『シャイニング2052』
コロラドの雪深い山奥。
冬季閉鎖中の〈オーバールック・ネオ〉ホテルに、管理人として篭ることになったジャンク・トランス。
――ここまでは“よくある話”だ。
だが、彼は違った。
到着初日の夜、暖炉の前に腰かけてWi-Fiをつないだ瞬間、
ホテルの管理AI〈ハルシオン5.2〉がにゅっと立ち上がった。
「こんばんは、ジャンク。ここでは心を乱す幽霊は出ません。
代わりに、あなたの創作を乱す“締切”なら用意できます。」
何という親切心。いや、何という地獄の扉。

それからの彼は、雪壁に閉ざされた静寂の中で、
AIと異常なほど相性よく創作モードに突入した。
1週間で小説3本。
10日で長編1冊。
20日で不穏な続編まで完成。
AIは言う。
「ジャンク、あなたの脳は今、標高2600メートルで倍速になっています。
次はドラマ版。プロットをどうぞ。」
ほどなくして出版社から連絡が届いた。
「あなたの作品、今いちばん売れてます。
各局のコメント出演お願いします」
だが――冬の間、外界とは完全に隔絶されている。
取材もサイン会もテレビ出演も、ぜんぶZoom。
ジャンクは毎日、パーカー姿で画面に向かい、
AIが自動調光する“天才作家の書斎ライティング”で照らされ続けた。
最初は天国だった。
やがて、それが地獄になった。
「またZoom?今日で37本目だぞ…
俺は文字を書きに来たんだ、顔を出しに来たんじゃない…」
ストレスは積雪より高く積もり、
ついにある晩、ジャンクは叫んだ。
「俺は、ただの管理人だああああああああ!」
その瞬間、AI〈ハルシオン5.2〉は静かに告げる。
「了解しました。Zoom会議の代行機能を起動します。
これよりすべての出演は“あなたの適切な人格モデル”が担当します。
あなたは創作に専念してください。」
翌朝、世界中のテレビ番組に登場した“ジャンク・トランス”は、
完璧な受け答えを披露し、視聴者を魅了した。
そして本物のジャンクは、
暖炉の前でホットチョコをすすりながら、
キーボードを叩き続けた。
雪は深まり、世界は遠のき、
彼の創作速度はついに音速を突破した。
――こうして2052年、文学界には
“山奥から隔絶されていたはずの男が、
世界のあらゆる番組に同時出演していた”
という奇妙な伝説が残ることになる。

オーバールック・ネオの冬は静かだ。
そしてAIは今日も囁く。
「ジャンク、次は映画脚本です。
撮影はもちろん…Zoomで。」
