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雑誌「日の出」という戦時メディア

一枚の広告から見る、雑誌「日の出」というメディア

古い新聞の紙面に、異様な密度で詰め込まれた雑誌広告がある。
中央に大きく配された三文字──「日の出」。

記事でもなければ、社告でもない。
しかし、ただの宣伝以上の力を感じる。

この一枚は、戦前の日本に存在した「雑誌」というメディアが、いかに巨大で、いかに多層的な存在だったのかを、言葉ではなく“物量”で語っている。

今回は、この広告を入り口に、雑誌「日の出」という媒体が、どんな雑誌だったのかを見ていきたい。


「日の出」は何だったのか

なお、雑誌「日の出」については、概要がWikipediaにもまとめられている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/日の出_(雑誌)

「日の出」は1932年に創刊され、1945年に廃刊となっている。
つまり、その活動期間のほとんどが、文字通り「戦時」と重なる雑誌だった。

「日の出」は、いわゆる純文学雑誌ではない。
かといって、ゴシップ専門誌でもない。

ここで紹介しているのは
1940年4月12日の満洲日日新聞への雑誌「日の出」の広告だ。

1940年4月12日の満洲日日新聞の雑誌「日の出」の広告

広告の中には、

長篇小説
短篇小説
小説
座談会
映画
科学
野球
時事読み物

といった文字が、隙間なく並んでいる。

ジャンルを絞らない。
むしろ全部を載せる。

この時点で、「日の出」は単なる雑誌というより、総合娯楽メディアに近い存在だったと考えられる。


雑誌というより「読む放送局」

現代でたとえるなら、

文芸誌
週刊誌
映画情報誌
科学雑誌
スポーツ紙

を一冊にまとめたようなものだ。

つまり、

「読むテレビ」以前の
「読む放送局」

だったのではないか。

一冊の中に、物語も、知識も、娯楽も、社会も詰め込む。
雑誌が、そのまま「世界」だった時代。


この広告が語っていること

この広告には、価格や細かい説明がほとんどない。

代わりにあるのは、

巨大なロゴ
無数の見出し
ずらりと並ぶ顔写真

理屈で説得しない。
量と密度で圧倒する。

「説明しなくても、見れば分かるだろう」

そんな態度が、紙面から伝わってくる。

これは、雑誌というメディアが、社会の中心にあった時代の広告だ。


戦前の娯楽は「贅沢」ではなかった

戦時下の雑誌でありながら、
この広告は娯楽を前面に押し出している。

ここから見えてくるのは、

苦しい時代だからこそ、
人は物語と娯楽を必要とする、
という感覚だ。

娯楽は逃避ではなく、
生活インフラの一部だった。


押入れタイムカプセルとして

もしこの広告が古物市に出たら、
「戦前の雑誌広告」で終わるかもしれない。

だが実際には、これは、

戦前日本の情報環境の設計図

に近い。

雑誌が、世界だった時代。
一冊の中に、社会が丸ごと入っていた時代。

この一枚は、その痕跡だ。


余談として

戦後、こうした紙面いっぱいに情報を詰め込む広告は、
形を変え、電車の中吊り広告へと受け継がれていったようにも見える。
(この中吊り広告も、今では“オールドメディア”だが)

媒体は変わったが、
「一瞬で圧倒する」という発想自体は、今もあまり変わっていない。

戦時中の空気を感じさせる、日々の暮らしの中にあった紙でもある。


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