開花新聞 1895 ー 通信と市井の記録③
※本作は明治期の新聞記事を基に構成したフィクションです。
それに加えて後半では当時の広告について解説しています。
明治28年(1895年)5月。日清戦争が日本の勝利で終わり、下関条約が締結された直後。だが、三国干渉(露仏独)が突きつけられ、遼東半島を返還することになる日本政府。戦勝気分の裏で不満、困惑、そして次なる戦争への予兆が静かに芽吹いている時期。新聞では女工の待遇改善、庶民の暮らし、衛生問題などが日々報じられ、“兵の凱旋”と“市井の不穏”が奇妙に共存した時代の空気を感じて下さい。
●第3話「通信と新聞」
【登場人物】
川村涼太:電信局見習い(17歳)
楠見雪江:近所の紙文具店の娘(16歳)
村野治:開花新聞の記者(40代)
黒川:電信局の上司(50代)
明治28年(1895年)5月10日(金)
開花町・電信局前
――――――――――――――――――――――――――――――――
【朝・開花町電信局前】
朝の出勤時間。局舎前に人の流れがある。電報の束を持って慌ただしく出てくる制服姿の涼太。雪江が小さな包みを抱えて角から歩いてくる。
雪江「あ…川村さん。おはようございます」
涼太(立ち止まり)「あ、おはよう。おつかいですか?」
雪江「父が役場に届ける文書をね。今朝の新聞…少し怖かったですね」
涼太、無言でうなずく。
新聞の見出し:
《朝鮮にて民乱拡大/京城近郊に新たな衝突》
《電信線切断多発、通信混乱続く》
雪江「なんだか“戦争が終わってない”って感じがする」
涼太「通信が乱れてるせいか、局内も落ち着かないです」
局舎から出てきて涼太に指示する黒川。
黒川「川村、横浜分の再通報分、すぐ局内へ。あと午後便の遅延も調整しておけ」
涼太「はい!」
雪江が小さく頭を下げて立ち去る。
【昼・局内の一角】
村野記者が局にやってくる。黒川が対応する。
村野「こんにちは。例の通信断線の記事、掲載前にいくつか確認を…」
黒川「『電線が切られた』と書かれると我々の手落ちのように見える。確証はあるんですか?」
村野「『民乱の影響である可能性が高い』と軍部筋の談話を得ています」
そのやり取りを離れた所で聞いている涼太。
黒川「それなら『談話によると』の留保を必ずつけてくれ」
村野(にこりと笑う)「もちろん。新聞は“全て”を書ける道具ではありませんから」
【夕方・電信局裏の空き地】
涼太が空き時間に、使い終えた電信紙を束ねている。
涼太(独白)「文字は伝える。でも、“伝えないこと”もまた決まっている。
通信と新聞…。どちらも同じことをしてるのかもしれない」
──その夕刻、電信線の向こうに沈む陽が、かすかに赤かった。
■京城(けいじょう):現在の韓国・ソウル
■「談話によると」という表記:明治期からすでに新聞紙上で軍部筋の匿名談話や出典留保が行なわれていた
📰 この日の広告
連載第三話の舞台となった同日付の『開花新聞』紙面には、当時の都市生活を映し出す様々な広告が掲載されています。中でも目を引くのが帝国生命保険株式会社の縦長広告(下に画像あり)と、その少し右横に配置された、ドイツ由来の滋養品「アロイロナート(Aleuronato)」の広告です。

アロイロナートは、「牛乳に勝ること十五倍、壹匁(いちもんめ)あたり大鶏卵四個分の養分を含む」とうたう高栄養サプリメント。老若男女、病後回復や産前産後にも勧められるとされ、先進的な“化学の滋養品”として流通していたのでしょうか。右隣にある目薬「一点水」広告の倍近いサイズをとっており、当時の新聞における広告主としても、なかなかの存在感を放っていたことがうかがえます。

その上部には、天賞堂の懐中時計や舶来薬、眼病治療、金銀買取といった都市型消費の象徴ともいえる広告群が並び、まさに“日常と近代”が混在していた時代の空気が伝わってきます。今ではほとんど忘れられた薬や商品名から、明治の街角でどんなものが目に触れ、人々の生活と結びついていたのか──その手がかりが、広告欄には詰まっています。
■この日の開花新聞(明治28年5月10日号)では朝鮮半島の騒乱や電信線の断絶に関する報が掲載され、戦後の不安定な通信網と政情が伺えます。
※この物語は明治時代の新聞記事や社会状況をもとに構成されたフィクションです。史実との距離を保ちつつ、当時の暮らしの息遣いを描く試みです。
