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戦後のレトロラベル|02

諏訪の街角で、仕立ての灯をともして

——三崎・小林洋服店のマッチ広告より

今回はマッチ箱です。
(ラベル集の一部として、表面だけ切り取られて残っているものです)

つやのある朱色の地に、ほっそりとした紳士のイラスト。
「最新流行」「親切丁寧」——そんな言葉が誇らしげに並んでいます。

さらに縦書きでこうあります。
三崎港 諏訪 小林洋服店 電話 六四〇番

昭和20年代から30年代頃、三浦市の「諏訪」にあった洋服店の広告用マッチと見られます。


「三崎港 諏訪」の表記は謎…

昭和の商店街に息づいていた、仕立て屋の風景

諏訪は今も三崎に存在する地名ですが、その位置は北条湾の奥。ここを三崎港と表記することは、少なくとも現在はほぼありません。もしかして昭和20年代には三崎港にも諏訪があったのでしょうか…?(情報求む)

筆者の記憶にある諏訪の商店街は昭和40年代まで港町の賑わいを感じさせるエリアの1つでもあり、鮮魚店、精肉店、青果店、食堂、雑貨店、菓子店、小さなスーパー、理容室、パチンコ店、銭湯などが軒を連ねていました。筆者も保育園への通園路にこの商店街が入っていました。

その中にあった小林洋服店は、いわゆる「仕立ての店」。既製服がまだ一般的でなかった時代には、こうした洋服店が町の暮らしを支える大切な存在でした。

マッチに書かれた「電話 六四〇番」という番号からも、当時の通信インフラの様子が垣間見えます。今では考えられないシンプルな番号ですが、戦後間もない頃の三崎では、これで十分だったのでしょう。


マッチ箱から見える、記憶のかけら

広告用マッチは、昭和の町ではよく配られていました。商店、飲食店、理容店…。どこもオリジナルのマッチを作っては、手土産のようにお客に手渡したといいます。今だと駅などで配るポケットティッシュのような存在とも言えます。

箱ひとつから読み取れるのは、店の名前だけではありません。

どんな顔のご主人がいたのか。どんなお客がこの店でスーツを誂えたのか。
マッチの炎がともされるたびに、小林洋服店の小さな看板が、町の誰かのポケットの中で灯っていたのです。


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※本記事についてのご案内

本記事は昭和20年代に使用されていたと見られる広告ラベルを紹介するものです。記載されている情報は当時のものであり、現在の営業実態や個人とは関係がありません。資料的価値を重視し、地域の記憶を記録する目的で公開しておりますが、掲載内容に関して問題がございましたらご連絡ください。速やかに対応いたします。

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