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料理の向こう側 CASE 8



♦️第1章|芋の次は、りんご売り場



結局、芋は両方カゴに入れた。

じゃがいもも、
さつまいもも。

どっちが正しいとかじゃなくて、
食べる場面が違うだけだって、
あそこでちゃんと分かったからだ。

カゴが少し重くなる。

次、何見る?

そう聞かれたわけでもないのに、
2人とも同じ方向に歩き出していた。

果物売り場。

芋売り場のすぐ先。
照明が少しだけ明るくなって、
色のある世界が広がる。
りんごが並んでいた。

赤いの。
黄色いの。
少し緑が残っているの。

同じ形なのに、
札を見れば、名前が全部違う。

Mirim
「……多くない?」

Keigo
「多いな」

棚の端から端まで、

りんご、りんご、りんご。

値段も微妙に違う。
産地も違う。
説明文も違う。

甘い。
さっぱり。
歯切れがいい。
酸味がある。

Mirim
「こんなに種類あったっけ」

Keigo
「前からあったはずだけど、
 ちゃんと見てなかっただけだな」

Mirim
「芋の時はさ、
 じゃがいもか、さつまいもか、だったのに」

Keigo
「りんごは、
 その手前で迷わせてくるな」

Mirim
「赤か青か、って話でもないし」

Keigo
「品種で分けろって顔してる」


Mirim
「りんごってさ、
 高級フルーツって感じでもないし」

Keigo
「毎日食える値段だな。」

Mirim
「でも、変にに選ぶと、後悔しそう」

Keigo
「当たり外れや好みもあるしな。」

Mirim
「それがさ、
 なんか不思議。りんごって、
 何を基準に選べばいいんだろ」

Keigo
「……品種や好みなんだろうけど。
それが分かってたら、
 こんなに種類いらないな」


同じ「りんご」なのに、
どれも少しずつ違う顔をしている。
選択肢の多さ、そのものだった。


♦️第2章|青りんごって、こんな味だっけ



棚の端に、少しだけ色の違うりんごがあった。

赤でもなく、
黄色でもなく、
どこか緑が残っているやつ。

Mirim
「ねえ」

Keigo
「ん?」

Mirim
「青りんごってさ、
 こんな香りだったっけ」

Keigo
「急だな」

Mirim
「だってさ。
 “青りんご味”のお菓子ってあるでしょ」

Keigo
「ああ」

Mirim
「でも、これ見てると、
 あの香り、全然想像できない」

Keigo
「確かにな」

棚札には、
王林、と書いてある。

Mirim
「王林って、青りんご扱いだよね?」

Keigo
「分類的にはな。
 正確には、黄色りんご寄りだけど」

Mirim
「でもさ、
 お菓子の青りんご味と、
 王林って、全然違うよね?」

Keigo
「違うな」

Mirim
「甘いし、やわらかいし。
 酸っぱくない」

Keigo
「でも、これが一般的な日本の“青りんご”だな。
他にもいろいろあるけどな」

少し間が空く。

Mirim
「じゃあさ」

Keigo
「ん?」

Mirim
「お菓子の青りんご味って、
 どこのりんごなんだろ」

Keigo
「モデルはある」

Mirim
「あるんだ」

Keigo
「グラニースミス」

Mirim
「……聞いたことある」

Keigo
「海外だと、
 青りんごって言ったら
 まずこれだ」

Keigo
「酸味が強くて、
 香りもはっきりしてる」

Mirim
「じゃあ、
 向こうで食べたら
 “あ、これ!”ってなる?」

Keigo
「なると思う」

Mirim
「日本の青りんごとは、
 別物なんだね」

Keigo
「別物だな。
 王林は完熟前提。
 グラニースミスは早熟で酸味前提」

Mirim
「同じ青りんごでも?」

Keigo
「青の意味が違う」

わたしは棚を見直す。

確かに、
王林は黄色に近い。

緑、というより、
光を当てなかった色。

Mirim
「じゃあさ、
 日本では、
 本当に未熟な青りんごって
 売られてないの?」

Keigo
「ほぼ無い」

Mirim
「なんで?」

Keigo
「酸っぱすぎるからだ」

Mirim
「……即答だね」

Keigo
「日本の市場は、
 “生で食べる”前提だからな」

Keigo
未熟で硬くて酸っぱいりんごは、
 料理用になる」

Mirim
「料理用?」

Keigo
「海外だと普通にある。煮る、焼く、刻む」

Mirim
「アップルパイとか?」

Keigo
「そう。
 だから海外では、青りんご=料理にも使う」

Mirim
「日本だと?」

Keigo
「りんごは生食が基準だ」

少し考える。

Mirim
「じゃあ、お菓子の青りんご味って」

Keigo
「日本のりんごじゃない」

Mirim
「……なるほど」

Keigo
「正確には、
 “日本であまり売られない味”だな」

棚には、
甘い、食べやすいりんごが並んでいる。

酸っぱいりんごは、
ほとんど見当たらない。

Mirim
「それでか」

Keigo
「ん?」

Mirim
「青りんご味って、
 どこか架空っぽいの」

Keigo
「実在してるけど、
 日常では出会わない」

Mirim
「だから、
 お菓子になるんだ」

Keigo
「そういうことだな」

棚の前で、
2人とも少し黙った。

同じ“りんご”なのに、
基準が違うだけで、
味の世界が分かれている。


わたしは、
もう一度、棚を見た。

♦️第3章|サクサクと、ポクポクの違い



棚の前で、
Keigoくんが一つ、りんごを手に取った。

Keigo
「りんごってさ、
 食感で印象変わりすぎるよな」

Mirim
「うん。
 サクッとするやつと、
 ポクッとするやつ」

Keigo
「それ」

Mirim
「名前分かれてるわけじゃないのに、
 食べた瞬間にすぐわかるあの食感」

Keigo
「分かるな、好み分かれるやつだ」

Keigoくんは、棚札を見る。

Keigo
「これ、
 “歯切れがいい”って書いてある」

Mirim
「だいたいサクサク系だね」

Keigo
「逆に、
 “甘みが強い”とか
 “やわらかい”って書いてあると」

Mirim
「ポクポク寄り」

Keigo
「そう」

少し間が空く。

Mirim
「これってさ、品種の違い?」

Keigo
「半分は品種。もう半分は、熟し具合」

Mirim
「熟し具合?」

Keigo
「同じ品種でも、
 若いと硬い。
 完熟に進むと、やわらかくなる」

Mirim
「じゃあ、サクサクは若め?」

Keigo
「基本はな。細胞の壁がまだしっかりしてる」

Mirim
「ポクポクは?」

Keigo
「でんぷんが糖に変わって、
 細胞がほどけてきてる状態」

Mirim
「……あ」

Keigo
「甘くなる代わりに、歯切れは落ちる」

Mirim
「どっちがいい、って話じゃないんだ」

Keigo
「用途次第だな。俺はさっくりが好きだ」

棚を見渡す。

Mirim
「生でかじるなら、サクサクが好きな人多そう」

Keigo
「料理やお菓子なら、少しやわらかい方が向く」

Mirim
「アップルパイとか?」

Keigo
「そう。加熱すると、サクサク系は水が出やすい」

Mirim
「崩れる?」

Keigo
「逆に、ポクポク系は形が残りやすい」

Mirim
「へえ……」

少し考えて。

Mirim
「じゃあさ」

Keigo
「ん?」

Mirim
「“当たり外れ”って思ってたの、
ただのズレかもね」

Keigo
「ズレ?」

Mirim
「自分の食べたい状態と、
 りんごの状態が合ってないだけ」

Keigo
「それはあるな」

Keigo
「りんごは、
完熟が正解ってわけじゃない

Mirim
「早めが好きな人もいるし」

Keigo
「遅めが好きな人もいる」

Mirim
「でも棚では、
 そこ、あんまり書いてないよね」

Keigo
「書けないからな」

Mirim
「なんで?」

Keigo
「好みが割れすぎる」

2人で少し笑う。

Mirim
「芋もさ、
 ホクホクか、ねっとりか、だったけど」

Keigo
「りんごは、もっとわかりにくいな。だから迷う」

棚の前で、
また立ち止まる。

同じ赤いりんごでも、
中身は同じじゃない。

サクサクか。
ポクポクか。

それは、
良し悪しじゃなくて、
今、何を求めてるかの違いだった。

わたしは、
りんごを一つ手に取って、
そっと戻した。

♦️第4章|蜜入りって、なんなんだろ



棚の中ほどに、
蜜入り」と書かれた札があった。

Mirim
「ねえ」

Keigo
「ん?」

Mirim
「蜜入りってさ、
 結局、なに?」

Keigo
「来たな」

Mirim
「だってさ。
 甘い証拠みたいに書いてあるけど、
 あれ、本当に蜜?」

Keigo
違う

Mirim
「即答」

Keigo
「正確には、
 蜜じゃない」

Mirim
「じゃあ、あの黄色いのは?」

Keigo
「糖が多くなりすぎて、
 果肉の細胞が透けて見えてる状態だ」

Mirim
「……透けてる?」

Keigo
「完熟に近づくと、
 りんごの中の糖が集まる場所ができる。
 そこが水分を抱えて、光を通すようになる」

Mirim
「だから黄色く蜜っぽく見えるんだ」

Keigo
「そう。味としては甘いけど、
蜜が入ってるわけじゃない」

Mirim
「じゃあ、蜜入り=当たり、ではない?」

Keigo
「違う。でも、当たり扱いされてるだけだな」

少し間が空く。

Mirim
「でもさ、
 蜜入りって聞くと、
 ちょっと嬉しくなる」

Keigo
「日本人は特にな」

Mirim
「なんで?」

Keigo
「見た目で感じるからだ」

Mirim
「……あ」

Keigo
「甘さって、本来は食べないと分からない。
でも蜜入りは、切った瞬間に分かる」

Mirim
「安心感か」

Keigo
「そう。
 “ちゃんと甘いですよ”って
 目で保証してくれる」

棚を見る。

Mirim
「でもさ、蜜が入ってると、
 早く食べた方がいいって聞いた」

Keigo
それは本当

Mirim
「なんで?」

Keigo
「糖が集まってる分、傷みやすい」

Keigo
「時間が経つと、
 そこから劣化が始まる」

Mirim
「じゃあ、保存向きじゃないんだ」

Keigo
「向かない」

Mirim
「……完璧じゃないんだね」

Keigo
「完璧だったら、毎回入ってる」

Mirim
「確かに」

少し考えて。

Mirim
「じゃあさ」

Keigo
「ん?」

Mirim
「蜜が入ってないりんごって、
 ダメなの?」

Keigo
「全然」

Keigo
「甘さは、
 果肉全体で決まる」

Keigo
「蜜は一部が見えてるだけだ」

Mirim
「じゃあ、
 蜜無しでも、普通に甘いりんごはある」

Keigo
「むしろ多い」

Mirim
「……まただ」

Keigo
「ん?」

Mirim
「分かりやすい目印が、
 必ずしも正解じゃないやつ」

Keigo
「りんごは、そういうのが多い」

棚の前で、
2人とも黙る。

甘さ。
見た目。
食べ頃。

全部、
ぴったり一致するわけじゃない。

Mirim
「芋より、ずっと曖昧だね」

Keigo
「米よりもな」

Mirim
「でもさ」

Keigo
「ん?」

Mirim
「その曖昧さが、りんごっぽい気もする」

Keigo
「選ぶ余地が残ってるってことだ」

Mirim
「正解を決めきらない食べ物」

Keigo
「だから、
 こんなに種類が残ってるんだろうな」

棚の前で、
まだ誰も、
りんごをカゴに入れていない。

でも、
見る目だけは、
さっきより少し変わっていた。


♦️第5章|品種が増えすぎた理由



棚をもう一度、端から端まで見る。

赤いりんご。
黄色いりんご。
少し緑が残るりんご。

さっきよりも、
それぞれが「別のもの」に見えてきていた。

Mirim
「でもさ」

Keigo
「ん?」

Mirim
「りんごって、
 なんでこんなに品種あるんだろ」

Keigo
「いいところに気づいたな」

Mirim
「だって、芋も米も多いけど、
 りんごは多さの方向が違う気がする」

Keigo
「用途が分岐しすぎたんだよ」

Mirim
「用途?」

Keigo
「生で食う人。料理に使う人。お菓子に使う人」

Keigo
「しかも、それぞれが“違う正解”を求めた」

Mirim
「甘さだけじゃないってこと?」

Keigo
「甘さ、酸味、硬さ、火を入れた時の形、
 色の変わり方」

Keigo
「一つでもズレると、用途から外れる」

Mirim
「……厳しいね」

Keigo
「厳しいから、品種で分けるしかなくなった」

少し歩いて、
棚の中ほどにある札を見る。

Mirim
紅玉

Keigo
「ああ」

Mirim
「昔、アップルパイは紅玉って言われてたよね」

Keigo
「今も、基本はそうだ」

Mirim
「でも生で食べると、
 結構酸っぱいよね」

Keigo
「だからいい」

Mirim
「え?」

Keigo
「火を入れても、酸味が残る。形も崩れにくい」

Keigo
「甘いりんごで作ると、ぼやけるんだよ」

Mirim
「お菓子向けの性格なんだ」

Keigo
「そう。生食では不利でも、加工で評価される」

Mirim
「りんごって、
 “そのまま食べる用”だけじゃ
 生き残れないんだね」

Keigo
「逆だな。
 “そのまま食べる用”が
 強すぎたから、他が分かれた」

少し間が空く。

Mirim
「じゃあさ」

Keigo
「ん?」

Mirim
「海外でフジが人気なのって、その延長?」

Keigo
「まさにそれだ」

Keigo
「フジは、甘い。サクサク。生で完成してる」

Mirim
「日本だと当たり前だけど」

Keigo
「海外では、かなり異質だ」

Mirim
「料理しなくていい果物」

Keigo
「そう。切って、そのまま食べて、満足できる」

Keigo
「だから輸出で評価される」

Mirim
「紅玉は内向き、フジは外向き、みたいな?」

Keigo
「いい例えだな」

棚を見る。

一つ一つのりんごが、
誰かの目的に合わせて
作られてきたものに見えてくる。

Mirim
「増えすぎたんじゃなくて」

Keigo
「分かれすぎた、だな」

Mirim
「選ぶ人が増えたから?」

Keigo
「選び方が増えたからだ」

生で食べる。
焼く。
煮る。
甘さを楽しむ。
酸味を残す。
歯切れを求める。

全部を一つで満たすのは、
もう無理だった。

Mirim
「だからさ」

Keigo
「ん?」

Mirim
「りんご売り場って、対決にならないんだね」

Keigo
「ならないな」

Mirim
「正解が多すぎる」

Keigo
「だから迷う」

棚の前で、
また立ち止まる。

品種が増えた理由は、
競争じゃなかった。

選ばれ方が、
細かくなりすぎただけだった。

Mirim
「……りんごってさ」

Keigo
「ん?」

Mirim
「一番、
 “選ぶ側に委ねられてる果物”かも」

Keigo
「それはあるな」

まだ、
カゴには入らない。

でも、
どのりんごが悪いわけでもないことだけは、
はっきり分かっていた。

選ぶ理由が、
人の数だけあるだけだった。


♦️第6章|結局、どれを買うか



しばらく棚の前に立ってから、
Keigoくんが一つ、りんごを手に取った。

Keigo
「……今日はさ」

Mirim
「ん?」

Keigo
「火を入れる予定、ある?」

Mirim
「ないかな」

Keigo
「じゃあ、生で食うやつだな」

Mirim
「即決?」

Keigo
「用途が決まれば、迷う理由が減る」

Mirim
「なるほど」

わたしも一つ、別のりんごを手に取る。

Mirim
「わたしは、サクサクしてるやつがいい」

Keigo
「じゃあ、
 これは違うな」

Mirim
「うん。それは、ちょっとポクポク寄り」

Keigo
「もう分かるようになってるじゃん」

Mirim
「さっきまで、全部同じに見えてたのにね」

棚の前で、
りんごが「情報」に見える。

色。
硬さ。
札の言葉。

全部が、誰向けかを語っている。

Mirim
「りんごってさ」

Keigo
「ん?」

Mirim
「正解を当てにいく食べ物じゃないんだね」

Keigo
「当てるんじゃなくて、合わせる」

Mirim
「今日の気分とか、食べる場面とか」

Keigo
「そう。それに合うやつを選ぶだけだ」

カゴの中に、
りんごが一つ入る。

続いて、もう一つ。

種類は違う。

Mirim
「あ」

Keigo
「どうした」

Mirim
「芋と同じだ」

Keigo
「ん?」

Mirim
「結局、
 一つに絞れないやつ」

Keigo
「使う場面が違うからな」

Mirim
「対決じゃなかったね、今回も」

Keigo
「むしろ、選択肢が増えただけだ」

カゴは、
少しだけ重くなった。

でも不思議と、
迷いは軽くなっている。

スーパーの通路を進みながら、
わたしは思う。

りんごは、
完成されすぎていない。

甘さも。
食感も。
使い道も。

だから、
選ぶ余地が残っている。

正解を決めきらないから、
今も品種が増え続けている。

Mirim
「……今日の夜さ」

Keigo
「ん?」

Mirim
「りんご、切って食べよ」

Keigo
「いいな」

Mirim
「それだけでいい気がする」

Keigo
「それが一番だな。
あ、寒いし、夕飯は鍋にしない?」

レジに向かう足取りは、
さっきより少し軽い。

♦️第7章|りんごは、なぜ究極を目指さなかったのか



棚の前を離れて、
通路の少し広いところで立ち止まる。

りんごは、もうカゴに入っている。
でも、さっきまで見ていた棚の景色が、
頭から離れなかった。

あれだけ種類があって、
あれだけ選ばせておいて。

どれかが
圧倒的に高い」わけじゃない。

Mirim
「ねえ」

Keigo
「ん?」

Mirim
「りんごってさ、
 なんで“究極の高級フルーツ”にならなかったんだろ」

Keigo
「……いいところ突くな」

Mirim
「ブドウとかさ、メロンとかさ
一房で何万とか、
 一玉で贈答用の世界があるのに」

Keigo
「確かに、りんごにはそれが無いな」

Mirim
「高いのはあるけど、
 “別世界”までは行かない」

Keigo
「理由はいくつかある」

歩きながら、Keigoくんが言う。

Keigo
「まず、構造的な話な」

Mirim
「うん」

Keigo
「りんごは、糖を一点に集中させにくい」

Mirim
「ブドウみたいに?」

Keigo
「できない。果肉全体に分散する」

Keigo
「だから糖度を上げると、全体が熟しすぎる」

Mirim
「……蜜入りの話だ」

Keigo
「そう。あれが限界ライン」

Keigo
「それ以上行くと、日持ちしない。
割れやすい。傷みやすい」

Mirim
「流通との相性のことかな」

Keigo
「まぁ、そうだな」

少し歩く。

Keigo
「次は、採算の話」

Mirim
「来た」

Keigo
「りんごは木がでかい。
 育てるのに時間がかかる」

Mirim
「一年じゃ無理だよね」

Keigo
「最低でも数年。しかも手入れが大変だ」

Keigo
「摘果。剪定。袋掛け。台風対策」

Mirim
「聞くだけで大変」

Keigo
「ここで極端な高級路線に振ると、
 失敗した年のリスクがでかすぎる」

Mirim
「一玉に全振りできないんだ」

Keigo
「そう。
 メロンは温室で管理できる。
 ブドウも房単位で選別できる」

Keigo
「りんごは“畑全体”が賭けになる」

Mirim
「……怖いね」

Keigo
「だから、
 一点豪華型に向かない」

少し間が空く。

Mirim
「……でもさ」

Keigo
「ん?」

Mirim
「それってつまり、
 りんごは“なれなかった”んじゃなくて」

少し言葉を探す。

Mirim
「“ならなかった”ってことなのかな」

Keigoくんは、すぐには答えなかった。

レジの音が、少し遠くで聞こえる。

Keigo
「……どうだろうな」

Mirim
「ブドウみたいに、
 糖度を極限まで上げる道もあった」

Mirim
「メロンみたいに、
 一玉に価値を集中させる道もあった」

Mirim
「でも、
 そうはならなかった」

カゴの中のりんごを見る。

特別じゃない。
でも、軽くもない。

Mirim
「選ばなかったのか、選べなかったのか」

Mirim
「それとも、最初から別の場所に立ってたのか」

答えは、まだ出ない。

でも一つだけ分かる。

この売り場に並んでいたりんごは、
どれも“失敗作”じゃないってことだ。

究極じゃないからこそ、ここにいる。

高級フルーツの棚じゃなく、
毎日の生活の中に置かれている。

Mirim
「……不思議だね」

Keigo
「何が」

Mirim
「ここまで考えさせといて、
答えをくれないところ」

Keigo
「りんごらしいな」

Mirim
「うん」

カゴを持ち直す。

この果物は、
完成をゴールにしていないのかもしれない。

それとも――  
完成の定義が、最初から違ったのか。

その答えは、
まだ棚の中に残っている気がした。


♦️第8章|日本のりんごは、なぜここまで分かれたのか


棚を一周して、ようやく分かった気がした。

りんご売り場に並んでいるのは、
赤いか」「甘いか」じゃない。

どこまで設計しているか”の違いだ。


日本のりんごは、
完成度を上げる方向で枝分かれしてきた。

しかもその完成度は、
価格や希少性だけじゃない。
食べる場面食べる人食べ方まで含めての完成度だ。


たとえば――


「はるか」
黄色系で、見た目は地味。
でも酸味を極端に削り、
「静かに甘い」ことに全振りした設計。
派手さより、長く食べられる甘さを選んだりんご。


「あいかの香り」
香り成分を強く残すための品種。
噛んだ瞬間より、口に入れた後に広がる。
味より“余韻”を作りにいった、かなり日本的な方向性。


「トキ」
王林系統をベースに、
甘さと歯切れを両立させた改良型。
「青りんご=酸っぱい」という誤解を
内側から壊しにいった品種。


「秋映」
見た目は濃い赤で重そうなのに、
中身は締まりがあり、香りは控えめ。
派手さを外側に集め、
中を安定させた“売り場向け”の完成形。


「世界一」
大きさそのものを価値にした異端。
味の尖りではなく、
「切った時の驚き」を含めて成立する。
体験込みで設計された、珍しい系統。


高級系と呼ばれるりんごほど、
共通点がある。

甘さが強い。
でも単純じゃない。
食感がいい。
でも万能じゃない。

どれも、
誰にどう食べてほしいか」が
最初から決まっている。


海外で評価されるフジは、
生で完成している”という一点で突出している。

一方、日本国内で枝分かれした品種たちは、
完成の仕方が違う。

・香りを残す
・酸味を残す
・歯切れを残す
・見た目を残す
・余韻を残す

何かを削って、何かを残す。


だから日本のりんごは、
これが正解」と言い切れない。

完成させているのに、
一つにまとめていない。


棚に並ぶりんごは、
競争の結果じゃない。

選び方が細かくなりすぎた結果だ。


わたしは思う。

日本のりんごは、
完成させすぎないことで、
選ぶ側に余白を残している。

だから今日も、
棚の前で立ち止まる。

どれも正しくて、
どれも違う。

それでいい、と
最初から分かっている果物だから。


カゴの中のりんごは、
たぶん正解じゃない。

でも、
今日の自分には合っている。

それだけで、
このりんご売り場は成立しているのだ。


Fin





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