見出し画像

【長編小説】 2085 : エデンの果て PART Ⅰ ⑺ 【連載】

※長編を章ごとに分けて投稿していきます。♡フォローで最新話もお見逃しなく!

勝手にOP主題歌のコーナー

Muse - Hysteria

PART Ⅰ


Chapter 07



 投稿からわずか数分で、予想通り拡散され、どれもすごいインプレッション数になった。あらゆるSNSのトレンド欄はそれ一色に染まった。だが主要メディアは、どこも沈黙を守っていた。

「沈黙が一番の証明だな」夕季が言った。「AI管理社会がどこまでメディアを支配してるか、可視化されてるようなもんだ」

 注目度のわりには、今のところ反応は、いつも通りだった。

「またフェイクか? もう陰謀論者いいよ」

「これを信じちゃうやつはネットやめたほうがいい」

「ガチっぽくて怖いんだけど。AIで精査したら捏造されたものじゃないって出たんだけど……」

「わりと精密なデータじゃね? 捏造でこんな細かく作れるもんか? てかそんなことしても誰も得しないし」


 引用、反論、検証、バズったかと思えばすぐに疑念が飛び交う。決定的な事件として認識されるには、まだ足りない。

「いつも通りだな」水咲が肩をすくめた。

「なぜここまで信じないんだ。普段は信じてるAIで検証しても捏造じゃないって出てるのに」

「怖いからさ。信じたくないんだ。もしこれが本当だったらどうすればいいんだ? とんでもないことだぞっていう感情が、都合よく現実を受け入れないようにする。人はビルから落ちた時、地面に着地する前にもうすでに意識を失ってるらしい。防衛本能だよ」

 俺はSNSの反応を追いながら、端末に言葉を走らせていた。最初は箇条書き。事実、時系列、発言、雰囲気、空気の変化。次に感じたこと、考えたこと、メンバーたちの表情。全部書き出す。これが、俺の任務。ただの観察者ではなく、ジャーナリストとしての役割だ。

「文章、いい感じ?」逢坂が覗き込んでくる。

「あぁ。まだ草稿だけどな。日報みたいなもんだ。あとで肉付けして、一本にまとめていく」

「どんな風に書くつもり?」


「自動書記だ。ジャーナリスティックに攻めるか、ルポ風にリアルを見せるか、それともノンフィクション小説として情緒的に描くか……その時々、無意識に従って書く。これはただの報告書じゃない。俺が、ここで見たこと、聞いたこと、感じたこと、それをありのまま世間に伝えたいんだ」

「本にするって言ってたな。タイトルはなににするんだ?」愛川が珍しく口を挟んだ。

「……『エデンの果て』かな」

「なるほど。理想を求めた完璧な楽園。その行く末は天国なのか地獄なのか……。いいタイトルだ。ベストセラー間違いないな」

「あぁ。ありがとう」

——窓のない部屋に、朝も夜もない。ゼロコアの拠点では、いつでも時間が宙づりにされている。夕季がラーメンを煮ている。アノニマスなゼロコアの世界観に反して、生活は驚くほど人間的だ。誰かが流すロックミュージック、乾いた咳。缶ビールを開ける音。そんな貴重な穏やかな時間を切り裂くように、一つの通知音が鳴った。

「きたぞ……。とうとう手に入れた」

「なんだ?」

「医療AI《ソゾ》のデータだ。医療関係者の中でも、限られた人間にしか見れない内部プロトコル。悪魔もゾッとするぞ」

 別の場所を拠点にしているメンバーから、ファイルが共有された。何重にもロックされたファイルを破った先にあったのは、どんな陰謀論よりも現実味がある、しかし誰もが口にしない真実だった。

「倫理非介入ガイドライン 対象患者の社会的貢献度、予測される生涯納税総額、及び扶養者数等の因子が国家利益を下回ると判断された場合、当該患者に対して最適医療措置の義務はない」

 こんな文言が実際の医療AIの中に存在していた。生活保護を受けている。重度障害で自立が難しい。高齢者で今後の生産活動が見込めない。……そうした"国家に利益をもたらさない存在"と判断された者には、最適な治療を施さなくてもいいというアルゴリズムが存在していた。

 該当患者のカルテには、それを示すマークが表示され、上から伝達される。あからさまに殺しはしない。ただ、見捨てる。

 震え上がるほどの事実だ。命と国益を天秤にかけ、患者をふるいにかける。これが都市伝説じゃないなら、もうこの国には誰も逆らえない。ソゾの判断は完璧で、誤診や医療ミスはないと信じられていた。だがそれは、命に点数をつけた上での完璧さだった。

 ソゾの内部データが投稿されたのは、未明の4時36分だった。

 画像、データ、そしてなにより決定的だったのは、ソゾの意思決定アルゴリズムの中に含まれていた"社会的生産性"の数値化ロジックだった。

「対象は年間納税額、労働可能年数、消費傾向、扶養関係を加味し、国家的コスト比に基づき、緊急性と回復予測に反して介入レベルを調整せよ」

 その一文だけで、なにが行われていたかは明白だった。命の選別。こんな悪魔の所業が、AIを使って行われているなんて。

「こんなの誰も信じないか、信じたくないだろうな」

 モニターを見つめたまま夕季がつぶやいた。朝方にも関わらず、投稿から一時間後、すでに閲覧数は数百万を超えていた。けれど、拡散されるリポストのコメントは賛否半々。

「作り物。医療関係者より」「どうせ加工された文書」「去年亡くなった近所のおばさんも生活保護受けてたって聞いたけどさすがに偶然かな」「うちのじいちゃんもソゾのせいで死んだのか」

 疑いと納得が交錯し、大多数は傍観している。

「数字で命の優先順位を決めるなんて……」

 逢坂が震える声で言った。

「国に利益をもたらさない者は救わなくてもいいって、ほんとに商品の在庫みたい」

「正確には、"最適医療措置の義務はない"だ」
愛川が冷静に補足する。

「その境界線を曖昧にしてるから、倫理違反でも違法でもない。現代のAIはすべて"経済合理性"と"社会的持続性"という免罪符の下に設計されてる。ソゾが特別悪質なわけじゃない」


 夕季がそう言い終わった頃、外から聞きなれないモーター音のような音が聞こえた。

 俺は立ち上がり、カーテンをめくった。薄明るい朝日を背に、無機質なドローンがこちらへ向かって飛んでいた。

「逃げろ! 自爆型ドローンだ!」

 夕季の叫び声と共に、モニター前にいた水咲が立ち上がり、机の下にある非常用スイッチを叩いた。照明が赤に変わり、壁際のパネルが静かに開いて、緊急用の出口ルートがあらわれた。

「こっちだ!」夕季が声を張る。

「データが……!」逢坂が機材へと駆け出すが、もう間に合わない。愛川が無理矢理逢坂の腕を掴み緊急用出口に投げ込んだ。

 俺は咄嗟に外に目をやった。ドローンは二機。無音のはずの空間を、エンジン音が軋ませる。宙を切り裂くように、高速で接近してくる。全身を貫く冷たい戦慄の中で、端末を胸に抱えて逃げ込んだ。

 狭い廊下を抜け、俺たちは地下のルートへ走った。水咲が背後のドアを閉じ、指紋認証と音声ロックで封鎖する。

 背後から響く爆音。地面が揺れ、ほこりが舞い上がる。照明が一瞬だけ落ち、非常灯が青く灯った。

 水咲が咳き込みながら、振り返る。「直撃だ……」

「データが……」逢坂が呟く。

「大丈夫だ」夕季の声が静かに響く。「最も重要なデータは、ここにある」

 そう言いながら俺の端末を指差した。

「すべてを書いてるな。今までの元データが消えた今、お前の記事が証拠だ。襲撃されたことも書け。このボロボロの状態の建物と機材の写真も撮っておく。どう抗おうともう逃さない」

 俺たちがいま闘っているのは、政府だけじゃない。この無関心に慣れてしまった世間だ。証拠だけでは人は動かない。心を動かす物語が必要なんだ。だからこそ、書かねばならない。この目で見たことを、この体で感じたことを。

「……晒してやろう、全部。真実を伝えて、世界の闇を暴く。作られた神はもういらない。すべてを壊して、本当の神を復活させる時だ」

 まだ煙の立ちのぼる廃工場の中、俺はそう呟いた。


つづく


勝手にED主題歌のコーナー

Vampire Weekend - White Sky


↓次のエピソード↓

いいなと思ったら応援しよう!

幸田サスケ©︎ 応援よろしくお願いします!

この記事が参加している募集