置?」
Keigo
「中途半端に生で戦わなかった。
加工に振り切った」
それで、
名前も役割も迷わなくなった。
ここで、見えてくる。
すももは、生と加工の間で揺れた。
プルーンは、加工側に完全に振り切った。
同じ祖先でも、
選んだ道が違った。
Mirim
「……梅みたいだね」
Keigo
「そうだな」
Mirim
「梅も、生で食べないもんね」
Keigo
「食えなくはないが、
誰もそうしない」
確かに。
売り場で「生食用梅」は見ない。
Keigo
「梅も、最初から加工前提で文化が育った」
Mirim
「じゃあさ」
Mirim
「同じサクラ属なのに、
どうして、ここまで名前を分けたんだろ」
Keigo
「それはな」
Keigo
「“間違えないため”だ」
短い答えだった。
でも、その意味は、まだ全部見えていない。
♦️第5章|梅だけが、生で食べられない理由
Mirim
「ねえ、Keigoくん」
Keigo
「ん?」
Mirim
「さっきまでさ。
すももとか、プルーンとか、
“どう食べるか”で名前が分かれたって話だった よね」
Keigo
「そうだな」
Mirim
「でも……」
Mirim
「梅だけ、ちょっと違わない?」
Keigo
「違うな」
Keigoくんは、即座にそう言った。
Keigo
「梅は、“選べなかった”果物だ」
Mirim
「選べなかった?」
Keigo
「生で食う、って選択肢がない」
Mirim
「……文化とか好みじゃなくて?」
Keigo
「もっと単純だ。危ないからだ」
その言い方は、はっきりしていた。
Mirim
「危ないって……」
Keigo
「毒がある」
空気が、少しだけ張った。
Mirim
「梅って、生で食べるとダメなんだよね?」
Keigo
「ああ。特に未熟果な」
Mirim
「それって、青酸?」
Keigo
「そうだ」
ここで、一度整理する。
梅の実、特に未熟なものには、
アミグダリンという成分が含まれている。
この物質は、
体内や酵素の作用で分解されると、
青酸(シアン化水素)を発生させる。
いわゆる、
「青酸カリ」と同じ毒の“本体”だ。
形が違うだけで、作用する毒は同じ。
Mirim
「……青酸カリの“素”ってこと?」
Keigo
「そう思っていい」
Mirim
「それ、完全にアウトじゃない?」
Keigo
「アウトだな」
だから、梅は違った。同じサクラ属。
同じ果実。
でも、
生で食べる、という道を、
最初から持てなかった。
Keigo
「梅はな。
“加工しないと危険”な果物なんだ」
Mirim
「じゃあ、
梅干しとか梅酒って……」
Keigo
「全部、安全にするための工程だ」
塩を当てる。
加熱する。
干す。
漬ける。
これらの工程で、
アミグダリンは分解され、
青酸は無毒化される。
美味しくする前に、
まず食べられる状態にする。
それが、梅だった。
Mirim
「じゃあさ」
Mirim
「梅が“加工向き”なんじゃなくて……」
Keigo
「そう。加工しないと、成立しない」
ここで、はっきりする。
すももは、甘さで揺れた。
プルーンは、加工を選んだ。
ネクタリンは、桃の別の顔を選んだ。
でも、梅だけは違う。
選択肢がなかった。
Mirim
「だから、梅はずっと梅なんだね」
Keigo
「そうだ。名前を変える必要がなかった」
Mirim
「……強いね」
Keigo
「危険なものほど、名前は固定される」
その言葉が、妙に残った。
同じサクラ属。
同じ祖先。
それでも、
果物たちは、
まったく違う場所に立っている。
甘さで分かれ、
保存で分かれ、
そして、毒で分かれた。
名前が違うのは、
紛らわしいからじゃない。
間違えたら困るからだ。
♦️第6章|売り場で名前が変わる理由
梅の話が終わったあと、
少しだけ沈黙があった。
毒、という言葉は、思ったよりも重たい。
果物の話をしていたはずなのに、
気がつくと、
「食べていいかどうか」
という、根本の話に行き着いていた。
Mirim
「……売り場ってさ」
Keigo
「ん?」
Mirim
「こういう事情、
どこまで考えて並べてるんだろ」
Keigo
「ほとんど考えてない」
即答だった。
Mirim
「え」
Keigo
「売り場は、いちいち教える場所じゃない」
Mirim
「じゃあ、何?」
Keigo
「何も考えずに欲しいものが買える場所だ」
確かに。と思った。
ここまでの話が、
一気につながった気がした。
Keigo
「売り場で一番嫌われるのはな」
Keigo
「“よくわからない”って状態だ」
Mirim
「確かに……」
Keigo
「味が想像できない。
食べ方が浮かばない。
失敗しそう」
Keigo
「そういう果物は、売れない」
だから、名前が大事。
桃。
プラム
ネクタリン。
すもも。
学術的に正しいかどうかより、
どう聞こえるかが優先される。
Mirim
「“すもも”より、
“プラム”の方が甘そうだもんね」
Keigo
「そういうことだ」
Keigo
「同じ果物でも、
名前を変えた瞬間に売れ始めることがある」
Mirim
「中身は同じでも?」
Keigo
「同じだ」
売り場では、
名前は説明じゃない。
期待値の操作だ。
「桃」と書いてあれば、
甘くて柔らかいものを想像する。
「プラム」と書いてあれば、
甘酸っぱくてジューシーなものを想像する。
「すもも」と書かれていたら、
人によっては、
“酸っぱい”記憶が先に立つ。
その一瞬の迷いが、
手を止めさせる。
Keigo
「だから、
売り場は過去を切り捨てる」
Mirim
「過去?」
Keigo
「昔のイメージだ」
Keigo
「酸っぱかった頃のすもも。
硬かった頃のプラム」
Keigo
「今の味に合わない名前は、
容赦なく捨てられる」
Mirim
「じゃあ、ネクタリンは?」
Keigo
「ちょうど迷ってる」
Mirim
「迷ってる?」
Keigo
「桃って言い切るには違う。
プラムって言うほどでもない」
Keigo
「だから、
売り場によって置き場が変わる」
確かにそうだ。
スーパーによって、
ネクタリンは、
桃の隣にあったり、
プラムの横にあったりする。
分類が揺れている証拠だ。
Keigo
「名前が定まらない果物は、
立ち位置も定まらない」
Mirim
「それ、ちょっとかわいそう」
Keigo
「でも、売り場は優しくない」
ここで、はっきりする。
名前は、
血統を示すためのものじゃない。
買う側が失敗しないための札だ。
だから、
梅は絶対に混ざらない。
だから、
プルーンは乾いている。
だから、
すももは姿を変えた。
全部、
売り場の論理だ。
Mirim
「じゃあさ、品種が増え続けるのって……」
Keigo
「次の話だな」
また、そう言われた。
売り場で名前が決まり、
名前に合わせて期待が生まれる。
そして、
その期待に応えるために、
品種は増えていく。
この先は、
果物そのものより、
人間の都合の話になる。
♦️第7章|増えすぎた桃の仲間たち
売り場の話をしているうちに、
ひとつ、はっきりしたことがある。
名前が整理されたから、
果物が増えたわけじゃない。
売り場で失敗させないために、果物は増えた。
正確には、
品種が、増え続けた。
Mirim
「……でさ、結局、どれくらい種類あるの?」
Keigo
「どれを?」
Mirim
「桃の仲間」
Keigo
「数え方次第だな」
Mirim
「嫌な答え」
Keigo
「でも、事実だ」
ここからは、
会話をいったん脇に置く。
これは、
わたし自身の整理でもある。
――――――――――
■ 桃(Peach)
――――――――――
日本で「桃」として売られているものの多くは、
生食向けに改良された品種群だ。
共通点は、
・果肉が柔らかい
・果汁が多い
・糖度が高い
・香りが立つ
代表的な分類は、以下。
【白桃系】
果肉が白〜淡黄色。
酸味が少なく、甘味が前に出る。
日本で最も好まれるタイプ。
代表品種:
・白鳳
・清水白桃
・あかつき
・川中島白桃
【黄桃系】
果肉が黄色〜橙色。
加熱耐性が高く、加工向き。
缶詰用として発展した歴史がある。
代表品種:
・黄金桃
・きららの極み
・シンゴールド
【硬肉桃】
果肉が硬めで、日持ちがする。
近年増えている流通向け品種。
代表品種:
・おどろき
・なつっこ
・さくひめ
――――――――――
■ ネクタリン
――――――――――
分類上は、桃の変種。
最大の違いは、産毛がないこと。
特徴:
・皮がつるつる
・酸味がやや強い
・香りがシャープ
・硬めで流通、追熟前提
日本ではまだ少数派だが、
欧州・オーストラリアでは定番。
代表品種:
・サマークリスタル
・ファンタジア
・フレーバートップ
――――――――――
■ すもも(日本すもも)
――――――――――
日本で古くから栽培されてきた系統。
特徴:
・果肉が締まっている
・甘酸っぱい
・加工適性が高い
かつては「酸っぱい果物」の代表格。
代表品種:
・ソルダム(果肉が赤い)
・太陽
・大石プラム
・月光
――――――――――
■ プラム(西洋すもも)
――――――――――
近年、売り場で主流になった存在。
特徴:
・糖度が高い
・果汁が多い
・樹上完熟が可能
・生で美味しい
「すもも」のイメージを塗り替えた。
代表品種:
・サンタローザ
・ブラックアンバー
・レッドエース
・サマーエンジェル
・秋姫
・彩の姫
――――――――――
■ プルーン
――――――――――
西洋すももの中でも、
乾燥加工に特化した系統。
特徴:
・糖度が非常に高い
・水分が少ない
・果肉が崩れにくい
生でも食べられるが、
主役はドライ。
代表品種:
・スタンレイ
・プレジデント
・シュガープルーン
――――――――――
こうして並べてみると、
ひとつの事実が浮かび上がる。
味の違いより、用途の違いの方が大きい。
甘さ。
酸味。
硬さ。
日持ち。
それらはすべて、
「どう売るか」
「どう食べるか」
から逆算された結果だった。
Mirim
「……こんなに増やさなくても、
よかったんじゃない?」
Keigo
「無理だな」
Mirim
「即答だ」
Keigo
「売り場が許さない。ちょうどいいを、
毎年更新し続けるからな」
気候が変わる。
輸送が変わる。
好みが変わる。
そのたびに、
果物は少しずつ姿を変える。
名前は残り、
中身だけが更新される。
増えたのは、
果物のわがままじゃない。
人間の都合の履歴だ。
そして、その履歴は、
売り場に静かに積み重なっていく。
ネクタリンが、
今日も迷子になりながら、
桃とプラムの間に置かれているように。
♦️第8章|名前の向こう側
ここまで書いてきて、
ようやく、ひとつの線がつながった気がする。
ネクタリン。
すもも。
プラム。
プルーン。
桃。
杏。
梅。
全部、同じサクラ属。
同じ祖先から枝分かれした果物たちだ。
それなのに、
売り場では、まるで別人のような顔をして並んでいる。
理由は、味じゃない。
甘いか、酸っぱいか、でもない。
どう扱われてきたか。
どう間違われてはいけなかったか。
それだけだった。
すももは、
甘くなる途中で置いていかれた。
プラムは、
最初から甘さで勝負する道を選んだ。
プルーンは、
生で戦わず、保存に価値を見出した。
ネクタリンは、
桃の中で、別の表情を与えられた。
そして、梅は、
選ばなかったんじゃない。
選べなかった。
危険だから。
だから、名前が固定され、
扱いも固定された。
果物の名前は、
ロマンじゃない。
歴史でもない。
生活のためのラベルだ。
売り場で、
間違えないため。
失敗しないため。
食べてはいけないものを、
口にしないため。
名前は、
増え続ける。
ネクタリンが、
毎年どこかに消えてしまうのも、
きっと偶然じゃない。
短い旬。
流通の難しさ。
酸味の残り方。
それら全部を含めて、
「わかる人向け」の果物だからだ。
でも、
わかろうとしなければ、
一生、出会えない果物でもある。
次に売り場で、
ネクタリンを見かけたら。
桃でもなく、
すももでもなく、
プラムでもない顔で置かれていたら。
たぶんそれは、
迷っているんじゃない。
ちゃんと、そこに置かれている。
名前の向こう側には、
人の都合と、
知恵と、
失敗の積み重ねがある。
果物は、
静かだ。
でも、
とても饒舌だ。
わたしは今日、
ネクタリンを見かけたら、
ちゃんと立ち止まろうと思う。
それが、
この果物に対する、
いちばん正しい向き合い方な気がしている。
Fin
料理の向こう側シリーズ
マガジンにまとめています。
