【長編小説】 2085 : エデンの果て PART Ⅰ ⑷ 【連載】
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Muse - Hysteria
PART Ⅰ
Chapter 04
数日後、澁谷の工房に呼び出されたのは、まだ日が落ち切っていない夕方だった。
「面白い奴に会わせてやる」
澁谷の言葉を半信半疑で受け止めながら工房に入り、言われるがままに錆びついた階段を上ると、そこには若い男がいた。
金属製の作業机に寄りかかって、工具を片手で適当にいじっていたその男は、顔も上げずに俺の後ろにいる澁谷に声をかけた。
「OZ、こいつは誰だ?」
「こいつは有岡レイジ。ゴンゾのジャーナリストらしい。本質を突き詰めて真実を伝える使者だ」
澁谷がわざとらしく持ち上げながら俺を紹介した。
「よろしく。有岡でもレイジでも好きに呼んでくれ。君は?」
「夕季誠。ゼロコアのリーダーだ」
管理社会に抵抗する反政府組織『ゼロコア』。そのリーダーが目の前にいる。反体制の象徴のような存在だ。
俺は緊張を悟られないようにしながら手を差し出し握手を求めた。意外にも素直に応じた夕季の手の付近には、やはり澁谷と同じタトゥーが彫ってあった。
「あの、OZってのは?」
「オリジナル・ゼロのOZだ。ゼロコアを創ったのはあの人だからな」
驚く間も与えてくれず、夕季は続けた。
「紹介してくれたのはありがたいが、時間の無駄は嫌いなんだ。なにを企んでるんだOZ?」
「ゼロコアの記事を書いてもらおう。ネット上では多少俺たちの話題も出てるようだが、まともなメディアは俺たちをひた隠す。変な影響を受ける人間を少しでも減らすためにな。おかげで俺たちはただの都市伝説、尾ひれがついた創作物の対象だ。ゴンゾでインタビューでも載せてくれたら誤解もとけるだろう」
「ゼロコアを取材させてくれるのか?!」
ジャーナリストとして、本来やるべき仕事、やりたかった仕事が目の前に降ってきた。真実を伝える。またとないチャンスだ。
「冗談だろOZ。報道機関の人間が、俺たちをどう書く? テロリスト集団? ギャング? それともただの反逆者か? どうやってこんなやつを信用できるんだ?」
「誤解しないでくれ。俺は面白おかしくビュー数稼ぎな記事を書く三文記者じゃない」
「じゃあなんだ? 事実と真実だけを伝える真っ当な記者だと? ゴンゾが? 流れてくるニュースはまるでただの広告のように嘘ばかりじゃないか」
「別に嘘なわけじゃない。でも大袈裟な印象操作は否定できない。最大手のメディア会社なんだ。政府との関係もあるししかたないことなんだ。俺だって本望じゃない」
夕季はもう話をしても無駄だと言わんばかりに呆れた表情を向けた。
「それなら尚更俺たちを取材したって無駄だ。俺たちの許可以前に、お前の会社の許可が下りるわけないだろ」
夕季の言う通りだ。だけど俺のアドレナリンは止まらない。ジャーナリストとしての魂についた火は簡単に消えやしない。
「許可が降りなきゃ退職してでもやるよ。俺が独自に取材して、ありのままを本にでもなんにでもして、世間に伝える。興味があるんだ。社会の正義と君たちの正義。どちらが正しいのか。そしてそれを世間に委ねた時、どちらに天秤が傾き、世界はどうなっていくのか」
俺は次から次へと言葉が出てきた。これが俺の本心なのか。自分でも驚くほど、俺はジャーナリストという肩書きに思い入れを持っていたのか。それともただ、自分もこの社会に不満を持つゼロコア側の人間だったからなのか。
いや、俺はこのゼロコアに興味があった。ただの理想を押し付ける過激派カルト組織なのか。現代社会についていけない懐古主義ギャングなのか。それとも真の正義をもたらすダークヒーローなのか。
「そこまで言うならやってやる。今からか? ちゃんとギャラも出してくれよ」
「いや、数ヶ月密着させてくれ。ギャラは印税が入ってからの後払いだ。そっちの方が稼げるぞ」
夕季は澁谷の方を見た。澁谷は「いいんじゃないか?」とだけ言い、夕季も了承してくれた。
俺はひとまずゼロコアの歴史を聞いた。AI開発者として、現代にも続くこの無機質な社会を作り上げた国家プロジェクトの初期メンバーだった澁谷は、政府との意見の不一致からプロジェクトを離脱してから、今の政府の都合のいい無感情のAI社会になったことへの絶望、反発から、ゼロコアを創った。
澁谷は今は表立っては動かず、リーダーである夕季にすべてを任せている。
当初はマイクロチップで管理されることへの反発、AIを都合のいい洗脳道具として使っていることへのデモなど、思想を主張する集団だったが、若い夕季が仕切ることになったことや、度重なる圧力から政府への憎しみを強めたこともあり、サイバー犯罪など、活動が過激になっていき、今では反政府組織として認定されている。
工房を出て夜風に吹かれながら、俺は冷静になって思い出した。大手企業に務めるサラリーマンなこと。結婚を考えている学生時代から付き合っている恋人がいることを。俺はまるで夢を追いかける十代のような情熱と行動をとった自分に身震いした。
——翌朝、俺はゴンゾの編集部に顔を出した。夜通し頭が冴えて眠れなかったせいで、ほとんど寝ていない。それでも体は軽かった。興奮していた。ジャーナリストとしてやっとやりがいのある仕事ができた。
「——ゼロコアのリーダーと会った? しかも密着取材の許可が出た?」
編集長の綾瀬は、目を細めて俺を見た。口調は穏やかだったが、内心では慎重に距離を測っているのが分かった。
「有岡。お前……その話、本気で言ってるのか?」
「あぁ。創設者の澁谷暖という男に会ったんだ。澁谷の紹介で夕季誠、ゼロコアのリーダー本人とも話した」
綾瀬は椅子に深く腰を下ろし、しばらく無言で天井を見つめていた。やがて、苦い顔をして口を開いた。
「……それは無理だな。有岡。すまんが、その企画、なかったことにしてくれ」
「は?」まぁ、予想通りだが。
「上と話はつけられない。いや、話すことすらできない。ゼロコアって名前を口にした時点で、内務省が何を言ってくるかわかったもんじゃない」
「じゃあ俺たちは何のために記事を書いてる? ただの広告塔かよ。正義のフリをして、実際は——」
「有岡」綾瀬の声が低くなった。
「お前はここに何年いる? ゴンゾは今や大企業だ。一万人以上の社員の人生を背負ってるんだ」
「まぁ、そう言われるだろうとはわかってたよ。なら俺はフリーになって独自で進める」
「ゼロコアは危険な集団だぞ。それにゼロコアだけじゃない。お前が実際にゼロコアを取材して世に出せば、お前まで政府から目をつけられることになるぞ」
「覚悟はできてる。俺は、ジャーナリストなんだ」
綾瀬は大きくため息をついたが、快く送り出してくれた。いい人だ。好きな上司だったが、しかたない。
こうして俺はゴンゾを辞めた。何年も過ごした、メディアの最前線。けれど今、その外に出ることでしか真実に触れられないことがはっきりした。
つづく
勝手にED主題歌
Vampire Weekend - White Sky
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