AIマハーバーラタ|判断不能の時代3
第3章|英雄は、全員「正しい」
— だから誰も止められない
マハーバーラタには、
分かりやすい悪役がいない。
いるのは英雄だけだ。
しかも、全員が正しい。
勇敢で、誇り高く、
義務を理解し、
それぞれの立場で最善を尽くしている。
問題はそこにある。
英雄とは、本来、
物語を前に進める存在だ。
だがマハーバーラタでは、
英雄たちが物語を固定してしまう。
なぜなら彼らは、
引き返せない。
英雄は妥協しない。
英雄は逃げない。
英雄は、自分の正しさを疑わない。
それは美徳だ。
だが同時に、
世界を止める力でもある。
アルジュナは迷う。
だが迷った末に、
弓を置くことはできない。
ビーマは怒る。
だが怒りを抑えて
何もしないという選択はしない。
カルナは耐える。
だがその忠誠は、
裏切りという形でしか更新できない。
ドゥルヨーダナは傲慢だ。
だが彼は、
自分が不正だとは思っていない。
彼らは皆、
自分の位置から見える世界では、
完全に正しい。
そしてその正しさは、
互いに干渉できない。
英雄同士は、
説得し合えない。
理解し合えても、
譲れない。
なぜなら英雄とは、
「譲らないこと」を期待される存在だからだ。
ここで物語は、
奇妙な構造を持ち始める。
誰か一人が間違っていれば、
物語は修正できた。
誰か一人が卑怯であれば、
止める理由が生まれた。
だが全員が正しいとき、
修正は不可能になる。
マハーバーラタの戦争は、
英雄の失敗ではない。
英雄たちが、
あまりに正確に
英雄であり続けた結果だ。
この物語では、
正しさが暴力に変換される。
理念が剣になり、
忠誠が矢になり、
誓いが戦車を走らせる。
そして誰も、
それを止める権限を持たない。
英雄は、
止めるために存在しない。
進めるために存在する。
だから戦争は始まる。
それは狂気ではない。
暴走でもない。
むしろ、論理的帰結だ。
マハーバーラタは、
英雄を疑う物語ではない。
英雄という仕組みそのものが、
判断不能の世界では
致命的になることを描いている。
ここで、
最後の逃げ道が塞がれる。
もう「誰が悪いか」は問えない。
残るのはただ、
誰が、引き金を引くか
という問題だけだ。
⇒ 第4章|クリシュナ問題 を読む
