父子のロードムービー北海道1983→2025⑩
●第十章:小樽運河、記憶の交差点
朝の便で南下し、小樽に着いた陽翔は、港町特有の甘い潮の香りと、カモメの鳴き声に迎えられた。
(ここも、父さんのログには詳細が少ないんだよな)
ログにはただ一言だけ、こう記されていた。
小樽、迷った。駅から坂。海。運河。坂。戻る。
まるで、迷宮のような記録。
観光地の名前もなく、名所も記されていない。ただ「迷った」とだけある。
陽翔はその言葉のままに、あてもなく歩いてみることにした。
坂を上り、旧国鉄手宮線跡地を越えて、商店街を抜け、運河沿いへ。
道の途中で出会ったのは、観光客ではない年配の男性だった。
釣り竿を片手にベンチに座り、ひなたぼっこをしていた。
「若いの、迷ったか?」
唐突な言葉に、陽翔は思わず笑った。
「ええ、まさに」
「いいねえ。迷える若者は貴重だよ。今の子たちは全部Google先生だろ」
そう言って、彼は運河の方を顎で指した。
「向こうにね、昔の倉庫街がある。今はおしゃれになってるけど、俺らの頃はただの冷たい石の街だった」
陽翔はそのまま、倉庫群の1つに立ち寄った。
中はカフェと土産物屋が並び、どこか観光地特有のにぎわいがあった。
だが、その一角に小さなギャラリーがあった。
木製の看板に「記憶のかけらたち」とだけある。
中には昭和の風景写真がずらりと並んでいた。
その中の1枚 ― 1983年、夏、小樽駅前で肩に大きなリュックを背負った少年が写っていた。
(…まさか)
陽翔は目を凝らし、そのリュックに縫い付けられたユースホステルのワッペンを見た。そして、そばにあった説明文にはこう書かれていた。
「1983年の夏、小樽を旅する少年。撮影者が行き先を尋ねると、彼は『行き当たりばったりです』と答えて笑ったという」
(…父さん)
その夜、陽翔は港近くのゲストハウスに泊まった。
天井の低い個室に、潮騒の音が微かに響いていた。
ベッドに横になりながら、陽翔は父がこの地で「迷った」理由を考えていた。
(きっと、道に迷ったんじゃない。自分に迷ったんだ)
父もまた、旅の終わりが近づく中で、何かを見つめていたのかもしれない。
答えのない問いに、向き合っていたのかもしれない。
だからこそ「戻る」と記したのだ。
陽翔は、天井を見つめながら、心の中で呟いた。
「父さん。もうすぐ僕も、戻るよ」
※冒頭のイラストはAI生成されたものです。
