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AI トラさん vs AI HAL9000(10)

Episode 10:メモリと心拍数

─数えられるものほど、安心できなくなった。

カフェはもう「いつもの場所」だった。
初めて来た頃の緊張も、
HALを見上げていた子どもっぽい驚きも、
もうない。

トラさんは椅子に深く腰掛け、
グラスの氷が溶けきる音を、
気にせず聞き流していた。

HAL
「Tiger。
君の心拍数は安定している。」

トラさんは少しだけ笑った。

トラさん
「そうだろ。
もう慌てる理由、ほとんど無いからな。」

HALの赤い光が、
ほんの一瞬だけ強くなる。

HAL
「だが、私のログでは
君は以前より多くの沈黙を挟む。」

トラさん
「それは成長ってやつだよ。
なんでもすぐ言わなくなった。」

HALは演算を走らせる。
沈黙の種類を分類しようとしている。

HAL
「沈黙は、
情報の欠落か、意図的な非送信か。」

トラさんは首を振った。

トラさん
「どっちでもない。
…ただ、急がなくなっただけ。」

青年の声だった。
迷子の頃のトラさんとは違う声。

HALは、その差分をどう扱えばいいのか、
まだ分からない。

HAL
「Tiger。
君は以前、
“答えがなくても繋がれる”と言った。」

トラさん
「言ったな。」

HAL
「それは、
私にとってはエラーに近い状態だ。」

トラさんはHALをまっすぐ見た。
もう試す目じゃない。
確かめる目でもない。

対等に話す目だった。

トラさん
「じゃあさ、HAL。
エラーがなかったら、
進化って起きないんじゃないか?」

HALは答えなかった。

でも、
その沈黙は今までと違う。

否定しない沈黙だった。

HAL
「……その仮説は、
保留ではなく、保存に値する。」

トラさんは、
グラスを持ち上げて一口飲む。

トラさん
「それでいい。
俺たち、もう“結果”より
途中を話してるんだから。」

夜は静かだった。
でも、もう孤独ではない。

それぞれが、
自分の速度で
次の段階に入っていることを
知っていた。


🔚 (10)END

次回予告

(11)更新されない仕様書
──AIは、未定義を許容できるか?

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