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【長編小説】 2085 : エデンの果て PART Ⅰ ⑹ 【連載】

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Muse - Hysteria

PART Ⅰ


Chapter 06


 意識がぶっ飛んで途中から記憶がない。楽しかったのか気持ちよかったのかすらも覚えていない。そしてさらに情けない姿をゼロコアに見せることになる。

 連中がなにやらネットをいじくっている。昨夜吸い出したデータを世間に晒す準備をしているのか。また別のサイバー犯罪に手をかけてるのか。そんな中俺の元にホログラム通話の通知が届いた。

 いおり千奈美ちなみ——恋人からだ。彼女とは学生時代、無論"AIの紹介"で知り合った。それぞれに埋め込まれているマイクロチップ型のAI、アレーテが、ありのままの人格、行動、仕事、収入、趣味嗜好、好みのタイプ、すべての傾向を計算して、最適な恋人をあてがってくれる。

 もちろん身の程を知らず理想だけが高いタイプの人間もいる。そういうやつには容赦なく、かなりロジカルに、かつ親しげに優しく現実を見せつける。そして今やAIは神。どんな占いよりも当たる。おまけにオカルトじゃない分、普段占いなんて信じない人間も、信心深くない人間も、AIによって紹介された相手に対して、間違いないだろうというフィルターが作用して、いいところを見ようとする。精密に計算され尽くして出された正に機械的なものに、非科学的な運命を感じるという不思議な現象が起きる。

 もちろん最初のメッセージもAIのアシスト付き、デート場所もルートもすべてアシストしてくれる。グダることなんてない。おかげで童貞はほとんど存在しなくなり、少子化とは無縁の時代にもなった。有料サービスだが、現代ではもはや主流になっている。ちなみに女性は無料で使える。

 俺が生まれた50年代から現代に至るまで、一定数、様々な男女平等を声高に訴える人たちがいるが、ここでも男は有料にすることで、男にだけ一定の経済的余裕を持っているかどうかの振り分けがされていて、そういう類の人間は予想通り騒いでいる。

 男はできることなら、誰だって好きな女を好きなだけ甘やかしたいし、凄いと思われることをやってやりたい。女は誰だって好きな男からチヤホヤされたいと思ってるし、特別扱いされたいと願ってる。猫だって、メスは尻尾をくるんと跳ねさせて合図を送るだけ。そのパスを受け取ってゴールを決めるのはオスだ。虫だって求愛行動を取るのはオス。生物みんなが生まれ持った本能なんだ。そんな絶対的なことに異議を唱えるなんて無駄だってことに、いつになったら気づくんだろう。

 話は戻って、とにかく俺と千奈美もその精密に算出された"作り物の運命"によって出会った。当然性格も相性抜群で喧嘩なんてしたことはなかった。そう、俺がアレーテの指示を無視したあの日までは。

 俺はあれ以降インターフェースの電源をオフにし、アレーテの声を完全に遮断していた。アレーテなしの生活は、意外なことに、はじめは手間取った。あれだけ息苦しいと感じていたAIに、すっかり依存していたようだった。なにをすればいいのか、どこに行けばいいのか、一瞬どうすることもできなくなる。補助輪付きの自転車も乗れないのに、一輪車に乗せられてるような感覚だった。

 そんな思いも束の間、それ以来、千奈美が第二のアレーテのように、俺に小言を浴びせるようになった。

「ねぇ、仕事は見つかったの? 私たちもう長いし、いい年なのに、なんてことをしてるの? 考えられないんだけど」

 目の前にホログラムとして現れた千奈美が開口一番本題に入った。千奈美にはゴンゾを辞めて独立することは話していたが、その後ゼロコアと生活を共にするなんてことは言っていなかった。彼女はかつての俺と同じく、この管理社会の中で轢かれたレールに沿って、与えられたミッションを手際よくこなしながら生きてきた、ごくごく一般的な国民の一人だ。

 社会情勢なんかにもほとんど興味もなく、ゼロコアなんて言ってもなにがなんだかわからないだろう。それに、説明したらしたで大騒ぎされるだけだ。

「あぁ、フリーとして取材させてもらってるよ。連載を組んでくれる媒体か、書籍化してくれるとこが出てくればいいけどね。とりあえずはネットで無料で記事を投稿すれば、内容も凄いし、元ゴンゾって肩書きもあるから、すぐ話題になると思う。心配いらないよ」

「それはあくまで理想でしょ? 確証もないのに——」

「だったらいくら話しても無駄だよ。確証があることだけしかしちゃいけないんなら、俺は今なにもできない。俺はどこにも属してない、フリーのジャーナリストだからな。会社勤めだった頃よりはるかに金持ちになれるかもしれないし、落ちるとこまで落ちてホームレスになるかもしれない。でももしそうなったら君はまたAIに相応しい相手を紹介してもらえばいい。そいつは君に相応しいって確証があるんだから安心だろ」

「……」

 喧嘩なんて一度もしたことがない。恋人とのぶつかり方ってこれで合ってるのか? 向こうは言葉に詰まってなにも言ってこない。

「悪かったよ。俺はただ、もう少し信じてちょっと待っててって言いたかったんだ」

「……わかった。でも落ち着くまで少し距離を置きたい」

「そうだな」

 結局こうなるのか。こっちが折れて謝った上、フラれる寸前だ。きっと今の俺がマッチングサービスを使ったら、AIによるマッチングサービスなんて断固として使わない、50年以上前の、今では珍しい歯の浮くようなくさくてたまらない歌詞の"ラブソング"を聞きながら、感情的な討論を厭わないメルヘン系女子が推奨されるだろう。そんなことを考えながら千奈美のホログラムの残像を名残惜しんでいると、夕季が声をかけてきた。

「痴話喧嘩は終わりか? 昨日のデータを拡散させるぞ」

 ゼロコアの常套手段はこうだ。遠隔で海外契約の端末から、SNSへ投稿する。足がつかないようにアカウントはすぐ削除しなきゃいけないが、インパクトがある分すぐに誰かが再投稿し、それもまた拡散される。今までもこうして社会の闇を晒してきたが、元のアカウントがないため、信じる者と偽造したものだと信じない者もいる。だがゆっくり着実に、真実に気付き、発信し出す者も増えてきている。

「こんなリアルなもの。誰かがふざけて作ったフェイクニュース扱いするなんて現実逃避もいいとこだ」

「だからお前がいるんだ。すべてを記せ。元ゴンゾのジャーナリストがゼロコアに密着し、そこで見たすべてを書いて出す。誰も疑わない。その時、俺たちが今まで蒔いてた種が花開く。点と点がすべて繋がって、一つの線になる。あの時のあれはやっぱり真実だったんだと多くの人間が多くのことを思い出す。そして革命がはじまるんだ」

「とんでもないことだ……。俺たち指名手配もんじゃないか?」

「内乱罪は革命が成功すれば無罪になる。最後に勝てばなにも問題ない」

 俺はとんでもない任務の一端を担っていることを改めて痛感した。だけどもう後戻りなんてできやしない。とてつもない恐怖と不安に胸がいっぱいになっても、ここから抜け出して今まで通りの生活をするよりははるかにマシだった。というより、もうそんな毎日を送る自分を、イメージすることすらできなくなっていた。


つづく


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