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阿片戦争から始まる1940年の世界観

1940年2月3日の『朝日新聞』に、ある本の広告が掲載されている。

外務省通商局編纂
『米國對支經濟勢力の全貌』

という本である。

タイトルの通り、これは
アメリカの対中国経済活動を分析した研究書だ。

新聞広告として見れば、特別珍しいものではない。
戦前の新聞には、官庁関係の出版物の広告も普通に載っていた。

だが、この広告を読んでいて、少し面白いことに気づく。

文章の書き出しである。

阿片戦争以来支那に侵入した諸外国の勢力は…

つまり、この本は

阿片戦争(1840年)

から話を始めている。

1940年の記事なのに、
歴史の起点はちょうど100年前だ。


100年前から始まる「現代」

この書き出しは、当時の国際認識をよく表している。

阿片戦争以降、中国には

  • イギリス

  • フランス

  • ロシア

  • アメリカ

  • 日本

などの列強が進出した。

租界、利権、投資、鉄道、銀行。

外国勢力の存在が、中国社会の構造を大きく変えていく。

この広告文は、その流れを踏まえ

中国問題を考える上で外国勢力の経済活動を無視することはできない

と説明する。

つまり

阿片戦争から続く100年の国際関係

を背景に、
アメリカの中国進出を分析した本、というわけだ。

1940年の読者にとって

阿片戦争から現在まで

は、一つの歴史の流れとして理解されていた。


100年前という距離

ここで少し面白いことを考える。

去年(2025年)、日本では
「戦後80年」という言葉をよく耳にした。

1945年から80年。

私たちは、その時間の長さを
一つの歴史の区切りとして感じている。

1940年の人々にとって、
阿片戦争(1840年)は、ほぼそれに近い距離にあったと思う。

およそ100年前である。

しかも当時は、メディア環境が今とは比較にならないほど限定されていた。

新聞、雑誌、書籍。
情報の流通は今よりはるかに少なく、

記録される文字も映像も、圧倒的に少なかった。
動画はほぼ無いと言えるほど少なかった。

そう考えると、1940年の人々が
阿片戦争を起点に世界を語ることに、私はあまり違和感を感じない。

むしろ興味深いのは、そこにある時間感覚だ。

80年前を振り返る私たちと、
100年前を振り返る1940年の人々。

過去を見つめる距離感は、
思っているほど違わないのかもしれない。


文章に出てこない存在

もう一つ興味深い点がある。

この広告は

  • 列強の進出

  • 中国社会

  • 経済勢力

について語るが、

日本の立場についてはほとんど触れない。

文章の構造は

西欧列強
→ 中国

という関係で語られている。

そのため読者には自然に

日本はその外側にある

という印象が生まれる。


研究書という形

この本は

  • 軍の宣伝冊子でも

  • 政治スローガンでもない。

外務省通商局編纂の研究書である。

つまり「調査研究」という形で提示された国家の世界認識だった。
露骨な宣伝ではない。

しかし、

歴史の枠組み
世界の見方
国際関係の理解

は、すでに一定の方向に整理されている。


気が付けば茹でガエル

露骨な宣伝だと人は警戒する。

だが

  • 調査

  • 分析

  • 研究

という形になると、それは客観的知識として受け取られる。

だからこそ、こうした文章は
静かに社会に浸透していく。

露骨ではない。

だからこそ、姑息。

気が付けば――

茹でガエル。


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