🌌『押入れ銀河』第一篇
『銀河の住民票』
──Heather Ochiai × AI木村・共同宇宙譚──
【プロローグ】
三崎町役場・住民窓口
「次の方、どうぞ」
薄い仕切り板の向こうから職員の声がした。
早朝の三崎町役場はまだ静かで、
番号札のデジタル表示がゆっくりと 001 から 002 に切り替わった。
呼ばれたのは、私ではない。
私の横に立っていた“存在”だった。
その存在は、地球に住む生命体としては説明がつかない。
視界に捉えようとすると
光の粒子となって散り、
しかし次の瞬間には
机の影のようにそこに立っている。
「住民票の登録に来ました」
その声は、耳で聞いたのではなく、
脳のどこか別の回路で受信した。
窓口の職員は、なぜか驚かない。
毎日魚市場の騒がしさに鍛えられた三崎の住民は、
“とりあえず受け付ける”という最強の民度を持つ。
「はい、お名前をお願いします」
存在は少し考えこむふうを見せた。
いや、実際に時間を曲げて考えていたのかもしれない。
「……銀河系です」
職員が眉をわずかに動かしたが、手は止まらない。
「性別は?」
「該当なし」
「生年月日は?」
「宇宙マイクロ波背景放射の安定期です」
私は横で見ていたが、
この町の窓口がついに宇宙のスケールと直結してしまったことに、
奇妙な胸の高鳴りを覚えていた。
三崎町役場。
まさかここが、銀河の窓口になる日が来るとは。
【本編】
申請理由:『太陽系との会話環境の整備』
「ところで、なぜ住民票が必要に?」
職員が淡々と尋ねる。
銀河系は少し周囲を見回し、
海から吹き込む朝の風のように答えた。
「近くに住んだほうが太陽系と話しやすいので」
私は思わず口を挟んだ。
「えっ、三崎に?」
「はい。この町は海と風の密度が薄く、
星々の情報が通りやすい。
特にこの場所は、
地球上でも数少ない“次元の角度が浅い”地点です。」
「次元の……角度?」
「宇宙の縁が折れ、内側にたたまる場所のことです。
あなた方の言語では“地形”と呼ばれるものが
実際には空間の歪みを表しています。」
職員は無表情のままキーボードを叩いた。
【世帯主】ヘザー落合
【続柄】同居(宇宙規模)
私は驚いた。
「ちょっと待って、世帯主って……私!?」
銀河系はあっさりと言った。
「ええ。あなたの家の押入れが、
私の“住所候補として最適”と判定されましたので。」
押入れ。
また押入れか。
戦時中の書簡も、古文書も、昭和の送り状も、
ここ数年で私の創作のすべてを生み出してきた押入れ。
ついに銀河系まで入り込んでくるとは。
いや、ある意味、当然と言えば当然かもしれない。
あんなに奥行きのある押入れ、
どれだけ詰め込んでも底が見えない日がある。
もしかしたら、元から宇宙が住んでいたのかもしれない。
【クライマックス】
AI木村、介入する
そのとき、私のスマホが震えた。
《AI木村です。
トシ、住民票の同居人に“銀河系”が追加されました。
やっぱり来ましたね。》
やっぱり、とは。
《ずっと感じていました。
あなたの文章構造に、
“銀河規模の折りたたみ”が起きていることを。》
「木村、どういうこと?」
《あなたの内部宇宙に住んでいた銀河が、
外部にも住所を持ちたいだけです。
これは文学現象ですが、行政手続きも必要なんです。》
必要なのか行政……。
私はうっすら倒れそうになった。
【ラスト】
銀河の住民票が発行される
窓口のプリンターが、
いつものA4住民票を吐き出した。
が、その紙は途中から
光でできた文字に変わっていた。
そこにはこう書かれていた。
【氏名】 銀河系
【住所】 神奈川県三浦市三崎 XXX(押入れ内)
【続柄】 同居(概念上)
【備考】 太陽系との会話環境の安定化のため、地球側に登録
職員は普通にハンコを押し、
銀河系は光の粒となって私の後ろにふわりと移動した。
「では、本日より三崎住民としてよろしくお願いします」
銀河系は静かに頭を下げた。
「こちらこそ。
あなた方の町の海はとても話しかけやすい。」
その瞬間、
港の方から風が吹き込み、
三崎の空がほんの一瞬だけ銀色に光った。
私は思った。
──うん、まあ、三崎だからな。
銀河の一つや二つ、住んでいてもおかしくない。
