【長編小説】 2085 : エデンの果て PART Ⅱ ⑷ 【連載】
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PART Ⅱ
Chapter 04
ゼロコア旋風は日本だけにとどまらず、世界にも広まった。暴動や混乱が報じられ、その原因となった"ゼロコア"、そして『エデンの果て』、それぞれにも注目が集まっていた。
CNNをかけると、キャスターが真剣な表情で喋っていた。画面の右上には「TOKYO RIOT」と表示されている。
「——近年まれに見るAIインフラへの直接的な暴露行為。日本発の"ゼロコア"と呼ばれるハッカー集団の告発により、国民は混乱、いくつもの暴動も起こっている。すでに複数の都市機能も停止。だがその一方で、これは新たな"倫理の革命"として、欧米圏の若者たちからも注目を集めつつある」
俺は音量を上げ、画面の翻訳字幕に目をやった。続いて映し出されたのは、ロンドンの路上。雨の中、若者たちが横断幕を掲げている。手描きの文字でこう書かれていた。
「Queer as a Clockwork Orange(見た目は普通だが中身はかなり変だ)」
その隣では、ゼロコアのマークに似たロゴを印刷したTシャツを着た少年が、「日本のゼロコアに連帯を」と叫んでいた。その顔に憎しみはなかった。憧れにも近い何かがあった。
海外に広がっている。俺が書いた『エデンの果て』。出版中止になったあの日から、国内では書店の棚からも検索エンジンの候補からも消された。出版社には行政指導が入り、「販売停止処分」と報じられた。でもそれは火に油を注いだ。
全文を文字起こしして拡散する者が現れ、英訳が生まれ、仏訳が、独訳が、そして中国語圏やアラビア語にまで及んだ。
俺は、言葉を呑み込んだ。この現実に、どこか夢のような、あるいは悪夢のような感覚が入り混じっていた。俺の文章が、名前も顔も知らない他国の学生の手に渡り、彼らのスローガンになっている。
俺は、そこに責任を持てるのか? 肩が重くなった。画面の中で、今度はスペインの広場で叫ぶ若者の姿が映る。彼らもまた、自分の正義を抱えている。でも、彼らが語る正義は、俺が意図したものと同じだろうか? それともまた、別の物語に書き換えられているのか?
気づけば、背後に水咲が立っていた。タブレットを持っている。
「見たか? アイスランドでも翻訳版が出版されたらしい」
「……マジで?」
「んで、アイスランドの公用語って何語か知ってるか? "氷語"っていうらしいぜ」
「え、なんか可愛いね」逢坂が笑う。
「表紙にはお前とゼロコアの写真が使われてた。ボカしてあるけどな」
苦笑が漏れた。なにが真実で、なにが虚構か、誰が俺を知っていて、誰が偶像を信じているのか、わからなくなっていた。
「よかったじゃん。世界に届いたんだ」
各国でゼロコアの名が取り上げられていた。アメリカでは「デジタル革命の内部告発者」として賞賛する声。ヨーロッパでは「理想主義的テロリスト」として警戒する声。アジアのある国では、「これは日本の静かな内戦の始まりだ」と報じられていた。
どれも事実の一端であり、どれも本質を掴んではいない。ただ、確かに言えるのは、もう無視はできないということだった。
外では、物流の混乱に伴ってゴミが回収されず、街の臭いが変わり始めているという。アジトの空気も、変わってきていた。焦燥や怒りの奥に、どうしようもない疲労と、ほんの僅かな希望が入り混じっていた。誰かが、静かに水を飲み、誰かが、タブレットを閉じ、誰かが、黙って外を見つめていた。
誰もなにも言わなかった。けれど、それでよかった。言葉ではなく、まだ言葉にならないなにかが、ここに漂っていた。それを、俺は掴み損ねないように、ただ、目を開いていた。
「もう黙って見てるだけじゃ、いけないんじゃねぇか」水咲が言う。
「名前だけが先に暴走してる。このままじゃマジで”神を否定するテロ組織”にされちまうぞ」
夕季は背もたれに深く沈みながら、黙っていた。しばらくの沈黙のあと、彼は小さく呟いた。
「接触するか」
「……誰と?」俺が訊いた。
「パントクラトル教の幹部と。教会本部の代表と話がしたい」
俺は思った。確かに今、言葉の力はもう届いていない。あまりにも大きな誤解と、暴力の連鎖の中で、俺たちは元々の目的を奪われていた。
「でも、どうやって? 向こうは俺たちを"敵"と見てるかもしれない」
「向こうにも理性ある人間はいるはずだ。連絡手段は……水咲、アクセスできるか?」
「待ってろ……」
水咲は端末を開き、いくつかの匿名サーバを経由してアクセスを始めた。指がすばやく動く。数分後、彼はうなずいた。
「いける。ゼロコア代表より対話を求むって送ってみる」
「そんな簡単に返事くるの?」逢坂が聞いた。
AI信者と会ったって、会って会話できたとして、どういう展開に持っていけるのか。この現状を変える策が見つかるのか。ましてや罠の可能性もある。こちらに武装を外させて、向こうは武装して襲ってくるかもしれない。そんな不安の中、俺たちはただソファに座って返事を待った。
——そして数分後、思ったよりも早く、そして手短に返事は来た。
「……来た」
「は?」
「受け入れます。ただし、武装も監視装置もすべて解除のうえで来ること」
「……って。場所は、千代田区の旧商業ビルの大聖堂。時間は明日の朝10時だって」
あまりにもあっさりと通じたことに、全員がしばし無言になった。
「あっちも話したいと思ってたんじゃないか?」と俺が言った。
「そういうことだ」と夕季が立ち上がった。
「行こう。俺たち全員で。これ以上、誤解の上に誤解を積み重ねさせたくない」
「武器は?」
「置いていけ」
その言葉に、逢坂は小さく笑った。「……らしくないね。でも、いいわ。行こう」
夕季は無言で頷いた。
俺たちは少しだけ重くなった空気の中で、互いの顔を確認し合いながら、静かに準備を始めた。正義なんてものはもうどこにもなかった。それでも、まだ語ろうとしている相手がいるなら、お互いに歩み寄れるかもしれない。それを確かめるために行く。
つづく
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