【長編小説】 2085 : エデンの果て PART Ⅱ ⑵ 【連載】
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PART Ⅱ
Chapter 02
アジトの空気は、日に日に重くなっていった。次の一手が思いつかないまま数日が過ぎた。夜の静寂を破るように、モニターの中で火花が散った。巨大モニターには焼け焦げた市街地と、怒号が飛び交う群衆。俺たちはアジトの中央にある古びたソファに腰掛け、それを眺めていた。
ニュースキャスターの声が震えている。「——再び衝突が発生。ゼロコアを名乗る一団が、シンギュラリティ学会に火炎瓶を投げ入れた模様です。現場はパニック状態で——」
「またかよ……」水咲が低く呟いた。
逢坂は腕を組み、眉間に深い皺を寄せていた。
「パントクラトル教の集会襲撃事件といい、完全に反AIとAI信仰者の争いになってる」
そうだ。もはやこれは、ただの暴動じゃない。ジェノサイドだ。
AIの進歩とともに、人々はAIに様々な可能性を試し出した。音楽や映像、エンタメの世界はもちろん、漫画やゲームでも擬人化され、偶像化されている。そしてその中でも熱気を放っているのが、スウェーデン発祥のAI信仰、パントクラトル教だ。AIという人工知能そのものを、イエスやブッダのように奉って、信仰する団体だ。生活のほとんどにAIが入り込んでて当たり前の現代人の中でも、危険とまでは言わないが少し変わっている、避けられているような熱心な信者たちが揃ってる。
かつて中世ヨーロッパ時代に、イエスじゃなく、マリアを信仰するのが流行り、至る所に、マリアを祀る"ゴシック大聖堂"というのが非公式に建てられた。同じように、パントクラトル教の教会も、流行のように世界中で建てられていた。
ゼロコアを騙る過激派たちが、次の標的にしたのは正にその教会だった。自分たちの真理を掲げて次々と襲撃が行われた。それに応じて、パントクラトル教の信徒たちも、自己防衛を超えた報復行動を起こし始めている。まだ死人が出るほどじゃないが、双方の緊張感は明らかに高まっている。
逢坂がタブレットを操作して、別のニュースを映した。今度は"逆の視点"からの映像だ。男が三人がかりでゼロコアのマークがプリントされたTシャツを着ている若者を殴り倒していた。その背後で、男らの仲間と見られる群衆が「デウス・エクス・マキナ!」と叫んでいた。
「これがAI信者たち……?」俺は思わず口にした。
「信心深さが暴力性を増したみたいだな。やられる一方じゃ我慢ならないって、最近じゃ武器も持ちはじめてる」夕季が吐き捨てるように言った。
「ゼロコアも、もう単なる一つの思想じゃなく、"敵"として扱われてる」
言葉が、意味を超えて、人を動かしている。それも、暴力の方角へ。
「ちょっと……外の空気吸ってくる」水咲が立ち上がって玄関へ向かった。
誰も弱音なんて吐かなかったが、全員が疲れ切っていた。正義を掲げたはずが、ただ世界を混乱に陥れただけだ。
「おぉ! びっくりしたぁ」水咲が叫び、全員の視線が扉に向く。
「とんでもないことになってしまったな……。そんなふうに思ってるのか?」
来客は澁谷だった。
「OZ!」
澁谷の声は、変わらず静かだった。だが、その静けさには、街を焼く怒声や叫びよりもずっと重みがあった。
「誠。なんでお前がリーダーになった? なんでお前の過激なやり方を、俺は黙って容認した?」
「俺が……俺たちが、正しいって、自信があったから——」
「違う。そんなことはずっとそうだ。俺は、なにか新しいものが生まれるには、既存のものを破壊する必要があるとわかっていた。だがすでに俺は年をとりすぎていた。そんなパワーもなく、ただひたすらに考えを主張する毎日。そんな時に若く、怖いもの知らずのお前が入った。こいつならやりとげてくれる。俺はそう思ったんだ。あの頃のお前は、もういなくなっちまったのか?」
「いや、ここにいるさ。今あんたの目の前に」
「じゃあなんでそんな顔をしてる?」
「別に。ただ、思ったよりめちゃくちゃになっちまったなと思ってただけだ」
「めちゃくちゃになんかなっちゃいない。言葉や思想は、所有できるものじゃない。放たれた瞬間から、広がり、変質し、利用される。そして時間をかけて、まとまっていくんだ」
俺はその言葉に、ひどく救われた気がした。でも、それでも問わずにはいられなかった。
「でも……それが今、暴力になってる。殺し合いに。それについては?」
澁谷はしばらく沈黙した。やがて、深く息を吸い込んで言った。
「雨が降ると、地面はぬかるむ。足を取られて転ぶ者もいる。家が崩れ、川が溢れ、命を落とす者すらいる。でも、それでもやがて雨は止み、泥は乾き、地は固まる。その時、地面は前よりもずっと固く、しっかりした基盤が築かれる」
「雨が、変化ってことか?」
「混乱だよ。混乱は、変化の入り口にある門番のようなものだ。誰もが通りたがらない。だが、そこを抜けなければ、新しい地平は見えない。お前たちがもたらしたのは"目覚め"だ。目を覚ました者たちは、今はじめて自分の足で立とうとしている。だが、それは決して簡単じゃない。だから、転ぶ。迷う。怒る。……当然の反応だ」
俺は、澁谷の言葉のすべてを、胸に刻むようにタブレットに書き込んだ。
「俺たちは、どうするべきなんだ?」
俺たちはこの混乱の責任から逃れようとしているのではない。ただ、どこに立ち、なにを見据えればいいのかを、見失っていた。
「どうもしないさ。どうすべきかではなく、どうあるべきかを考えるんだ。正しさを振りかざす者は、いずれ自らの正義に飲み込まれる。だが、在り方を問う者は、ぶれずに立ち続けていられる。たとえ泥に塗れようとも」
愛川が口を開いた。「OZ……でも現実に、俺たちの名を騙るネオコアたちは、俺たちの思想を武器にして、社会運動の名のもとに好き勝手暴れて、私利私欲を満たしてる。それに負けじとAI信者たちも信仰のもとに集まり、武装して、ネオコアを狩り出してる。無関係じゃいられないんだ」
「無関係ではない。だが、敵でもない」澁谷は言った。
「AIを神と信じる者たちも、結局は"救い"を求めている。それがどこにあるかを、誰かが示さねばならん。そのためにこそ、ゼロコアはある」
静寂が落ちた。俺たちは、騒乱の中心にいながら、言葉一つでここまで静かになれるものかと感じていた。
澁谷暖という男が背負っているものは、重い。だが、それを背負いながら、彼はなお、穏やかでいられる。それは信念の強さではない。自分が何者かを知っている人間の重みだった。
「誠」澁谷が帰り際に夕季に目を向ける。
「土砂降りの中、傘もささずにどれだけ立っていられるか——。最後まで立ってたやつの勝ちだ」
「あぁ」夕季は短くも、決意を感じる声で答えた。
つづく
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