書簡文学|軍需工場からの手紙
― 一九四四年七月
送り主は、十五歳の少女だった。
差出の住所には、はっきりとこう書かれている。
栃木県足利郡山辺町
中島飛行機株式会社 足利工場内
櫻寮 第一棟
受取人は、
神奈川県三浦郡三崎町に暮らす兄。
それだけで、この手紙が置かれている場所は分かる。
海の町と、内陸の工場。
兄と、年の離れた妹。
そして、戦時下。
書き出しは、穏やかだ。
「随分、お暑くなりました。」
彼女は、初めての寮生活について書いている。
朝は五時に起き、掃除をし、洗面を済ませ、
食堂へ行き、庭に集合し、朝礼を受け、
汽車の駅へ向かう。
汽車は走って、
工場のある町へ向かう。
寮から駅まで、
駅から工場まで。
彼女は、その距離を、正確に記す。
仕事は、飛行機の部品づくりだという。
座ってできる仕事で、
少し慣れてきたから大丈夫。
係の人が、よく教えてくれる。
午後三時には、十分間の休みがある。
一斉に外へ出て、体操をする。
作業は四時半に終わり、
汽車に乗って、寮へ戻る。
風呂は一晩おき。
布団は新しく、つるつるしている。
部屋は十八畳で、十二人。
面白い人ばかりで、
毎日は忙しいけれど、愉快だと書いている。
この手紙の目的は、はっきりしている。
兄を、安心させること。
だから、大きなことは何も書かれていない。
けれど、最初の休日の話になると、
文章の調子が、少しだけ変わる。
彼女は、親類の家へ立ち寄っている。
工場と寮のあいだにある、
家族の記憶が残る場所。
そこで、
たくあんと、大豆を醤油で炒ったものをもらった。
別の家では、
梅干しと、おにぎりと、じゃがいも。
体操服は縫ってもらい、
洗濯までしてもらった。
彼女は、その場所を
「家へ帰ると」と書いている。
自分の家ではない。
けれど、帰った、と書く。
寮にいると、一日は長い。
けれど、その家にいると、
一日はとても短い。
そう書いてから、
彼女はまた、寮へ戻る。
この手紙は、
検閲を通ることを分かって書かれている。
だから、葉書にしたとも、書いている。
それでも、
生活の細部は、隠しきれない。
起床の時刻。
汽車の走る時間。
布団の感触。
もらった食べ物の名前。
この家では、
誰かが見送り、
誰かが遠くへ行き、
誰かが家に残り、
そして、一番年下の妹が、
生活を書くことで、家族をつないでいた。
戦争については、ほとんど書かれていない。
けれど、
この手紙そのものが、
それぞれ違う形で進んでいた戦争の、
ただ中に置かれている。
兄は、この手紙を読んで、
きっと、こう思っただろう。
――走っている。
ちゃんと、生きている。
それで、十分だった。
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【▲ヘザー落合のNote案内所】
《追補》
本文中に出てくる太田は、現在の行政区分では群馬県に属する。
ただし当時、足利周辺の軍需工場と寮、鉄道の動線は、
現在の県境の感覚とは必ずしも一致していなかったと考えられる。
手紙の書き手にとって重要だったのは、県境ではなく、
汽車で通える距離に工場がある、という事実だったのだろう。
