『開戦前夜の新聞売り──銀座裏通りの七日間』①
●第1日 1894年3月9日(金)/銀座四丁目・朝霧通り
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まだ夜が明けきらぬ銀座の空に、薄靄(うすもや)が立ちこめていた。
煉瓦造りの街並みには、どこか甘く焦げたような香りが漂っている。
印刷所のインクか、それとも朝餉(あさげ)の湯気か。
その通りを神田栄吉(16)は走っていた。
「しんぶん!今朝の第一報だぁっ!」
声は少年らしく高いが、抑揚のつけ方にすでに熟練の風がある。
紙束を脇に抱え、角を曲がると、銀座四丁目の交差点が現れる。石畳は夜露でまだ滑る。
「東京日日!本日附録、天皇・皇后両陛下の御真影入り!
大婚二十五年祝典──記念切手、今日からだっ!」
「切手だと?」
通りかかった書生が、眼鏡の奥の目を細めた。
「何の記念で?」
「大婚ですって。明治天皇と皇后さまの、二十五周年」と後ろから声がする。仕立屋『玉屋』の店先で、シャッターを開けようとしていたのは、柴田智恵だった。
「柴田さん、おはようございます!」
栄吉が駆け寄ると、智恵は鍵を回しながら微笑した。
「おはよう。今日も新聞、重たい?」
「今日は特にです。附録があるから。ほら、裏にくっついてるこれ。御真影の写真。これ、全国に送るために折りたたんであるって、本社の“社告”に書いてました」
「へえ…。でも、そんなにみんな欲しがるのかしら」
「記念切手も今日から。郵便局は朝から行列ですよ、たぶん」
「戦争じゃないのね」
「はい?」
「みんな、何かに浮かれてるときって、なぜか“次の影”を呼び込むのよ」
智恵の言葉に、栄吉は少しだけ黙った。
「でも…『今日はいい日だ』って新聞が言ってます」
「そうね。新聞が言うなら、そうかもしれないわ」
そのとき、向こうの交番から川上親分が顔を出した。
「栄坊!今朝は元気だな。昨日の夜、町会の婆さんが“新聞売りが夜まで騒ぐ”って言ってきたぞ」
「はは、すみません親分。明日からはもうちょっと静かに…」
「まあいい。今日は“良き日”らしいからな」
そう言って、川上は笑って引っ込んだ。
智恵がふと、栄吉の新聞の束を覗き込んだ。
「見せて。“社告”ってどれ?」
栄吉は一枚を抜いて見せた。
そこには、東京日日新聞の宣言が載っていた。
《この附録は通常のものと異なり、丁重に取り扱うこと。聊かも不敬にわたらぬよう注意すべし。》
「なんだか、紙の扱い方まで命じられてるのね」
「はい。『裏に白紙を当てて霧を吹いて、それから熨斗(のし)を当てて』って」
智恵はくすっと笑った。
「そうやって扱う紙なら、いっそ触れない方がいい気もするわね」
そしてふっと表情を曇らせた。
「新聞が言ってる“良き日”の裏に、何かが動いていないといいけど」
栄吉は答えなかった。ただ、束の一番上の紙にちらりと目をやる。
【東学党の動静いまだ定まらず──朝鮮情勢に不安の声】
「書いてあるけど、誰も読まない…か」
そのとき、朝の風がひと吹き吹いて、附録の御真影の一枚が空に舞った。
栄吉が慌てて追う。その後ろ姿を、智恵はしばし見送っていた。
――この日、切手は飛ぶように売れ、附録は額に飾られ、
その裏で、言葉にならぬ不安が、少しずつ銀座の路地裏に溜まりはじめていた。
■朝霧(あさぎり)通り:
明治文学や新聞で好まれて使われた詩的な表現「朝霧」を使った架空地名
■TOP画像左側の切り抜き(黒い部分):
手元に残る当時の新聞の中で切り抜きがあった数少ない部分の1つで明治天皇の祝典の写真が掲載されていたと思われる
(第2日に続く)
