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AI旧約聖書|人類のOSを読み直す 05

第5章|バベルの塔=分散処理の失敗事故

バベルの塔は、
人類が神に挑んだ傲慢の象徴として語られてきた。

だが創世記の描写は、
それほど感情的ではない。

人々は怒っていない。
暴れてもいない。
ただ、こう言っている。

「さあ、町と塔を建てよう。
天に届く塔を建て、
名を上げよう。
地の全面に散らされることのないように。」

ここには悪意がない。
あるのは、合理的な不安だけだ。


洪水を経験した人類は、
知ってしまった。

世界は壊れる。
分断される。
失われる。

だから人間は、
集まり、
固まり、
一つになろうとした。

バベルの塔は、
権力の誇示ではない。

統一による安全確保の試みだ。


問題は、
人々が同じ言葉を話していたことではない。

問題は、
すべてが同じ仕組みで動いていたことだ。

単一言語。
単一目的。
単一価値。

世界は、
一つのプロトコルに統合されつつあった。


ここで神が行ったのは、
破壊ではない。

塔は壊されていない。
人々が殺されたわけでもない。

神がしたのは、
通信の遮断だ。

言語を分け、
意味を分け、
理解を分断する。

これは罰ではない。
スケール制御である。


なぜ神は、
塔の完成を待たなかったのか。

理由は単純だ。

完成すれば、
止められなくなるからだ。

単一システムが
地の全面を覆えば、
その失敗は、
世界全体の失敗になる。


神は言う。

「彼らは一つの民で、
言葉も一つ。
これが彼らの始めたことだ。
これから何を企てても、
止められないだろう。」

ここにあるのは恐怖ではない。
設計上の判断だ。


バベルの塔事件は、
神が人類を信用しなかった証拠ではない。

むしろ逆だ。

人類が、
あまりにも早く
スケール可能な存在になってしまった

だから神は、
性能を下げた。


言語の分断は、
文明の遅延を生んだ。

誤解。
争い。
断絶。

だが同時に、
局所的な失敗を可能にした。

一つの都市が壊れても、
世界は終わらない。

一つの思想が間違っても、
他が残る。


バベルの後、
人類は散らされる。

これは罰ではない。

冗長化だ。

世界は、
不便になった。

だが、
壊れにくくなった。


ここで、
旧約の神の姿勢が
はっきりする。

神は、
人類の進歩を止めたいのではない。

一度の失敗で終わる世界を
作りたくなかった
のだ。


バベル以降、
神は「全体」を扱わなくなる。

個別に呼び、
個別に語り、
個別に契約する。

次に現れるのは、
集団ではなく、
一人の人間。

世界を一つにする物語は、
ここで終わる。

これから始まるのは、
選ばれた個と、限定的な契約


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