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【長編小説】 2085 : エデンの果て PART Ⅰ ⑸ 【連載】

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勝手にOP主題歌のコーナー

Muse - Hysteria

PART Ⅰ


Chapter  05


 密着初日は、予想以上に静かに始まった。俺は簡単な荷物を持って、指定された郊外の集合場所に向かった。そこは地図にも載っていない旧施設の廃工場の前。少し前まで何に使われていたのかもわからない。鉄の臭いと風に乗って流れてくるオイルの香りが、取材ではなく取引に来たような緊張感を呼び起こす。

 "今は"この廃工場をゼロコアの拠点として使っているらしい。監視ドローンを回避するため、定期的に引っ越すジプシー的な生活が彼らの基本だ。

 案内された部屋には、簡易キッチンと机、それにソファが並ぶだけの簡素な空間。夕季が俺に一冊のタブレットを手渡した。

「これは内部用ネットワーク端末だ。契約者は第三者。いわゆる"飛ばし端末"だ。俺たちの連絡や情報はこれでやりとりする。お前もこれを使え」

「なるほど。それだけ信用してくれるってことか?」

「違う。信用しないからだ」

「じゃあメンバーのことも信用してないって?」

「当たり前だ。それが人間っていう生き物だ」

 冗談か本気か判別のつかない顔だったが、俺は思わず笑ってしまった。AI社会に反発してる集団の頭が"人間不信"だなんて。

 俺は片隅に用意されたソファに座りながら、端末にメモを打った。

「一日目。ゼロコアと共に暮らす生活が始まった。これは密着取材という名の冒険だ。社会が忘れた熱を、ここで確かめる——」

 22時ちょうど。出発の準備を進めていた夕季が声をかけてきた。

「みんな来たみたいだ。お前も準備があるなら早くしろ」

 集まったのは、俺と夕季を含めて五人。全員が黙々と支度を始める。腕時計型の通信デバイスを確認し、電磁パルスらしきものをベストの内ポケットに収めていく。背中のリュックには小型ノート端末や工具。まるで軍隊だ。

「遅いぞ、ジャーナリスト」

 タブレットに記事を打ち込む俺を、夕季が急かす。すでに軍用風の黒いバンの脇で腕を組んでいた。他のメンバーも、いかにもな連中だ。いずれも全身黒ずくめ。タトゥーの有無までは確認できないが、彼らもまたゼロコアの一員なのだろう。

 助手席に乗せられ、バンはすぐに発進した。車内では誰も無駄口を叩かない。沈黙が支配する中で、俺はこれから始まる密着取材の実態を考えていた。

 俺が知りたいのは、彼らがなぜ戦うのか、なにを信じているのか。その信念が、ただの反抗心なのか、それともこの管理社会に風穴を開けうる正義なのか。

 沈黙の中、ふと夕季が口を開いた。

「お前が来るって決まってから、何人かのメンバーは反対した。ジャーナリストなんて信用できないってな」

「まぁ当然だろうな」

「でも俺は、お前がここまで飛び込んできた理由を見たいと思った。自分の居場所を捨ててまで、なにを知りたいのか。なにを伝えたいのか。そこに嘘がなければ——」

「俺はただ真実を知りたいだけだ。どっちの側にも偏らず、なにが起きてるかをそのまま書く。それだけだ」


「そのまま? 印象操作がお得意の大手メディアにお勤めのエリートサラリーマンが?」

 大柄な男のメンバーが皮肉っぽく話しかけてきた。

「もうゴンゾには勤めてない。辞めて独立したんだ。正真正銘のジャーナリストだ」

「こいつは愛川だ。愛川ダイチ。愛なんて名前についてるくせに、憎しみで溢れてるやつだ。でも心を開いたらいいやつだ。こんな熱いやつはいない」

「よろしく。俺は有岡レイジだ。自己紹介が遅れてすまない」

 愛川は首を軽く縦に動かしただけだったが、ひとまず挨拶を受け入れてくれたようだった。

「私は楽しそうだからいいじゃんって言ってたよ。逢坂ひかる。よろしく」

 女のメンバーもいる。気さくに握手してくれた。

「怪しい行動をしたらその時はその時で懲らしめればいいだけだしな。俺は水咲ミナト」

 話したらごく普通の若者たちだ。

「よろしく。俺は決してゼロコアを見せ物のようにしたり悪の象徴として書きたいわけじゃない。ありのままを書く。あとは判断するのは世間だ」

「なら見せてやる。これが俺たちの日常だ」

 夕季はそう言って、今日の作戦を復習し始めた。

「ターゲットは第7ブロックにある市民データ管理分署のサブサーバー室。防備は緩いが、侵入検知システムが厄介だ。電子パネルで3分間止める間に、吸い出せるだけデータを抜く」

「吸い出すデータって?」俺は思わず口を挟んだ。

「市民信用スコアの生データだよ。お前が昨日言ってた、広告みたいなニュースの裏側にある情報。誰がどこでなにを買って、誰と何分会話して、何秒目を合わせなかったか——。全部、点数化されてる」

 俺は絶句した。そんな精密なデータが存在するとは噂では聞いていたが……。まるで人間が商品タグのついた在庫品に見えてくる。

「ただのハッキングか?」

「違う。全部、晒す。 明日の夜には、ネット経由で世界中にばらまく。自分の点数がどれくらいか、初めて知るやつも多いだろうな」

 23時10分、現場に到着。標的のビルは、街灯の少ないエリアの裏手にひっそりと佇んでいた。入り口は固く閉ざされているが、裏口の配電盤から電源を一時遮断してセキュリティを落とす。手慣れた動きだった。

「……侵入、いける。いけ!」

「3分、カウント開始!」

 水咲が手早くノート端末を操作し、サーバーラックに接続した。呼吸を合わせるように、逢坂が見張り、愛川が空調ユニットに細工を施す。

「——データ、抜けるぞ! 行け!」

 わずか180秒の中で、彼らは対象のデータベースから数10ギガ分のデータをダウンロードし、証拠を残さないよう痕跡を削除。念入りにファンを動かして温度上昇も偽装した。

「——撤退だ」

 全員が一斉に動き出し、来たルートを引き返す。途中、どこかの警備AIが起動したが、電子パネルの残滓ざんさいで、ノイズを吐いたまま停止していた。

 心臓の音がうるさい。けど、それ以上に胸の奥が騒いでいた。

 犯罪だ。だがどこか、間違ったことをしてるようには思えない。

 だが、そんな思いも束の間。ゼロコアはゼロコアたる所以を俺に見せつけた。

 拠点にしている工場まで戻ってきた。作業用の机の上には電子機器のパーツが無造作に散らばっている。ここはゼロコアの闇工房でもあった。

「これが最新の偽造チップだ。正規品と見分けがつかないレベルだろ?」

 夕季がそう言って、俺に一枚のマイクロチップを手渡した。普段は義務化された身体埋め込み型だが、偽造品は手のひらサイズで、体内に埋め込む以外にもスマートな携帯端末に差してID認証をすり抜けるために使われる。

「偽造チップはパスポートや身分証の代わりだ。これがあれば監視の網を潜り抜けて自由に動ける。でも、当局にバレたら即重罪だ」

 ゼロコアはこれを独自ルートで製造し、反体制派や逃亡者、逃げ切れない一般市民にも密かに流している。値段は高いが、生きるために必要不可欠な逃げ道なのだ。

「政府に気に入られた人間だけが豊かな生活ができる。そんな世の中おかしいだろ? これは俺らのビジネスでもあるが、人助けでもあるんだよ。そう思わないか? もしそう思わないんなら、お前は今すぐ密着するのをやめた方がいい」

「あぁ、思うとも。じゃなきゃ俺がゼロコアに興味を持つこともなかっただろう」

「俺たちはドラッグ密売組織とも繋がってる。こいつらが扱うドラッグはAI依存症患者用の"感覚拡張剤"とか"意識覚醒薬"で、身体のチップと連動して作用を増幅させる特殊なものだ」

 AIの管理下で行動や感情を制御される人々の中には、逆に自由な感覚や感情を得ようとしてこうした薬物に手を出す者も多い。

「ここに来てる連中は、みんなこの二つをセットで求めてる。偽造チップで身分の自由を手にし、ドラッグで感覚の自由を手に入れる」

 俺はふと考えた。かつてのドラッグは身体を蝕むだけの悪だったが、今では自由への逃避手段として社会の闇に根付いているのかもしれない。

 薄暗い路地裏。小さな密室の扉が静かに開き、数人の客が入ってくる。部屋の中央には光沢のあるテーブル。そこに並べられたパッケージから、一人の男が薄い透明なシートを取り出した。彼はそれを口の中に滑り込ませる。数秒もしないうちに、瞳が鋭く光り、呼吸が深くなる。

「今のドラッグはナノテクでできてて、皮膚に貼るだけのタイプもある。隠すのも簡単だ」

 夕季が説明すると、別の客が腕に薄いパッチを貼り付けた。それはまるで薄い透明のフィルムのようで、光を受けてうっすらと輝く。

 金銭の受け取りはない。世界中のすべての通貨は一つになり、デジタル化され管理されている。

 ゼロコアは、独自の仮想空間を作り、そこで暗号化されたデジタル通貨を受け取るトークン経済を作り上げている。ゼロコアの商売はすべてこの方法で行われている。

 ある程度"ビジネス"を終わらせると、ゼロコアのメンバーたちもドラッグを摂取し始めた。

「これも君たちの信念の一つなのか?」

「レイジ、世の中綺麗事だけじゃやっていけないんだ。俺たちは非営利団体じゃない。正義を掲げて行ってる悪事も、ボランティア活動してるわけじゃないんだよ。金を稼がなきゃ生きていけないし活動もできない。お前にとって記事を書くことが仕事だったように、俺たちにとってはこれが仕事なんだ」

「そうじゃなくて、それを自分でもやるのになんの意味が? 自分たちが無法者なのを利用して、非合法に快楽を得てるだけじゃないのか?」

「快楽を求めてなにが悪い? 俺たちに説教する気か? 勘違いするなよテメェ」

 愛川は有無を言わさず俺の顔面を殴打した。水咲も倒れた俺に蹴りを入れた。このままリンチされて終わりだ。そう思った。

「落ち着け。こいつはただなにも知らないピュアボーイなだけなんだ。この前まで一流企業に勤めてたやつだぞ? 俺たちに説教だなんてそんな度胸もあるわけない。ただ会話として質問しただけだろ」

 俺は夕季の世の中の酸いも甘いも知ったような口ぶりに、自分が情けなく思えた。大手企業がなんだ。高年収がなんだ。俺がゴンゾでAIの指示を手際よくこなしてる間に、こんな人間らしい生活をしてたやつらがいたなんて。

「そうだ。俺はありのままを書くと言ったろ。取材なんだよ! くどい聞き方をしたことは認める。悪かった。許してくれ。気をつける」

 俺は素直に謝った。そして、ゼロコアの内部にもっと入り込みたいと思い、ドラッグを少しわけてもらった。これがジャーナリストとしての俺になんの役に立つのかはわからなかったが、自らを取材対象の中に投じて本質を伝えるのが密着取材だ。俺の中にある"真のジャーナリズム"のためならなんだってやる。俺はジャーナリストになってはじめて、仕事にやりがいを感じていた。


つづく


勝手にED主題歌

Vampire Weekend - White Sky


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