1937年、昭和12年の固定電話料金
昭和12年、電話代16円50銭という現実
――1枚の請求書から見える、インフラと生活の距離

昭和12年、電話代16円50銭という現実
――1枚の請求書から見える、インフラと生活の距離
押入れに眠っていた1枚の紙。
「電話料金告知書」。
東京都市逓信局。
昭和拾貳年度。
四期分定期電話料、金16円50銭。
派手な図柄はない。感情的な言葉もない。あるのは罫線と活字と「必ず指定期限迄に御納め願ひます」という事務的な一文だけ。
だが、この16円50銭という数字は、
当時の生活にとって決して軽いものではない。
16円50銭は、3か月分だった
この告知書は、
3か月に一度の定額制の電話料金を知らせるものだ。
つまり、月に直すと 5円50銭。
これは通話した分の料金ではない。
使った量に応じた課金ではなく、
電話を「持っている」こと自体に課される費用、基本料金だった。
電話は、まだ誰もが持てる道具ではない。
それは生活の中にはあっても、
明確に「特別なインフラ」だった。
この基本料金に含まれていたもの/含まれていなかったもの
ここで重要なのは、
この基本料金に何が含まれていたのか、という点だ。
この16円50銭に含まれていたのは、
市内通話である。
同じ市内、同じ交換局管内であれば、
回数の制限は事実上なく、
自宅や事業所から自由に電話をかけることができた。
いまの感覚で言えば、
「固定電話の基本料金+市内通話込み」に近い。
だが、
東京などへの長距離通話は、ここには含まれていない。
郵便局に行って、電話をかけるという行為
昭和12年当時、
長距離通話は「日常」ではなかった。
多くの人は、
自宅から直接、東京に電話をかけることはしない。
代わりに向かったのが、
**郵便局(電話局)**だった。
窓口で、
「東京、〇〇番をお願いします」
と告げる。
交換手が手動で回線をつなぎ、
通話が終わると、
その場で料金を支払う。
長距離通話は、
距離
通話時間
によって料金が決まり、
原則として即時清算だった。
私の祖父の作文には、
「郵便局に行って東京に電話をした」という描写がある。
これは記憶違いでも誇張でもなく、
当時の制度として、
きわめて自然で正確な行動だった。
長距離電話は「用件」であり、「出来事」だった
この時代、
長距離電話は雑談のためのものではない。
用件がある
急ぎである
書簡では間に合わない
そういう場合にだけ、
わざわざ局に出向き、
つないでもらい、
料金を払って話す。
だからこそ、
「東京に電話をかけた」という行為自体が、
作文や記憶に残る。
市内通話が日常なら、
長距離通話は出来事だった。
昭和12年前後の物価感覚
昭和10年前後の一般的な物価を見てみると、
米10kg:1円前後
映画館の入場料:20〜30銭
大工の日当:2〜3円
公務員初任給:70〜80円程度
この感覚で考えると、
月5円50銭という電話代は、
日当2〜3円の人が、
丸2日分以上働いて支払う額に相当する。
電話は「あると便利」な道具ではあっても、
「気軽に維持できる」存在ではなかった。
現代に換算すると、いくらか
単純な物価指数換算に意味はないが、
生活費に占める比率で考えると、
この電話代は、
現代の感覚で月7,000〜10,000円程度に近い。
スマートフォンの通信費というより、
固定電話の基本料金
インターネット回線の維持費
社会とつながるための最低限のコスト
それらを一つにまとめたような重さがある。
印刷された金額が語るもの
この「16円50銭」は、
手書きではなく、最初から印刷されている。
使用量に応じて算出された請求ではなく、
制度として一律に課される料金。
電話を使うかどうかではない。
電話を持っている身分に対して請求される金額。
この紙は、
電話がすでに「生活用品」ではなく、
社会参加のためのインフラだったことを物語っている。
「集金には出向きません」という一文
この告知書には、
もう一つ見逃せない一文がある。
【此の料金を集金に出向くことは絶対にありませんので御注意下さい。】
一見すると、ただの注意書きだ。
だが、これがわざわざ印刷されているという事には、
明確な理由がある。
つまり、
当時すでに、
電話料金を名目にした詐欺や成りすましが横行していたということだ。
インフラが生まれると、詐欺も生まれる
昭和12年当時、
電話はまだ限られた家庭や事業者しか持っていない。
だからこそ、
電話を持っている家=ある程度の経済力がある
通信制度は一般の人には分かりにくい
「官庁」「逓信局」を名乗られると疑いにくい
こうした条件がそろう。
結果として、
「料金を集金に来ました」
「未納があります」
といった手口は、
現代とまったく同じ構造で成立していたと考えられる。
90年前と、今日が地続きであるという証拠
現代でも、
電話会社
通信料金
公的機関を名乗る連絡
を装った詐欺は後を絶たない。
昭和12年のこの紙は、
「それがすでに社会問題だった」ことを、
感情を交えず、
活字だけで示している。
技術は変わる。
だが、制度の隙を突く手口と、
人の心理は、ほとんど変わらない。
名前が書き込まれた瞬間

二枚目の告知書には、
手書きで名前が記されている。
私の曾祖父の名だ。
名前が書き込まれた瞬間、
この紙は突然、身近になる。
国家の通信制度と、
1人の生活と、
1つの家計が、
ここで接続される。
請求書とは、
制度が個人に届いた痕跡でもある。
静かな紙が、いま語り出す
この紙に、
特別な事件も、劇的な記録もない。
だが、
電話というインフラ
金額という現実
詐欺への注意喚起
郵便局に行ってかける長距離電話という行為
そして、名前という痕跡
それらが1枚に揃うと、
昭和12年の日常が、静かに立ち上がる。
地味に、
でも確実に「生活の重さ」が浮かんでくる。
これも、
押入れタイムカプセルの1枚だ。
