見出し画像

【長編小説】 2085 : エデンの果て PART Ⅰ ⑽ 【連載】

※長編を章ごとに分けて投稿していきます。♡フォローで最新話もお見逃しなく!

勝手にOP主題歌のコーナー

Muse - Hysteria

PART Ⅰ


Chapter 10


 もともとメディアにいた人間として、情報の出し方には慎重だった。煽りすぎれば陳腐になる。逆に抑えすぎれば埋もれる。ましてや、今の社会では、信頼できる情報源というラベルそのものが、国家に管理されていた。誰が、どこから、どういう意図で発したか、そこが見えなければ、人々は信じない。あるいは、信じたフリをして通り過ぎる。

 俺は元ゴンゾのジャーナリストであることは匂わせたが、名前は伏せた。マイクロチップを除去した今、居場所が割れる心配はないが、実際に本を出すまではできる限り身を守る方が得策だと思った。

 でも心配はない。ネームバリューとしては、一部の界隈で都市伝説として有名だった"ゼロコア"と行動を共にしている者の記録というだけでインパクト十分だった。内容がすべてだ。

 最初は小さな波だった。「ヤバすぎる……」「これマジか?」ゼロコアと過ごしたありのままの日々、そして世間をざわつかせてきたリークの裏側。パニックではなかった。むしろ、それはじわじわと、しみ込むように広がっていった。

 冷や汗をかいたのは、国のほうだっただろう。しばらくすると行政の広報アカウントが「フェイクニュースへの注意喚起」を発表した。翌日には不自然なぐらい似通った否定的投稿が次々と並び、「デマである可能性」「悪質な編集」「出典不明」といった言葉がオフィシャルとして明言された。

 だが、世の中そんなに甘くない。人々の中に、もうすでに疑う余地が育っていた。

 ソゾ、スタディオン、ビオス——ゼロコアによる三連続のリークが、少しずつ社会の地盤を崩していた。政府や企業がいくら信頼を装っても、その足元は明らかに揺らぎはじめていた。

 3本目の投稿。俺が密着してからはじめて世間をざわつかせた、ソゾのデータリークの時の話だ。あれが真実だったと裏付けるような記事、その直後に襲撃された時の画像や動画。どれも疑いようのない"証拠"だった。

 反応はすぐだった。炎上という言葉じゃ足りないほどの反響があった。昼夜を問わず更新され続けるタイムラインは、ゼロコアの話題一色になっていった。

 主要メディアはどこも最初は無視を決め込んだ。だがそれが逆に信憑性を増した。ネットは止まらない。インフルエンサーが取り上げ、動画で図解する者が現れ、やがて数人の学者やジャーナリストが匿名記事の信憑性を論じ始めた。

 4本目の記事を投稿した翌日、出版社からメッセージが届いた。

「電子でも紙でもいい。少部数でも、これは世に形として出すべきだ。もしこれが事実なら、歴史を綴った貴重な一冊になる」

『ロア』インディペンデント系の小さな出版社だったが、政府の息はかかってなさそうだ。俺はひとまず会ってみることにした。

——担当者は俺のことを知っていた。知っているといっても、ゴンゾの記事で名前を見て覚えていただけだったようだが。目は本気だった。それもそうだ。リスクを承知でこれを出版するだなんて、本気のやつにしか無理だ。

「よろしくお願いします」

 そこからは早かった。今まで書いた記事と画像をまとめて、編集者が整理してくれる。一冊分にまとめたら、あとは刷って販売するだけだ。

『エデンの果て —ゼロコアと過ごした日々—』

 俺は出来上がった本を手に取った。実際の重さよりも重く感じた。この本が歴史を変える。その時俺にはまだ命があるのだろうか……。

 小さな出版社からだったため、最初は一部の書店だけだったが、電子版が飛ぶように売れた。口コミがそれをさらに押し上げ、様々な店でも置かれ始め、増版を重ねていった。

——そして、混乱が始まった。

 元医療関係者にとどまらず、現役の医療関係者までもが、本に追随するように、ソゾの件は事実であったと暴露する者が現れ、ある学校では、保護者たちがスタディオンの打ち切りを求めて抗議を始めた。とある地方都市では、ビオスを利用して引っ越した者たちによる訴訟が巻き起こった。

 地下鉄の壁に、ゼロコアのタトゥーのマークがスプレーで書かれ始めたのは、出版からわずか2週間経った頃だった。

 当然、反撃も始まった。政府お抱えの有識者が、俺の本を「誤解を招く陰謀論だ」と断じ、AI省は「事実無根」とする声明を出した。でも、それすらも逆効果だった。

 そして極め付けに、書籍の中にある情報の一部が「非常に悪意のある印象操作」として、正式な調査対象に入ったという報道も出た。だが、その発表すらSNSでは嘲笑された。

「つまり事実ってこと?」「逆に信じるわ」

 情報統制が厳しすぎたこの社会で、皮肉にも、国家が否定する情報こそが真実として機能し始めていた。

 SNSアカウントを削除した俺の元には直接の連絡は来なかったが、ロア経由でメッセージが複数寄せられていることを知らされた。中には、かつて中央省庁で働いていたという人物もいた。

「私は、ソゾの開発に関与していました。良心の呵責は今も消えません。書いてくださってありがとうございます。ようやくあの闇に光を当てる人が現れてくれた」

 心が震えた。ゴンゾにいた頃、ジャーナリストとしてなにができるのか、ずっと迷っていた。だが、ありのままを記録すること、言葉にすること、それ自体が意味を持つのだと、この時はじめて実感した。

 そして、それは社会にも広がっていた。政治家のポスターの上に、誰かが書籍の一節を印刷して貼って回った。国会議事堂前では、毎日デモが行われている。

 社会が、音を立てて軋み始めていた。防波堤に迫り来る波。俺は、その波の端に立っていた。

 ジャーナリスト。それは扇動者でも、英雄でもない。ただの観察者。だが、その立ち位置に、はじめて誇りのようなものを感じた。

 沈黙が破られた。それだけで、なにかが動き始めた。ゼロコアは、まだ潜伏を続けている。再び動き出す時期を計っている。俺も、その一端にいる。夜のゼロコアの拠点で、逢坂がぽつりとつぶやいた。

「……ようやくだね」

「あぁ、これですべてが終わる」水咲が相槌を打つ。

 すると夕季が席を立って、誰を見るわけでもなく言った。

「違う。これから始まるんだ」


PART Ⅰ


制作・著作
━━━━━
ⓀⓈ

PART Ⅱ


勝手にED主題歌のコーナー

Vampire Weekend - White Sky


↓次のエピソード↓

いいなと思ったら応援しよう!

幸田サスケ©︎ 応援よろしくお願いします!

この記事が参加している募集