小説「毎日企画書お父さん」②#011-020
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★第11章:バナナジュースの値段★
「で、バナナジュースはいくらで出すつもりだ。」
岩井が言った。
浜風庵の厨房からは、かすかに出汁の香りが漂ってくる。
「うーん。」
一義は腕を組んで考え込む。
「300ccで原価が200円くらい。手間もかかるし…税込みで500円、かな。」
岩井は顔をしかめた。
「高すぎだろ!」
「でもさ、最近の三崎じゃランチだって1000円超えが普通だろ。観光客向けならワンコインはアリかなって。」
「町の人間は寄りつかなくなるぞ。」
「そもそも観光客メインで考えてる。まぐろきっぷで来る人たち向け。」
岩井は少し考えてから、苦笑いした。
「ターゲットが最初から町の連中じゃないってんなら、ありかもな。」
「うん。で、町の人には“記憶再生クラブ”みたいなシール配って、それを見せてもらったらコーヒー100円にするってのはどうかな。」
「なるほど、無料にしないのは正解だな。二重価格にならないし。」
「そう。観光の人には普通にメニュー通りにして『協力金として町の活性化に使わせてもらいます』ってメニューに書いとく。」
「それなら、誰も文句言わねえだろうな。」
「バナナジュース500円、町の思い出100円、未来への協力金プライスレス、ってな。」
岩井は呆れたように頭を振ったが、その顔にはどこか楽しそうな色も滲んでいた。
★第12章:待合室、開店準備中★
翌朝、待合室の扉を開けると、夏の匂いが少し流れ込んだ。
陽翔はカウンターに段ボールを置き、持ってきた新品のメニュー表や、手書きのポップを広げた。
一義は奥から簡易的な冷蔵ショーケースを引っ張り出してきて、バナナと牛乳のパックを並べている。
「本当にカフェにするんだ…。」
陽翔が感心したように言うと、一義はショーケースを拭きながら答えた。
「言ったろ。未来への協力金回収所だ。」
笑いながらも、その目は本気だった。
陽翔は、入口横に立てる黒板にチョークで文字を書き始めた。
《バナナジュース500円 アイスコーヒー400円
町の人は記憶再生クラブ価格あり(シール提示でコーヒー100円)》
その下に、小さく添えた。
《売上の一部は、町の記憶を未来に残す活動に使わせていただきます》
準備はまだまだだ。
でも、待合室という空間が、少しずつ“動き出した”気がした。
外では、夏の陽射しが本格的になり始めていた。
★第13章:週末カフェと学生生活★
待合室の入口横に、手書きのポップが貼られた。
《営業日:土・日 10:00~17:00 ※平日は不定期営業》
カフェ待合室は、ゆるやかに、だが着実に町の中に馴染み始めていた。
陽翔は週末、できるだけカフェを手伝い、平日はリモート授業と時折大学への通学を両立させていた。
リュックにノートパソコンとカメラ、課題用のレポート資料。
駅へ向かうバスの中、陽翔は町の風景をスマホで撮ることもあった。
そんなある日、待合室のカウンターに、がっしりした男が立っていた。
「佐伯さん」
一義が声をかけると、男は無言でうなずいた。
佐伯。まぐ楽亭の店主。
無骨で近寄りがたい雰囲気だが、地元では知られた人情派だ。
「イベント屋台で出してるうちの特製カレーとガラナコーラ、使えよ。」
佐伯は、それだけ言ってポケットから手書きのレシピメモを差し出した。
一義は笑ってそれを受け取った。
「助かるよ。町の味、未来に運ばせてもらう。」
佐伯は照れたように肩をすくめると、すぐに踵を返して出て行った。
陽翔はその背中を見送りながら思った。
この町には、まだまだたくさんの声と手があるのだと。
★第14章:七海という名前★
週末の昼下がり、待合室に1人の若い女性が入ってきた。
白いブラウスに薄いデニム。小さなトートバッグを肩に掛けている。
ふと見た横顔に、陽翔は見覚えがあった。
小学校の同級生、七海。
「七海、だよな?」
声をかけると、彼女は驚いたように目を丸くした。
「え、陽翔?久しぶり!」
笑った顔に、あの頃の面影が残っている。
「今、ここでカフェやってるって聞いて、来てみたんだ。」
「うん、まあ、まだ開店準備中みたいなもんだけど。」
陽翔は照れくさそうに答えた。
七海は店内を見回し、小さくうなずいた。
「なんか、いいね。こういう店。」
彼女の言葉に、陽翔は少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
あの日々が少し、ここに繋がった気がした。
★第15章:未来のかたち★
翌日、陽翔は横溝と待合室で顔を合わせた。
テーブルの上にはタブレットとノートパソコンが並んでいる。
「ARって、こういうふうに使えるんだ。」
陽翔は画面をのぞき込みながら言った。
そこには、かつて存在した旧魚市場の建物が、町の現在の風景に重ねて表示されていた。
「過去を、今ここに立ち上げる。そんな使い方ができるんだ。」
横溝は軽く説明しながら、スライドを操作した。
そこに、ふいに七海が顔を出した。
「すごいね、それ。でも町って、そんなに全部、残さなきゃいけないのかな。」
横溝は軽く笑った。
「全部は無理だよ。でも選べるなら、少しでも手元に置いときたいっていう話。」
七海は窓の外を見ながら、小さくうなずいた。
「そうだね。でも、私は今の町も、好きだけどな。」
陽翔は2人のやり取りを聞きながら、
“未来のかたち”は1つではないと、ぼんやり思った。
★第16章:最初の打診★
三浦市役所の古びた建物に、一義は足を踏み入れた。窓口の奥、職員たちの忙しない動きの中に、どこかゆるやかな空気も漂っている。
「小学校ミュージアムの相談で来たんですが…。」
受付で伝えると、担当課のベテラン職員が応対に出てきた。
名札には「斎藤」とある。
年配だが、目の奥には穏やかさと警戒心が同居しているようだった。
「小学校ミュージアム、ですか」
斎藤はゆっくりと聞き返し、椅子を勧めた。
一義は、あらかじめまとめてきた企画趣旨書を差し出した。
「三崎小学校を中心に、地域の教育文化の記憶を残す取り組みです。」
斎藤は資料に目を落としながら、ぽつりと言った。
「三崎小学校…まだ現役ですね。」
「ええ。現役の学校である限り、当然、校舎の使用は求めません。
今も文科省の特例校に指定されていて心配していないのですが、
万一、統廃合の話がまた出るようなことになった場合の準備というか…。
いや、そうなってほしくはないので、とにかく小学校というキーワードを中心に町の記憶を記録したいんです。」
斎藤は腕を組んだ。
「悪い話ではないですが、現段階では正式な検討案件にはできませんね。」
想定していた答えだった。
一義は少し笑った。
「分かってます。最初の種まきだと思って下さい。
自分でできる事だけで、始めていきますから。」
斎藤は一瞬だけ、表情を和らげた。
「田乃家、分かりますか?」
突然の質問に、一義は目を瞬かせた。
「昔、市役所の若手連中、よく昼に通ったんですよ。
あそこの焼うどん。もう、どれだけ食べたか分からないくらい。」
一義は笑った。
「大きな水車が回っていて。あの店の前のタケダ薬局がうちです。
田乃家さんには本当にお世話になりました。幼稚園の年長くらいでカツ丼平らげてました。そのタケダ薬局を小学校ミュージアム準備室として使うつもりです。ずっと『準備室』のままでいいと思ってます。」
斎藤は懐かしそうにうなずいた。
「町の記憶ってやつは、簡単に消えそうで、でもふとした時に生き返る。不思議なもんですよ。」
その言葉に、一義は小さく頭を下げた。
この町には、まだ希望がある。そう思えた瞬間だった。
★第17章:佐伯に相談する★
夕暮れ、待合室のカウンターに、一義と佐伯が向かい合って座った。
佐伯はいつも通り、無骨な表情で缶コーヒーを片手に持っている。
「市役所に行ってきました。」
一義が切り出すと、佐伯はチラリと目を動かした。
「で、どうだった。」
「悪くはなかった。ただ、現状では正式には検討できないって。」
佐伯は鼻で笑った。
「役所なんてそんなもんだ。あいつら、自分のケツに火がつくまで動かねえ。」
「まあ、分かってたけど。」
一義は苦笑いを浮かべた。
佐伯は缶コーヒーを置き、低い声で続けた。
「だけどな、一義。お前みたいにバカ正直に正面からぶつかっても、潰されるだけだ。やるなら、地道に味方作れ。町の人間に、先に火を点けろ。」
一義は、黙って頷いた。
「そうだね。この待合室も、町に改めて根を張るために始めたつもりだし。」
佐伯はふっと口角を上げた。
「なら、いい。俺も協力する。あんまり表には出ねえけどな。」
それだけ言うと、佐伯は缶コーヒーを飲み干し、無言で立ち上がった。
重たいドアがきぃと軋み、夜の町に佐伯の背中が溶けていった。
空になったカップを見つめながら、一義は改めて思った。
町の声を拾うこと、それこそがこの戦いの第一歩だと。
★第18章:元三崎中学校の提案★
数日後、再び市役所を訪れた一義に、斎藤は控えめな笑みを浮かべた。
「少し進展がありましてね」
斎藤は机の上に新しい資料を広げた。
「三崎小学校については、今も使われている学校ですから、特にできることはありません。ただ…」
斎藤は言葉を区切った。
「元三崎中学校、現在、市の一部施設として使われていますが、使われていない教室も多いんです。そちらを一時的に使っていただく形なら、調整できるかもしれません。」
一義は静かに耳を傾けていたが、その目は明るかった。
「ありがとうございます。それなら、ぜひ。」
斎藤は笑った。
「まだ正式決定ではありません。内部調整やら手続きやら、これから山ほどあります。でも、町のために動こうという人がいるわけですから、我々もできることを考えたいと思います。」
一義は深く頭を下げた。
元三崎中学校。
それは、思い描いていた夢の、まだ遠い入り口に過ぎない。
けれど確かに、扉は開き始めた。
★第19章:町に吹く風★
夕方、待合室の窓を開けると、潮の香りを含んだ風がふわりと入り込んだ。
陽翔はカウンター席に座り、ぼんやりと外を眺めていた。
そこへ七海がふらりと現れた。
「やってる?」
「一応、開いてる。」
陽翔が笑いながら答えると、七海も小さく笑った。
2人は並んでカウンターに座った。
しばらく何も言わずに、流れる時間だけを感じていた。
やがて、七海がぽつりと呟いた。
「昔からさ、この町って、なんか優しいよね。」
陽翔は頷いた。
「何もないけど、ちゃんと人がいる気がする。
婆ちゃんが薬局やってた頃は色んな方言が聞こえた。
日本中の色んな所から船乗りが来てたから。」
七海は窓の外を見ながら、にっこりと微笑んだ。
「何か作るとか、変えるとか、そんなに難しく考えなくてもいいのかもね。」
「うん。たぶん、まずは残すこと、だよな。」
2人はまた黙った。
ただ、同じ町の空気を、同じリズムで吸い込んでいることが、
それだけで十分な気がした。
★第20章:耳を澄ませる町★
潮風が通り抜ける待合室で、陽翔と七海は並んで座っていた。
「残すこと、だよな。」
陽翔がぽつりと言った時、背後から聞き慣れた声がかぶさった。
「そうだ。残すことだ」
振り向くと、一義がコーヒーカップを片手に立っていた。
「先人の知恵に学べ、とも言うけどさ、ご先祖様が生き延びたから今の俺たちがいるって、単純なことだけど、皆、分かってるのかな」
陽翔は思わず聞き返した。
「分かってる気はするけど、それと小学校ミュージアムと、どう関係があるわけ?」
「簡単じゃないか。沖縄の人なら誰でも、みんな知ってる。ご先祖様が生き延びたから今の俺たちがいるって。」
陽翔は心の中で突っ込んだ。
(みんな知ってるって、断言するし。ってか、なんで急に沖縄だよ)
一義はコーヒーを一口飲んで、続けた。
「そんな先人の知恵を活かすには、過去に耳を澄ませろってことだ。身近な過去、小学校の思い出の良さを感じてほしい。そうすると、過去を振り返るのが楽しくなり、大切なことを過去から学べる人になるだろ!」
陽翔は肩をすくめながら、内心で呟いた。
(うっ、うっかり納得してしまった…。)
七海はクスクスと笑いながら窓の外の空を見上げた。
町の空には、ゆっくりと秋の気配が漂い始めていた。
✨次回予告
次回では一義の活動に興味を持った記者が登場します。その取材で記者のまなざしに照らされることで、待合室の輪郭が浮かび上がります。やがて、その言葉は新聞を通じて町へ──そして、町の外へと広がります。町の記憶が、静かに、確実に動き始める。「毎日企画書お父さん」③はこちら。
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本作は個人による連載実験です。
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