01|『忘却エレベーター』🛗
『深層行動SF 脳の地形図』(全22話のもくじへ)
— 脳が忘れるのは故障ではなく最適化
エレベーターのドアが閉まった瞬間、
私は「あれ、何階を押したっけ?」と思った。
いつもの“物忘れ”……のはずだった。
だが、そのエレベーターは静かに喋った。
「忘れましたね。
あなたの脳と同じです。
不要な情報はすぐに手放す設計になっていますから。」
妙に落ち着いた機械の声だった。
「誤作動じゃないのか?」
「いいえ。
**忘却とは、過負荷を防ぐための“最適化”**です。
人間も機械も、全部を抱えて動くことはできません。」
エレベーターはゆっくり動きながら、
壁に、私自身の“過去の階層”を映し出した。
記憶の断片が階ごとに浮かび上がる。
ただし、それらは途中で淡い光の粒となり、
溶けるように消えていった。
「消えていく…」
「ええ。“思い出せない”のではなく、
“保存しなくてよい”と判断された記憶です。
重さを抱えたままでは、次の階に行けません。」
エレベーターは軽い音を響かせて止まった。
表示パネルには何も書かれていない。
だが、扉が開いた先には
不思議と“今の自分に必要な場所”が広がっていた。
「あなたはいつも正しい階を選んでいますよ。
忘れることすら——前に進むための動作です。」
そう言い残し、扉は閉まった。
私はしばらくその場に立ち尽くした。
忘れることが、怖くなくなっていた。
脳もエレベーターも、
昔からずっと、必要な荷物だけを運ぶために動いていたのだ。
