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方面委員の物語(05)

唱え続ける男 妊婦に赤子そして信仰と精神疾患

昭和14年、ある町の旅館で、ひとりの男が突如として「経を唱え続け、仏壇から動かなくなった」という通報がありました。妊娠中の妻と、ほどなく産まれる赤子。周囲は騒然となり、対応にあたったのは方面委員でした。

この男、資雄(すけお)は宗教に傾倒するあまり、精神の平衡を失ったようでした。「これは神のさずけた天命だ」と言い張り、まるで何かに憑かれたように読経を止めようとしません。そのうち様子はさらにおかしくなり、旅館の仏壇を動かそうとしたり、近隣の者を怒鳴りつけたりするようになりました。

委員はすぐに警察や精神病院に連絡を取り、なんとか資雄を病院へ移送。その直後、妻は産気づきました。助けを求めてきたのは資雄の遠縁にあたる女性。ちょうど旅館組合の人が家屋の修繕に入っていた最中で、急きょその場にいた産婆を手配し、無事に赤ん坊が生まれました。

しかし、赤子の世話はそこからが本番です。母親は体が弱く、すぐには授乳できません。委員は哺乳瓶の手配や育児資金の捻出に奔走します。家は雨漏りがひどく、冬を越せる状態ではなかったため、修繕資金の貸付にも動きました。

方面委員はこうして、精神病者の収容から出産の補助、乳児の養育、家の修理までを一手に担いました。ひとつ間違えれば、全員が共倒れしていたかもしれない。そんな綱渡りの現場で、地域のつながりと制度の力が家族を支えた実例です。

解説:信仰と心身症と地域の支援

この実例では、当時の日本社会において、信仰と精神疾患が曖昧に交錯していた様子が如実に描かれています。資雄の言動は「経文にのめり込む」という信仰的行為でありながら、それが極端になった結果、「精神異常」と判断され、強制的な入院という措置へと至りました。

1930年代の日本では、新興宗教の拡大とそれに対する警戒が社会問題化しつつありました。特に、社会からの孤立や生活困窮の中で人々が「救い」や「意味」を求めることは、自然な流れでもありました。一方で、それが「過熱」や「常識外れ」と見なされると、たちまち精神疾患との境界線が引かれ、排除の対象ともなり得たのです。

資雄の家族には、妊婦、乳児、そして病人が同時に存在していました。方面委員はその全体を俯瞰し、地域の人脈(親戚女性、産婆、旅館組合など)と制度(病院、育児補助、住宅貸付)を横断的に活用して支援しました。このような「包括的な伴走支援」の実践は、現代のソーシャルワークにおける「ケースマネジメント」とも通じる視点と言えます。

なお、資雄の精神状態がその後どうなったのか、記録には残っていません。けれど、赤子は無事に育ち、冬を越す環境も整ったことが記されており、方面委員の活動が少なくとも「母子の命」を守ったことは確かです。

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※このシリーズは毎週月曜更新予定です。
※記事冒頭のイラストはAI生成でモデルは存在しません。

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